第15話 悪夢

 気が付くと見知らぬ場所に私は居た。私は、黒と白のツートンカラーの近衛衛士の制服を着て、鉄の匂いがする血だまりの上に立っているのに死体はない。服に染みたら嫌なのでそろりそろりと歩いて血の池から出ようとするが何故か私が進む方向に広がってゆく。池の外にはマーサとスピカ、それにマリアが居る。だから、私は三人の方に向かって歩いて行く。けど、距離は一向に縮まらない。それどころか開いていく。とうとう、耐え切れなくなって私は走り出した。こんな場所で走ればどうなるかなんて相場が決まっている。私はあっさり転んでしまう。いつの間にか池は深くなっていて私は全身血まみれになってしまった。手を使って起き上がろうとするが、底が泥のようで抜けなくなってしまう。引き抜こうともがくたびに体が沈み込んでいく。三人に助けを求めようと顔を上げると三人とも私に背を向けてどこかへ歩いてゆくではないか。


「ちょ、助けてよ」


三人にそう訴えるが冷たい目で私を一瞥した後に再び歩き始める。後はもう悲惨だった。もがけばもがくほど体は池の中に沈んでいく。必死に助けを求めてもすたすたと三人は歩いて行く。もう、振り返りすらしなかった。口の辺りまで水の中に没したとき、目が覚めた。


「ふぇ?」


いつの間にかベッドの上でうつ伏せになって寝ていた。なんだ、夢か、と安堵して体を起こそうとするが起きない。ギョッとして背中を見るとマーサが空になった瓶を抱えて私の上で寝ていた。多分、酔っぱらってここで眠ってしまったのだろう。キルシュワッサーは飲みやすい割に強い酒だと注意しておくべきだったかもしれない。


「ちょ、起きて。寝てても良いけど私の上で寝ないで」


マーサの肩をゆすると不機嫌そうにうなり声をあげて私の上からのっそりとどいた。全く、飲みすぎだ。


「もう朝?」

「多分ね」


窓の隙間から日差しが入ってきているので多分、朝だろう。酒に酔って昼まで寝ていたとは思いたくない。ベッドから出てコートの内側に入れておいた懐中時計を見ると針は七時を指している。どうやら、寝過ごした訳ではないようだ。それを聞くとマーサは再び私の布団に潜り込んだ。おい。


「どうしたのよマーサ?貴方、六期きっての優等生で、滅多に二度寝なんてしなかったじゃない?」

「んん、ああ。そら、お前もう授業の時間なんて気にしなくてもいい、自由業の冒険者だし」

「そうだった……」


冒険者は基本的に時間に縛られない。もちろん、仕事のしやすい時間、そうでない時間というのはあるが、時間を気にする必要があるのは冒険者ギルドでクエストを受けに行く時と、クエストの期限ぐらいである。故に、領校で生活態度が優等な者であっても卒業後に冒険者になった途端に生活素行が悪くなるという例は枚挙にいとまがない。もちろん、王立学院でもそうだというのだから冒険者がいかに自由な職業であるか認識できる。その替わり腕が良くないとやっていけないが。ま、これはどこも同じであるが。


「にしても、限度はあるでしょうに」

「今は受けてる依頼もないし良いんだよ」

「ホントかしら」


私は呆れつつも着替えを始めた。寝起きの体に朝の空気は冷たかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る