第26話 熱
さて、どうしようか。ぽたぽたと指先から落ちる鮮血を眺めながら私は思案した。場所柄、血を滴らせたまま戻るのは良くない。かと言って、
「治癒魔法を使うのは大仰」
であり、
「ハンカチは忘れて来た」
のだ。とりあえず、窓を閉めてから考えよう。先ほどの様に木製の窓枠に触れないように慎重に把手を引く。金属製のそれに血が付いて嫌な感触がした。やっぱりこんな仕事断ってしまえばよかった。
「どうかなさいましたか?」
パタパタと急いた足音を立ててマリアがやって来た。悲鳴を聞きつけたのだろうか。
「いえ、何でもないの。ちょっと木くずが刺さってしまっただけで」
「ええ?それはそれで大事ですよ。この建物、古いから色々と危なくて……」
「そうなの?」
そういえば、お父様も古くなった建材などが刺さると破傷風になると言っていた。
「毒を取り除くので、見せてください」
「え?や、そんな大事じゃないから」
「ダメです」
どうして治癒魔法が使える人は自分の傷にこうも無頓着なのか……、とマリアは呆れたように漏らした。何だか、その様子が領校時代のそれとさして変わっていないように思われて微笑ましく思われる。
「失礼します」
「へ?」
私が感傷に浸っていると、マリアが私の人差し指を口に含んでいた。突然の事で金縛りにあったかのごとく体が固まる。指先に熱を感じる。
「す、すいません。その、毒を、吸いださないとと思って、その、あの……」
私の沈黙を気分を害したことによるもの、と受け取ったのかマリアは可愛そうなほど恐縮して弁明する。なにも、そう謝る必要はないのに。ぼんやりと熱に浮かされた頭はもう碌に私を制御できなくなっていた。代わりに、その熱が私の内に喚起した衝動が私を支配した。私は一歩、マリアに近づいて、左手を伸ばした。マリアは叩かれるとでも思ったのだろうか。びくっとおびえるように体をすくませた。多分、おびえていたのだろう。実際、貴族に事前に許可も取らずに体を触れるのは礼を失した行為の一つだ。貴族によってはそれだけで無礼討ちにするかもしれない。私は、マリアなら怒りもしないが。可哀そうに先ほどまでの色をなくして顔色を真っ青にしている。別にとって食うつもりも……、訂正。これと言って咎めたてるつもりもないのに。そっと下を向いていた彼女の顎に左手を添え私の方に向かせる。マリアは恐怖に彩られた瞳で私を見た。そして、その瞳はすぐに驚愕の色に染まった。私が別に腹を立てた訳ではないことに気が付いたのだろう。私はそのまま左手をマリアの頬に移動させた。マリアは私が何をしようとしているのか理解したようで目を閉じた。マリアは私を受け入れてくれた。そう思うと、何もかもどうでもよくなってしまった。もう、この甘美な衝動に身を任せてマリアを自分の物にしてしまう事しか考えられない。私はそっと自分の顔をマリアの方へと近づけた。
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