第19話 書名不明図書と発掘図書

 マリアを連れ立って建物に入ろうとすると鍵が開かなかった。どうやら、通用門と建物の玄関は別の鍵を使っているらしい。


「マリア」

「はい」


マリアは私の横をするりと抜けて鍵を開けた。


「どうぞ」

「ありがとう」


私は昨日と同じ順路で事務所に向かった。マリアもそれに倣った。


「ところで、昨日は蔵書を一度も見ていないけれどもどこに置いてあるの?」

「今日、説明しますね」

「ん、お願い」


マリアは私に昨日と同じ椅子に座るように促した。


「今週は経理が来ないから事務室でのんびりできますよ」

「ああ、うるさそうだもんね」

「さすがアンナ様です。お話の分かるお人だ」

「茶化さないで」


すいません、と彼女は謝ると「お茶を淹れてきますね」と言って席を立った。


「まったく」


少し大人びたな、と思ったが中身は大して変わっていないようだ。その方が色々と気楽だが。


「どうぞ」

「ありがとう」


マリアは昨日と同じようにマグカップにコーヒーを入れて持って来てくれた。


「それじゃあ、今日はお仕事の内容についてご説明します」

「よろしくお願いね」

「はい。まずは……、といっても貸し出しはしないので利用者登録は適当でも問題ありませんし……、あ、そうだ。あれだ。あれでした」

「あれ?」


適当で良いのかよ、と思ったが仕事は少ない方が良い。問題にされるかもしれないが、私がマリアを庇ってやればいいだろう。どうせ、この仕事にあまり魅力は感じていないのだ。


「はい。魔導書が六百冊あると申し上げましたが、実は最後の方に納入されたものの書名が分かっていなかったんです」

「……書いて無かったの?」

「表の装丁が激しく損傷していたので読めなかったみたいです。魔力系は無事だったみたいですが、インクは滲んじゃってて……」

「魔法式を読んでみないとタイトルすら分からない、と?」

「はい。多分、エミル村周辺の遺跡で発掘されたものだと思われます」

「……あそこで図書なんて見た事ないわよ」


領校の学生時代に興味本位で遺跡を探査した事があるのであそこに図書を保管できそうなスペースなんて無かったはずだ。


「まあ、噂ですから。本屋に鑑定を依頼したらそう言われました。ひょっとすると冒険者が魔導書を発掘図書っぽく見せかけて高値で売ろうとしただけかもしれませんが……」

「まあ、そうなるわよね」


もし、マリアの言ったように現行の魔導書を発掘図書に見せかけたのならクラスⅢCぐらいの魔法が記述されているはずだ。そうしないと利益が出ない。しかし……、


「領校の方では調査しなかったの?」

「いちおう、魔導書が納入されるときに一通り調べたみたいですが、その本については装丁の状態と魔力系がちゃんと読めるかを調べたぐらいで、特にこれと言って魔法式についての記述はありませんでした」

「魔力系が動いているのに、中身は確認しなかったの?」

「記録は残ってないです。中身がⅢA以上だった場合は上級以上の魔法使いでないと読めないので……」

「なるほど」


クラスⅣAが含まれていたという話だから正体不明の図書の鑑定よりも、それらの魔導書の真贋を見極める作業に上級の魔法使いを投入していたのだろう。まあ、それをこっちに寄越したのは持て余したからだろう。私だって正体不明の魔導書なんて身の周りに置きたくない。

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