第16話 勘定
私は二度寝を始めたマーサの横で着替えを済ませ、荷物の準備を整えた。荷物は住処を定めてから送ってもらうつもりだから少なく、トランク一個分あるかないかぐらいだ。住居はお父様が用意すると言ってくれたが、断った。自分で選びたかったのだ。お父様の趣味に任せたら廃墟じみた一軒家を紹介されかねない。私は廃墟のお城より新築の労働者向けのアパートメントを選ぶタイプである。まあ、マリアあたりに仲介してもらえばどうにかなるだろう。昨日の話から考えるに新市街の方には賃貸の部屋が空いているはずだ。
一通り準備が終わってから懐中時計を見ると八時を指しているところだった。もう、マスターもカウンターに立っていることだろう。マーサの方を見ると気持ちよさそうにグースカ寝ている。まったく、気楽なものだ。
「マーサ。起きて。私、もう行かなきゃいけないんだけど」
「んん?ああ。そう。あたしの事は気にしなくていいよ。マスターには昨日のうちに話を通してあるから」
「いつの間に……」
少し驚いたがよく考えてみれば屋根裏の貯蔵庫を伝って私の所に来るにはマスターの協力が無ければ難しいはずだ。部屋に降りて来る前に話を通していたのだろう。
「じゃ、行くからね」
「おう。いってらっしゃい」
ひらひらとマーサの白い手がベッドの上で揺れる。
「……もう少し別れを惜しんでくれても良いのよ?」
この私の言葉に対するマーサの対応は淡白の一言に尽きる。何せ、
「どうせ、近いうちにまた会えるさ」
と私の方を見ることなく言うのだから。ほんとにもう。
マーサもいることだし、とカギをかけドアの下の隙間から部屋の中にカギをけり込んだ。こうしておけば、この部屋のカギを植木鉢の䕃とか絨毯の下とか不用心な場所に隠さずにすむ。もっとも、〈リリー・ブリューメ〉にはどちらもないが。
「あれ、アンナ。マーサはどうしたんだい?」
「部屋で寝てる。冒険者になった優等生の末路を演じているの。……宿賃を払うからもう少し寝かせといてあげて」
「あいよ。で、会計はお前さんかい?」
「はい」
「夕食代と宿賃、締めて銅貨二十枚だよ」
「溜まってたツケってどれぐらい残ってる?」
「ん?ああ。アンナのツケは・・・・・・」
「マーサの分もセットでお願い」
「え?別に構いはしないけど結構溜まってるよ、あの娘」
「大丈夫ですよ」
むしろ、溜めといてくれた方がこの場合はおつりが減って助かる。
「占めて銀貨二枚ってところだね」
「……金貨で大丈夫?」
「ああ、そういうこと。これぐらいなら用意できるさ」
マスターはカウンターの中に置いてあった手提げの金庫から銀貨を八枚ほど取り出して私に差し出す。私は財布から金貨を取り出してマスターに渡した。
「毎度ありぃ」
「また、よろしくお願いします」
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