第28話 胡散臭い紳士と傭兵風の男

 カレル王国北東部に位置するザハリアス子爵領は辺境の地である。それ故に、歴代のザハリアス子爵は常に大森林から出没する魔物と北方の脅威に悩まされていた。しかし、当時のザハリアス領にはごく少数の騎士団を除く常設の戦力が存在しなかったために通常の対処の多くを冒険者に依存していた。

 しかし、当代のザハリアス子爵は常備で五千名、予備で約七千名、合計約一万二千名の戦力を保持する王国有数の軍事貴族だ。これほどの正規軍を保持するのは中央の侯爵や辺境伯ぐらいなものである。しかも、領校を活用し能力の高い人材を発掘していることもあって個々人が油断できない素質を持っている。実際に、予備人員の中の冒険者には二つ名を贈られる程の実力者がいる他に、領軍の武装警察隊や先端打撃群の魔導士部隊や戦闘団にも勇名をはせる魔導士や戦闘員が多数所属しており、ザハリアス領軍の抑止力を高めるのに貢献している。だからといって、ザハリアス領軍が潔白だとは限らないのだが、そんなことは大多数の住民によって、


「関係ないし、興味もないこと」


の一つであり、当代のザハリアス子爵の改革で豊かになる街を見て満足するのだ。

そして、そのことに不満を持つものも大勢いる。例えば、私の目の前に座って密談する傭兵風の男と胡散臭い紳士とか。


「旦那、まったくアンタは何時までチンタラやっているんだ。最近、また何かときな臭くなって来やがった。魔法図書館とか何とかが出来て色街が潰されて……」

「致し方ありますまい。今までのザハリアス子爵は我らを静観する他に無かった。しかし、当代は違う。何のどういうカラクリかは理解できないが見たことの無いほどの精強な軍隊を作り上げてしまった。そして、その軍をもってして我々に相対するのだ。賄賂に動じず、脅迫を仕掛ければ徒党全員を襤褸切れに変えてしまうおっかない連中をだ。貴方だって、相手をしたんだろう?」


胡散臭い紳士はそう言うと目の前のグラスの酒を飲み干した。私が、寄って行って酒を注ぐと彼はグラスを掲げて謝意を示した。それを気にも留めずに傭兵風の男は長い顎髭を触って昔を懐かしむように言う。


「まったくだ。周辺の貴族のお上品な騎士団には我らのようなドブネズミの相手はできなかった。まあ、真っ向から戦ったら俺たちは間違いなく死体になっていただろう。だが、連中は前に進むだけ暴れるだけの能無しだった。だからこそ、俺たちは頭を使って生き残ることが出来たんだ。しかし、あの領軍の連中は違った。俺たちが使うような泥臭い戦術を研究し尽くして、その上で真正面から、側面から、背後から手を伸ばしたのだ。おかげで、配下どもの殆ど死んじまった。残ったのはわずかな腕利きとクソの役にも立たない奴隷だ。その奴隷も根こそぎ奪われて……、見てくれこの手を」


そう言うと、傭兵風の男は左手にはめていた分厚い革手袋を脱いだ。


「おお……」


胡散臭い紳士がうめいた。それほどまでに凄惨なものだったのだ。


「どうだ、酷いだろう。連中は奇妙な武器を使ったんだ。サーベルのようでいてサーベルよりも分厚く、切れ味のするどい両手持ちで使う片刃のショートソードや、弦の片方無くなったようなクロスボウのごとき外見をした奇怪な武器——多分、鉄砲の一種だと思うが火縄は使っていなかったな。これたちから身を守るのには分厚い金属の鎧がいる。まあ、この手は奇妙な筒にやられたのだが」

「奇妙な筒?」


ああ、と傭兵風の男は頷いた。長さ三十センチの木の棒の先っぽにブリキの筒が付いていて、ブリキの筒の付いていない方から、煙が出ていたんだ。


「てっきり、油か何かが入っていてそれを用いてこちらの部屋の中に火をつけるための物だと思ったのだ。それが迎え撃とうとした俺たちの前に投げ込まれたので配下の一人が慌てて掴んだのだ。そうすれば、油はこぼれず火が広がらないからな」


傭兵風の男はそこで話を止め、グラスから酒を一口飲んだ。


「……配下の方が掴まれたのにどうしてそのようなことに?」


紳士は、人差し指と中指、それに薬指の無くなった傭兵風の男の手を見ながら言った。


「ああ。配下が掴んだら爆発したんだ。俺はたまたま殆どの部分が柱の陰になるところに居たから左手の指三本で済んだが、掴んだそいつは目玉が飛び出て、腹が裂けた屠殺台の上の羊のごとき無残な有様になって死んだよ。そのあとさっき言ったやけに切れ味のいい片刃のショートソードを持った連中が飛び込んできて度肝を抜かれていた配下を切り捨てて行ったんだ。どうにもならなかったので、俺は秘密の抜け道から女を連れて逃げたんだ。そした、さっきの片弦のクロスボウみたいな鉄砲のお出ましだ。パパパパパ、という短い音を立てて連れを蜂の巣にしちまった。原っぱで襲われた時にはそいつに大勢の配下がやられたんだ。悲鳴を上げる間もなくあっと言う間だぜ?気の良い奴らだったのによう……。ええ、連中は俺の配下を勇者がスライムを倒すみたいにしてあっという間に死体の山に変えちまったんだ。信じられるか?まったく、連中に対抗できるのよっぽどの腕利きかバケモンじゃないと無理だ」


そこまで一息に言うと男は左手の手袋をはめ直しグラスを飲み干した。グラスに酒を注ぎ直しに行くと、首筋にも傷跡があった。私はその傷跡を見つけたことを悟られないようにして下がった。


「それで、這う這うの体で彷徨っていたらシモンの裏社会に拾われて用心棒として生きていくことになったが、それも終わりだ。ある日、親方の所に例のショートソードを持った連中がどこからともなくやってきて組織の主だったものを皆殺しにしちまったんだ。それで、組織の他の連中も娼婦どもも臆病風に吹かれて一気に逃げ出したんだ。まったく、酷い事をしやがる。きっと、領主お抱えの連中がやったんだ。領軍の飛び切り汚い汚れ仕事をする連中が」


男は泣いているような、笑っているような、なんとも言えない表情をして杯を空けた。

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