第31話 マーサの冒険
今回の密談に失敗した代わりに私は、逃げ込んだこの場所でペナルティを回避するために情報の収集を行うことにした。下草を持っていたナイフで払いながら奥へ分け入っていく。丘がそこまで高くないせいか、それともまた別の理由なのか分からないが低い木が多い。高い木でも私の身長より少し高いぐらいで、ほとんどの木は私の腰ほどまでしかない。
森の中を突き進んでいると何か違和感があった。何だか、あるべきものないようなそんな名状しがたい感じの違和感だ。小一時間ほど経った頃、でかい倒木を見つけた。根元から折れている。葉を見るとしおれてはおらず、倒れた理由が木の病気などではないことがうかがえる。しかし、幹の周辺には魔物がえぐった様な後は見受けられない。ひょっとする木こりの類がやったのかもしれない。私は疑問を感じながらも倒木を越えて奥に進んだ。
倒木を進んだ先は魔物の墓場だった。ゴブリンだけでなく、コボルトやオーク、オーガなどの魔物の死体で溢れかえっている。どの死体も、何を一体どうしたらこうなるのか分からないぐらいの損傷具合で、頭が無くなり頚椎だけが露出している死体や、腹部がずたずたに引き裂かれて臓腑がはみ出している死体など、普通のクエストで目にするような状況の死体は全く存在しなかった。少なくとも、普通の冒険者が作るような魔物の死体ではない。きっと、麓のゴブリンたちはこの惨状を作り出した犯人を恐れて逃げ出したのだ。
「何て、場所だ」
スカウト、という役柄陰惨な現場も目にすることはあった。しかし、今回の物ほど激しく嫌悪感を抱かせる現場は無かったし、これほどにまで濃い死臭に支配された空間も初めてだった。少し、気を抜くだけで吐きそうだ。もう、これは手土産をどうとか言っている場合ではない。一刻も早くこの場から離れるべきだ。こんな風に徹底的で、残虐な殺戮現場を製造できる相手のすぐ側にはいたくない。
二、三歩後ずさると、やわらかい物を踏み潰したような感覚が足裏から伝わって来た。恐る恐る、確認してみるとオークの死体が転がっていた。ただし、頭蓋は無残に真っ二つにされ、脳髄が露出している。私の足は調度、オークの脳みそを踏み潰していたのだ。
「ひ、ひ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私は、思わず肺腑からすべての息を絞り出すような勢いで叫んでめちゃくちゃに走り出した。魔物の脳みそを踏んずけるなど初めての経験だったのだ。
あれからどこをどう走ったのかは覚えていない。ただ、気が付くとより、森の中の深い場所に居た。
「なんてこった畜生」
これじゃあまるで右も左も分からない新人ではないか。忸怩たる思いで先ほどオークの脳みそを踏みつぶした足を見た。幸い、走っている途中でグロテスクなブヨブヨはすっかり落ちたようだ。その事実に安堵して目線を上げて辺りを見ると、先ほどよりも森の深い所に入り込んでしまている。木々も鬱蒼と茂り、青い葉が空を覆いつくして光を遮り、薄暗い世界を作り出していた。どうやら、凄惨な殺戮が行われたのは先ほどの場所だけのようで、周囲に魔物死体は見つからない。
「……なにがしかの方法で魔物を呼び集めて、対集団用の戦闘魔法で一掃した、という線もあり、か」
大威力の魔法をもって一刀の下に解決しようとした、と見るのが自然が。ふもとのゴブリンたちは誘引された自分たちよりも強力な魔物から逃げだした、というのが今回の原因か。まあ、何にしても魔物を切り刻むのが喜びの変質者という訳ではなさそうで安心した。そんなスプラッターマニアはそのうち人間も切り刻むようになると相場が決まっているからだ。
「まあ、これだけの事がやらかせる魔法使いがいる、というのは偵察員として十分な報告だよな」
もう帰ろうか、とも思ったが、
「ゴブリンどもと出くわすのは勘弁だな」
先ほど巻いたゴブリンはまだ麓にいるはずだ。今、下りれば先ほどの焼き直しのような逃走劇を演じる破目になるだろう。そんなの絶対に嫌だ。
「しかし、野営道具は持ってきてないんだよなぁ」
野営道具なしで野営をすることは不可能ではないが、不便で危険だからしたくない。まあ、いよいよとなれば木の上ででも寝るが。
「とりあえず、体重を掛けられるほどの大きな木となるとこの辺か」
落ちても死なない程度に低く、魔物が発見できない程度には高い所を探さねばなるまい。とりあえず、具合の良さそうな木に登って確かめてみようと、幹に苔の生えた樹木を観察して歩いていると根元の地面に大穴が開いている大木を発見した。
「なんだ、こりゃ」
穴の大きさは大の大人が一人通り抜けられそうなぐらいである。ひょっとすると魔物の巣かもしれない。そう思うとこの場を離れたくなったが、もし今晩野営をする破目になったらここで寝たらいいのではないかとも思った。地上で直接地面に横たわって寝るよりも、このような洞穴の入り口を埋めて中で眠った方が発見されにくい場合もある。入り口周辺を観察すると根がしっかりと周囲の土の中に張り巡らされているようなので生き埋めになるリスクは低そうだ。
「ま、中を見てからでも遅くは無いか」
私はとりあえず内部を見分して、寝床として用いることが可能かどうか判断することにした。
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