第25話 飾り
先輩——もとい、アンナ様が閲覧室から非利用区画に向かう先輩の背を見ながら私はこっそりと溜息をついた。
「どうしたもんかなぁ」
本来ならば、司書がフラフラと施設内を歩き回るというのは好ましい事態ではない。はっきり言えば避けるべきことだ。しかし、今は利用者もなくこれと言って処理するべき案件もない。唯一あった案件は先ほど終わってしまった。もう少し、魔導書に関する考察を深めてもいいのではないかと思わないでもない。が、それは研究者のすべきことだ。図書館司書としての職掌からは逸脱している。
「先輩、理解していますか?」
私たちは何も期待されていないということを。期待されていたとしてもせいぜい置物に対するそれでしかない。なぜなら、領校も、総督府も、冒険者ギルドでさえも魔法図書館の存続を望んで居ないから。領校は魔法図書館がうまくいかなければ蔵書を自分たちの物にしてしまう気でいるし、総督府は色街をつぶす口実として魔法図書館を利用したにすぎない。冒険者ギルドも建物を用意した恩に着せて蔵書をかすめ取ることしか考えていない。だから、閲覧室と事務室周辺以外は申し訳程度の修理しか施されていないし、上品な調度も自分たちの物として転用するための物だ。次の蔵書選定の頃に政治的な闘争が再燃する、と先輩に言ったがそれはどんな本を入れるかどうか、ではなくいかに魔法図書館を相手のせいにして潰すか、だ。もし領校が勝てば、シモンにおける文化的な事業での立場は不動のものになるし、総督府が勝てば、領校や冒険者ギルドの発言力や政治的な地位を下げて自分たちの政治的な発言力を結果的に強化することが出来る。そして、冒険者ギルドが勝てば領校に押されてここ十年ほど続いていた政治的な発言力の低下に歯止めを掛けられ、領校を牽制することが出来る。だから、三者が魔法図書館に望んで居るのは存続することではなく、いかに自分に都合よく潰れてくれることなのだ。だから、三者とも自分の懐からは司書を出さなかった。相手のせいにできなくなるから。私だって資料室の先輩にさんざん止められた。あんな、外れの部署に行くことはない、と。
だが、私はここに居る。
これは全て先輩のためだ。先輩は領校を卒業した後、王都の学院に進んだ。私は王立学院に行けるほど勉強ができるわけでもなければ、魔法に明るいわけでもなかった。だから、王都に行って先輩に再開するというのは不可能に等しかった。だから、たまたま募集していた領主館資料室の仕事に応募したのだ。先輩が王都で職を得たとしても領主館で働いていれば目に留まるのではないかと。そうすれば、スピカみたいに私を愛してくれるのではないかと思って。極論、私も魔法図書館の行く末などどうでも良いのだ。先輩に愛してもらえるのならば、こんな虚飾の城なんていつでも捨てられるし、先輩に愛してもらえるのならば、この虚飾の城を守ってみせる。
先輩、私を愛してくださいね。そうすれば私は、先輩の望むとおりに踊って見せますから。
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