第17話 初出勤とカギ

 〈リリー・ブリューメ〉で会計を済ませると私は宿から出た。トランクを片手に下げて私は昨日行った魔法図書館を目指す。荷物を〈リリー・ブリューメ〉に置いてきても良かったのだが、トランク一個のために宿を一部屋借りるのはもったいない気がしたのだ。マーサに預けるのも手だったかもしれないが、彼女の今日一日の行動を制約するのは躊躇われる。やはり、自分で持って出るのが一番気楽なのだ。

 大通りに差し掛かるころ懐中時計を見ると八時半ぐらいだ。ここからのんびり歩いても二十分ぐらいでつく場所だ。時間には余裕がある。


「そういえば、鍵、どうしたら良いんだろう?」


昨日はマリアが通用門に施錠していた。ということはマリアが鍵を持っている。しかし、私は鍵を持っていない。ひょっとするとこの事を見越してマリアは私に自分の家に泊まるように言ってくれたのかもしれない。


「ま、通用門で待っていればいいか」


私は昨日通った道を昨日通ったように歩いて魔法図書館に向かった。

 そういえば昨日この辺でもめごとが起きていたなと思って辺りを見回すと窓が全部割れた建物があった。きっとあれが昨日の揉め事の現場だろう。それにしても、随分と景気よく割ったものだ。ガラスも安いものではないのに。


「まったくだぜ。あん畜生ども。ほんとにぶっ殺してやろうかと」

「何が”学都シモン”だ。お上は一体何を考えているんだよ」


居酒屋で管を巻いている冒険者たちが昨日の騒ぎについて批評しているのが聞こえてきた。特別保安区域とそれの制定に伴う営業制限には不満があるようだ。


「実際、魔法図書館も魔法使いにゃ良いかもしらんが俺たちには関係ないしなぁ」

「本当よ。しかも武器を持ち込んじゃいけねえと言うんだから馬鹿にしてやがる。一体だれがこの街を……」


思っていたよりもこの一連の揉め事は根が深そうである。


「しかし、使える魔法使いが増えるのは良い事だ。これまで魔法使いといえば領軍の選抜に落ちたような奴しか冒険者になろうともしなかった。しかし今回領校の魔法専修科とやらが出来たことによって優秀な魔法使いがこちらにも回ってくるかもしんねえ」

「馬鹿をいうな。そんなに優秀な奴らは冒険者にはならねえ。大商人や貴族の用心棒になるに決まってらぁ」

「ああ、強かったなぁ。あの白ローブ」


……白ローブ?


「たしか王都の学院の卒業生じゃなかったか?」

「ん?そんな話を聞いた事があるようなないような」

「きっと、実家から勘当されちまったんだろう」

「違いない。じゃなけりゃそんなエリートがあんないけすかねえ奴の用心棒なんてやらねえだろ。まったく、世知辛い世の中だぜ」


いけない。立ち聞きしている場合じゃなかった。早く魔法図書館職場にいかないと。

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