第18話 通勤

 自分ひとりしかいない職場というのは中々居心地が良いようで悪い。特に、政治的なゴタゴタの最中にあった場合、流刑にあったような気分になる。しかも、魔法図書館ほど周辺の恨みを買ってスタートした施設は無いので一人だと非常に心細い。


「でも、それも昨日で終わり」


そう、この心細さは昨日で終わったのだ。どういうカラクリかは知らないが先輩——ザハリアス子爵令嬢——アンナ・ザハリアス六期主席卒業生が司書として配属されたからだ。領主館で聞いていた噂では領主の娘が働きもせず結婚もしないで引き籠っているのは体裁が悪いから司書に選ばれたというものだ。普通はそんな理由で領主が娘を職につけたら不満が出そうだったが、領主館でも魔法図書館開設に関わる揉め事は知られていたので司書を勤められそうな人員は不満を言うどころか胸をなでおろしたという。もっとも、私はとばっちりにあっても何とかなるだろうと思っていた。九期生の中では戦闘能力が高い方だったし、面倒な会計業務などがアウトソーシングされた楽な仕事に思えたのだ。実際、領主館の五万冊以上の蔵書を抱える資料室を二十人と少しで回すよりも楽だった。流石に、一人で先行させられるとは思わなかったが。


「にしても、先輩どうしちゃったんだろう」


昨日、会った時からずっと感じていたことだが先輩……もといアンナ様の雰囲気が大きく変わっていたことに驚いた。領校に居た頃の先輩は活動的で明るい雰囲気の人だった。しかし、現在の……昨日会った先輩はかつての明るさはどこへやらアンニュイな雰囲気を漂わせていた。六年たったら人はあそこまで変わるのか、と内心驚愕したがそれはそれで、


「大人な感じの魅力っていうのかな?」

「何が大人な感じの魅力なの?」

「ひゃっ……」


自分の独り言に質問をされたのでびっくりして声のする方を向くと先輩がいた。どうしてここに、と思ったが魔法図書館の建物が見えたので先輩の通勤ルートと偶然重なったのだろう。その証拠に先輩は汗ばんでいる。


「お、おはようございます」

「うん、おはよう」


そう言うと先輩は悪戯っ子がお菓子をねだるような感じで右手を私に差し出した。


「あの、これは……」

「鍵、ちょーだい」

「へ?あ、はい」


私は慌て鞄から鍵を取り出して先輩に渡した。ありがとう、と言って先輩は通用門の方に歩いていく。結構な勢いで振り返ったので銀色のロングヘアが宙に踊る。思わず、見とれてしまった。


「どうしたの?置いてくわよ?」

「へ?あ、すいません」


私は自分が立ち止まったままだということに気が付いて慌てて先輩の方に走っていった。

……昨日のアンニュイな感じの先輩はどこへ行っちゃったの?

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