第29話 不穏分子

 メイドが傭兵風の男の空になった杯に酒を注ごうとすると本人に止められた。


「いや、もういい。今日はもう酒を飲む気分ではない」

「そうかい。まあ、いいか。気を付けて帰り給えよ」


そう言うので傭兵風の男を見送ろうと立ち上がると、これも辞退して、


「何、こっから玄関までの道なんて覚えている」


と、やや頼りない足取りで廊下に出て行った。メイドがどうしましょう、という目で見て来たので言うとおりにするように目配せをした。


「まあ、中々に有意義な話だったね、……さて、どうしたものか……」


さっきの男の話を聞く限り、ザハリアス子爵はとんでもない隠し玉を持っているらしいことは分かっていた。しかし、それがどんなものなのかは皆目見当がつかなかったのだ。先ほどの話を聞くまでは。あの男の話によって、隠し玉の武装は片刃のショートソードかクロスボウの弦の片方を欠かしたような形状をしたある種の鉄砲というという具体的なイメージを持つことが出来た。だが、これだけでは不十分だ。当代のザハリアス子爵を出し抜くには。


「大量の資金を投じて得られた情報はこれだけですか……」


全く、嫌になる。当代のザハリアス子爵は本気で自分の領地を一から十まで変えてしまうつもりなのだ。これまで、領地の中で守られていた暗黙の了解も知ったことかとばかりに蹴り飛ばしてくる。これまでシモンは冒険者の街として発展してきた。街には冒険者を相手に商売をする店が沢山できた。ところが、領校が出来て以来評価はがらりと変わった。王国北東部の学都として勇名をはせるようになったのだ。ザハリアス子爵はこの向きを受けてシモンを学都に作り替えた。実際、新市街は非常に小奇麗に作られており、まるで王都の様だ。いや、王都の華やかな雰囲気を意識して建設したのだろう。そうでもなければあんな仕上がりになるはずがない。それ故に、


「これまで、商売をしてきた者たちが邪魔、というわけですか」


学都にあるものとして色街程相応しくないものは無いだろう。まだ、墓が隣にある方が自然だ。だが、面白くない。一体、領主は何を考えているんだ。これまで、街を作り支えて来たものたちをないがしろにするような政策をとるとはまったくもって度し難い。実際に、冒険者の中にも領主の在り方に反対する者は多い。確かに、領主の行う政策は革新的で領の発展に寄与するものだ。そのお陰で、奴隷同然の小作人にならずに領軍の将校になった人間だって大勢いる。しかし、「ファイヤーワークス作戦」や「サンバースト作戦」などのように冒険者ギルドとの連携などをまるで取らずに魔物の討伐に踏み出すなど「慣習やぶり」を行うことも多い。それ故に、一部のベテラン冒険者は冒険者をないがしろにしていると不平を持っている。また、公立印刷所などの存在も商人には不評だった。印刷所で本を作るのは良いのだが、全く取り扱わせてくれないのだ。あまつさえ、王都に外商部を設置して独自の販路を構築して売りまくるなどこれまで領内で商売をしていた者たちをないがしろにしていると感じる者が多数派だ。ヴィクター・ザハリアスの足元には領内の改革に不満を持つ者たちという地雷が埋まっているのだ。そして、それが爆発する日は存外近い。

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