第36話 依頼
暇だと思いながら大衆小説を読んでいると来客があった。調度、私がカウンターに座っている時に来たのでラッキーだと思った。
「お久しぶりです。アンナ・ザハリアス司書」
もっとも、完全な予定外ではあったが。
「本当に久しぶりですね、カトリーナ。……十年ぶりぐらいでしょうか?」
「ええ。大体それぐらいですね」
訪ねて来たのは懐かしい旧友であった。王都の学院に進学するまで、正確にはシモンに移ってから仲良くしていた軍学校生の少女である。
「とりあえず、司書室で良い?カウンターでは話しにくいでしょうし」
「そうですね。大した話ではありませんが身内以外には聞かれたくありませんし」
身内、ね。彼女の言葉には含みを感じとれる。とりあえずマリアに司書室で来客の応対をするから替わりにカウンターに座っておくように言いつけて奥に引っ込んだ。
「それで、何のご用?というか、今貴女何をしているの?」
「ん?領軍先端打撃群の情報戦隊だよ同志」
思わず吹きそうになった。
先端打撃群の情報戦隊といえば、領軍の諜報・防諜を一手に引き受ける特務機関である。その任務を遂行するために何人もの偵察員を抱えており、その情報収集能力は大衆浴場の冗談ですら知っているという笑い話がある程だ。
「情報畑の人間が何の用?仕事じゃなければ帰って欲しいんだけど」
「つれないねぇ」
周囲に人が居なくなると私に対する態度が崩れるのは昔から。それについて今更とやかく言うつもりはないが、話をはぐらかそうとするのはいただけない。
「とりあえずコーヒーをくれないか。急いできたので一息つきたいんだ」
「………私相手にここまで遠慮が無いのはアンタぐらいよ」
「そいつはお互い様だ。アタシにここまで冷淡に接するのはお嬢ぐらいなものだ」
腹が立ったので紅茶を出してやった。
「それで、何の話?まさかお茶を飲みに来ただけ?」
「まあ、焦るな。ちょっと長い前説がいるのでな」
「…………
鋭くにらんでやると、いや違う違うと手を横に振った。
「魔法図書館は部屋が余っているだろう?確か魔力シールドが施された保管庫が二つばかり空のままになって居たはずだ」
「開いてるわよ。シールド済みもそうでないのも」
「ここからは内密にしてほしんだが……」
「何よ、急にシリアスになったわね」
「お嬢も覚えていると思うが、領主館別棟の機密区域があっただろう。施設の九割が地面の下にあるっていう」
「勿論覚えているわよ?」
忘れたくても忘れられない。領校入学前にもっとも出入りしていたのが別棟の機密区域なのだから。
「まあ、その機密区域なんだが二月ほど前にレベル3の辺りの外郭通路が一個崩落したんだ」
「………それで?」
領主館別棟の機密区域はお父様がザハリアス領の後継者に選ばれた直後に発掘されたという古代の地下施設をリサイクルしたものだ。その存在は極秘扱いで知っているのはお父様とそこを管理する領軍先端打撃群と研究のために利用している領主館先端技術研究本部、あとは領主館執務室の一部ぐらいなものだ。多分、お兄様や妹も知らないだろう。そして、わざわざ地下で極秘に行われるのだから研究の内容も知れようというもの。
「崩落した部分は非利用区画だったから被害はなかったのだが、別の古代遺跡の通路が発見されたんだ」
「まあ」
そもそも別棟自体正体不明の地下施設なのだ。別の遺跡が発見された所で驚くには及ばない。
「そこで、レベル3とレベル4に通じる通路が封鎖されたんだ。万が一他のダンジョンや地下迷宮に通じていてそこから部外者や魔物がレベル4に侵入するのを防ぐために」
まあ、妥当な措置だろう。レベル4では別棟の存在理由と言っても差し支えないほど危険な研究が行われている。研究内容は一様ではないがどれも露見すればお父様はおろか、ザハリアス家自体が燃え上がる危険なものだ。
「しかし、レベル3には数多くの書物が保管されている。魔力は帯びていないが内容はセンシティブな奴とか」
「それをうちで保管しろと?」
「特に貴重な奴は情報戦隊や根拠地隊の施設に引き取るが、いかんせん量が多い。極秘文書だけで一杯一杯だ。そこで機密じゃない魔導書の保管場所を借り受けたい」
警備の人員はこっちから出すからそっちは魔法図書館の業務に集中してくれればいい、とカトリーナは言う。
「責任がこっちに来ないならいくらでも貸すけど、それだけじゃないでしょう?」
「………………まあ、気づくか」
「それは、もう」
そう言うと、私はカトリーナの目を見た。
「レベル4とレベル3は現状、封鎖されたままだが明後日から三日間機材点検のために一時的に封鎖が解除される」
「……良いの?そんなこと私に教えて」
「まあ、この件に関しては。お嬢は関係者だ」
私が関係者?王立学院進学を機に
「使ったんだろ?王都で」
ドキッとした。
「どうしてそれを」
「まあ、蛇の道は蛇、という奴だ」
本当に情報戦隊は有能だ。
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