蠢動

第27話 マーサの受難

 これでは密談をしに行く、というよりは夜逃げするような雰囲気だ、とマーサは思った。くたびれたローブと汚れたブーツがより悲惨な気分にさせる。


「いっそ、新品でくりゃ良かった」


と、嘆けども時はすでに遅い。ローブや革靴を買いに街に戻っていたらクライアントとの会談に遅れてしまう。何にしても厄介な事だ。アンナにはスカウト斥候職の冒険者だと言ったが、それは間違いではない。しかし、それだけでは不十分であったのも確かだ。現在のマーサはザハリアス領主館領主執務室付属の偵察員だった。偵察員というのは、情報の収集を任務とする要員である。マーサが担当しているのは改革反対派の冒険者抱き込み工作の発見を担当していた。抱き込みを阻止するのは領軍の武装警察隊や領主館領主執務室付属の”誰か”である。マーサが知らされているのは自分に命令する上司と、報告をする上司だけ。これ以外の陣容は全く知らされていなかった。だが、少なくともそういう汚れ仕事専門の人員が配属されていることも知っている。そして、そいつらが本気になればマーサをミンチに変えることなど極めて容易なことも。これは、偵察員になるにあたって”誰か”の訓練を見学させられたためである。そして、”誰か”が見せた能力の片りんは少なくともマーサに敗北を確信させるのに十分なものであった。


「本当に、どうして受けちまったかねぇ……」


思えば、アンナは昔からいいやつ過ぎた。領校に居る間はアンナは極めて上品であるように振る舞い、少なくとも領校の同期や先輩、後輩にあれが将来領主になったとしても十分に信頼できると確信できる聖母のごとき振る舞いをしていた。かなり、意識的に振舞ってはいたようなのでストレスになっているのではないかと心配していたのは秘密だ。はどこで覚えたのか知っているようだったので完全に杞憂だったし。とにかく、型にはめたような判断しかできない奴ではなかった。なのに、今あいつは火中の栗を拾おうとしている。あの様子では親父に命じられたのかもしれないがそれでもあいつなら上手い事断る方法はあったはずだ。アンナの考えが全く読めなかった。

 物思いに耽りながら歩みを進めていると、ヒュン、と風切り音がして石がすこし離れた草むらに落ちた。続けて、二個、三個、と飛んできた。何だか、私の方に寄ってきているようである。不思議に思って石が飛んできた方向を見るとゴブリンがいた。


「!!!!!!」


慌てて周囲を見回すと、私はゴブリンに囲まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る