『吸血侯』か

野郎……俺たちの基地を我が物顔で使いやがって……!

「全員、配置についた。いつでも行けるぞ」

 暗闇の中、男が言った。


 真夜中。月明かりが煌々とあたりを照らしているが、この暗がりまで月光は届かない。そこに数十人の武装した男たちが息をひそめていることなど誰にもわからない。


 男の相棒が頷いたのが気配によってわかった。

 この暗闇の中でも、熟練の戦士である彼らには仲間たちの動きが手に取るようにわかるのだ。


「ヨシ。一気ニ距離ヲ詰メテ突破スルゾ」

 相棒の男がそう言って、「三、二……」と小声でカウントダウンを始めた。


「ゼロ!」

 その声と共に手を前方に振りかざすと、男たちは一斉に身を潜めていた暗がりからまろび出て走り出した。


 体勢を低くし、月明かりが照らす町並みを音もなく素早く駆け抜けて進んでいく。そのまま町外れへ。

 彼らの向かう先には、かがり火がたかれ、武装した兵士が佇んでいる。


「野郎……俺たちの基地を我が物顔で使いやがって……!」

 誰かが言った。町外れにあるのは旧帝国軍の地方基地。今は『信者』と呼ばれる神の尖兵いぬ達が神に従わない『異教徒』を捕らえ、拷問を加えるための収容所に成り下がっていた。


「…………! て、敵しゅ――」

 見張りの兵士が侵入者にいち早く気づき、その役割を果たそうとしたが、それは果たされなかった。

 小柄なノームが素早く敵兵の懐に飛び込んで彼を昏倒させたからだ。


「進め、立ち止まるな!」

 虎の獣人の男が号令を出す。それにしたがって男たちは次々と基地の中に入っていった。


 基地は旧帝国軍が保有していたものの中では小規模のものであったが、それでもそれなりの広さを誇っている。


 かつては帝国兵達が訓練を行っていた中庭を抜け、その先にある兵舎へ。そこには彼らの仲間たち、『異教徒』と呼ばれる“神”に反逆する彼らの仲間たちが捕らえられていた。


「クソ、鍵ガカカッテヤガル!」

 男たちの中でも一際大柄なオーガの男が兵舎の扉に最初に取り付いたが、それは彼の怪力をもってしても開きそうになかった。


「鍵開けならおいらにお任せでさあ!」

 先ほどの小柄なノームがオーガに変わって扉に取り付いた。男たちは扉の前に集まって、そこが開くのを今か今かと待ち構えている。


「待て……」

 それを制したのはオーガの男と同じくらい大柄な虎の獣人――ワータイガーの男だ。


「ドウシタ?」

「おかしくないか?」


「何ガダ? ココマデ何モ問題ナイ。順調ソノモノデハナイカ」

「それがおかしいと言っている。ここまで暴れているのに何故誰も出てこない? これはまるで――」


 そこでワータイガーの言葉は遮られた。強烈な光が彼らを照らしたからだ。

「そこまでだ!」

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