第23話 砕けたペン先

 私は自身に与えられている部屋でぼんやりと天井を眺めていた。部屋にはベッドとデスク、それに小物入れを兼ねたクローゼットがおいてある。中には雇い主に買い与えられた仕事道具や服が収められている。とは言っても、ローブや魔法杖と僅かな数の私服ぐらいしかないが。まあ、借金漬けの商家の娘としては上等な待遇だろう。身ぐるみ剥がれて娼館に売り飛ばされても文句を言えない。だから、王立学院を中退して、金持ちの用心棒兼愛妾ぐらいまでですんだ自分はまだましなのだ。ましなのだ。折角、先輩が差し伸べてくれた手を払いのけたのは自分ではないか。だから、胡散臭い中年紳士に好きなようにされても致し方ない。私は、部屋着の肩から除く悪趣味なタトゥーに目をやった。鎖骨の少し下ぐらいに刻印されている。そのせいで肩を露出する服を着ると見えてしまう。だから、ノースリーブを着なくなった。件の中年紳士はそれを不満に思っているようで私をパーティーなどの行事に参加させるときにはわざわざ肩の出るドレスを渡してくる。そのせいで、私はいつも好奇の視線にさらされてしまう。私は、デスクの上のガラスペンに目をやった。このガラスペンは私の宝物の一つで、私に手を差し伸べてくれた先輩に領校の卒業祝いとして貰ったものだった。非常に精巧なデザインで多分、高級品だ。とてもではないが普段使いなんてできない。私はずっとケースに入れたままにして、時折手入れをするぐらいでしか手を触れなかった。先輩は壊れたら新しいのをあげよう、と言ってくれたがそんな気持ちで先輩からの贈り物を扱いたくなかった。しかし、現在デスクの上にあるガラスペンのペン先は見るも無残に砕け散っていて実用上の価値も、芸術品としての価値も持ち合わせていなかった。まあ、私が自分でやったのだが。先ほども述べた通り、先輩がくれたガラスペンは非常に価値のある一品だ。だから、借金まみれで首の回らなくなった実家に持って帰ったら借金返済の足しにせざる負えない。だから、ペン先を粉々に砕いたのだ。高価な芸術品を無価値なガラス棒に貶めるために砕いたのだ。断腸の思いとはまさにこの事だろうと思う。他にも、色々と金目のものは持っていたが先輩に貰ったものは全て先輩の所に置いてきた。先輩に貰った品が私の不甲斐なさのせいで誰かの手に渡ることは受け入れられなかったからだ。先輩は何とも形容しがたい表情をしていたが、結局このガラスペンを除くすべての文具とアクセサリーの返却を受け入れてくれた。だから、私の身の回りで先輩がくれた品は先の砕けたこのガラスペンしか残っていないのだ。実家の破綻があと二年遅ければ手放さずに済んだと思うとやりきれない気分になってくる。


「先輩……」


その手を拒んでおいて都合が良いかもしれませんが、もし、私の借金が無くなって綺麗な身に戻ったらもう一度私を受け入れて下さいませんか?

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