第30話 ゴブリンと丘

 どうしてこんな事になったのだ、と自分を呪いつつマーサは必死にゴブリンの群れから逃げていた。ファイヤーワークス作戦でシモン周辺の魔物は駆除されているはずだった。実際、冒険者ギルドにおいても街周辺での魔物討伐クエストは全くなかったはずである。新市街側の城壁が建設されずに街が拡張されることになったので厳重に魔物狩りをやったのだ。そのお陰で、シモンを拠点にする冒険者は一日がかりでなければ辿り着くのすら困難な場所のクエストを受ける破目になった。その頃の冒険者たちの怨嗟はすさまじいものであったと記憶している。

 つまり、何が言いたいのかというとこうして街からさほど離れていない場所で魔物が湧くのは異常事態だという事である。


「チックショウ。アイツが親父からパクった酒だと知りながら飲んだ罰か?これは」


 まあ、従犯扱いぐらいはされても仕方がないかもしれない。


「だからって、モンスターけしかけるこたぁありませんぜ。神様よぅ」


弓の射程から脱したが、ゴブリンはまだ、マーサに付いてきている。


「何で、今日に限ってこんなに」


普通、ゴブリンは自分たちのテリトリーに入って来たものを攻撃するが、テリトリーの外に逃げれば追ってはこない。しかし、今、私を追い回しているゴブリンはテリトリーの事などさして気にしていないようだ。いくら小さくても相手は魔物である。体力勝負は避けたいところ。……どうしようか、と走りながら周囲を見渡すと調度よい事に、草木の茂った小高い丘があった。あそこの丘に入ってゴブリンをやり過ごしてやろう。スカウトというのは本来、森林などの動きにくい場所で活動する職業なのだ。こんなだだっ広い平原で追いかけっこをするなんて専門外も良い所である。


「よし」


簡単に方針を決定すると、俄かに勇気が出てきた。さして多くもない魔力をかき集めて身体強化を行う。すると、一気に景色が後方に流れあっという間に目の間に丘が迫ってくる。登り斜面に達する直前に身体強化を切った。


「まったく、もう」


ガサガサと下草をかき分けながら道を探して進む。確か、この丘にもしばらくの間お役御免になっていた探索路があったはずだ。そこを基準にして移動しよう。まあ、この程度の丘ならふもとに降りてしまえば良いのだけれども。ここいらで少し様子を見ようと大木の陰に回ると、何故かゴブリンは追いかけてこず、それどころか一目散に逃げだしていった。


「???」


どうしたんだろう。あんなに執拗に追いかけて来たのに、この山に入り込んだ途端くるりと背を向けて離れていった。何か、この山にゴブリンが恐れる様な魔物が住み着いたのだろうか。何にしても、今、この山を下りれば先ほどまで私を追いかけていたゴブリンの群れに出くわしてしまう。少しの間、この山で時間をつぶす必要がある。


「まったく、ついてない」


これのせいで密談場所に行けないではないか。全く、造反したとか言われたらどうしよう。私達、偵察員を飼っている連中の猜疑心は相当なものだ。そうでなければ、冒険者ギルドの中に偵察員なんて送り込んだりしないだろう。下手を打てば、工作員を送り付けられるかもしれない。


「どうしよう。まじで」


待ち合わせ場所に行くにはここから出て先ほどの道に戻る以外の手立てはない。だが、現状あれだけの数のゴブリンを突破して密談場所にたどり着ける自信はない。さりとて、この状況について相手が納得してくれるかどうか、というのはまた別の問題である。本当にろくでもない。


「何か、他に手土産でも用意した方が良いかも……」


今回の報告では、特にこれと言って収穫が無かった、というつもりだったがこれでは首切り、下手を打つと物理的に切られる可能性がある。何か、ギルド外の事でも報告事項を用意した方が良いかもしれない。


「……、ゴブリンがこの山を忌避した理由、とか?」


確かに、これならば埋め合わせとして最適だろう。ゴブリンの群れ、それもあんな大群が恐れる様な理由を発見できれば、もしくは理由を見つけるための重要な手がかりは首の皮をつなげるのに貢献するかもしれない。何にしても、手ぶらはまずい。不始末を帳消しにする手柄を立てねばならない。私の命のためにも。


「結局、スカウトの仕事か……」


私はトボトボとあるいて森の中に分け入った。

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