勇者10歳と魔王17歳~幼女勇者と美少女魔王、世界を支配する“神”を倒さんとす

雪見桜

プロローグ

後は頼みましたよ、わが主

 ものが多い部屋だ。


 決して汚いわけでも、乱雑なわけでもない。

 壁にぎっしりと敷き詰められている本棚にはこの世界では希少な書籍類が整然と並べられているし、各所にしつらえられている彫刻や人物画などの調度品もバランス良く配置されている。


 部屋で最も大きな面積を占める樫の机には埃ひとつなく、上に置かれているペン立てや写真立てもそこに座るものの仕事の邪魔にならないように考えて配置されている。


 しかし、この部屋を管理する者の丁寧な仕事ぶりを普通の人間は目にすることはできない。

 この部屋にあるものが欠けているからだ。


 窓、ランプ、ライト……。この部屋には明かりを採るものが一切存在しないのだ。

 この部屋の主は暗闇に恐怖を感じない。むしろ、暗闇と共にあり暗闇を支配下に置いている人物であるといえるだろう。


 今、その人物は本来彼女が座るべき机の前ではなく、部屋の中心部で跪いている。

 白黒のフリルが多いドレスを身にまとった、見た目十歳以下の少女だ。しかし彼女の持つ雰囲気は幼女のそれではない。


 只人には全く見えないが、机の上には人の頭ほどの大きさの水晶球が置かれていた。

 暗闇と静寂が支配する部屋の中にあって、その水晶球は何の前触れもなく光を放ち始めた。やがて、音もなく浮かび上がる。


 水晶球はまるでその高さに比例するかのように明るさを増していき、今までの暗闇がまるで嘘だったかのように部屋の隅々を照らし出していった。

 まるで光の力だけであらゆるものを破壊しそうなほどの強力な光。しかし跪く少女はそれに対して何の反応を示さず、ただじっと部屋の絨毯の一点を見つめている。


「やあ、待たせたね」

 水晶球から声が聞こえた。それは低く、威厳のある声であったが、どこか気安い。


「いえ」

 少女は短く答える。


「それじゃ、聞こうか」

 声は少女の返事が聞こえているのかいないのか、端的に要件だけを聞く。


 それに対して少女は一段と頭を低くして口を開いた。

「領内に新しく教会を三か所設置しました。うち一か所には孤児院を併設し、幼少期から神の御威光を身近で感じさせる英才教育を施しています」


 平服しながら報告する少女に水晶球の声は満足そうだ。

「いいね。『神のしもべ』への君の推薦枠は最大でも年間二十人までだから、しっかり見極めててね。それで、『異教徒』達の方はどうなってるのかな?」


 その言葉に、少女はさらに頭を低くする。

「はっ。潜伏中の『異教徒』のうち、最大派閥に対しての資金・武器の援助は継続的に行っています。さらに一部の地域に偽の宗派をばら撒くことによって『異教徒』の力が増すように仕向けています」


 その報告に水晶球の声は楽しそうに笑った。

「はははっ、偽の宗派か、いいね。僕には思いも寄らなかったやり方だ。伊達に千年も俗世に揉まれてるわけじゃないってところかな」


「おそれいります」

 少女の頭は絨毯に接触する勢いだ。


「それじゃ、あとは万事任せたよ。『信者』と『異教徒』をいい感じに憎み、争わせてくれ。定命の者同士の戦いは、僕の唯一の楽しみだからね。せいぜい楽しませておくれ」


「はっ、必ずや」

 少女がそう言うと、部屋を覆い尽くしていた強大な気配がスッと消えていくと共に水晶球の輝きが消えていった。


「やれやれ……」

 闇が再び訪れた部屋の中で少女は「よっこらしょ」とその見た目にそぐわぬしわがれた老女のような声で立ち上がり、肩を回しながら首をならす。


 青紫の髪に赤紫の瞳を持つ、十数歳くらいの豪奢な黒いドレスを身にまとった少女。


「吸血鬼の真祖ともあろうお方が“神”に恭順し、頭を下げ、言いなりになるとは……。まあ、それも……」

 そして部屋の一点を見る。窓のない部屋の遙か向こう、西の方角を。


「後は頼みましたよ、わが主」

 そのまま、少女の影は少し大きくなったかと思うと、闇の中へ消えていった。

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