第11話 リリー・ブリューメ2
私は荷物を床に適当に放ると内側からカギをかけてベッドに寝転がった。いつもなら、……領校に居た頃ならこの後階下のレストランで少し早めの夕食を取って三ブロック先の公衆浴場まで湯を使いに歩いただろう。だが、今日は長距離の移動で疲れたせいか一向に食欲が湧かない。それどころかベッドの上から動こうとする気力すら湧かない。まったく、他人には見せられない光景だ。ちなみにこの宿、冒険者向けのやくざな宿ではあるが泊まるのが冒険者なだけあって治安はすこぶる良い。この宿にくる冒険者は新米か中堅のどちらかである。いずれにしても、ソロで活動できるほど実力のある連中ではないので信用が必要だ。従って、盗みを働いたとか乱暴したとかいう話があると信用されなくなり、誰とも組めなくなる。要するに、冒険者は宿ではお行儀よくしているのだ。酒場では暴れるけど。盗みに入る方も、冒険者が相手となれば返り討ちにされる可能性が高くなるのでよくよくの事が無ければ来ない。うまい具合に冒険者の慣習を利用した宿なのだ。
「食えない婆よね。あのマスターも」
「……今更とやかく言うつもりはないけれども、人前とそうでない時とで人が変わりすぎだろ。そんなんで良いのかよ。領主のご令嬢が」
「良いわよ。どうせ為政者足りえないんだから」
私は突如屋根裏から聞こえて来た声に返答した。どうせ、あいつだ。天井板を外して屋根裏から入って来た。普段、屋根裏は物置として使われているそうで、前に一編見せてもらったがジャガイモやビールのボトルが山ほど転がっていた。そのせいもあってか土の匂いがわずかにする。
「で、今日は何の用事だよ。見たところ逢引きという感じもしないしな。ん?ああ。俺は相手にならんからな。もし、寂しけりゃ辻君にでも声をかけろきっとすっ飛んでくるから」
「どうして告白もしていないのに私が振られてんのよ。今日の用事はここに来ること。それだけ。……それだけよ」
フーン。と私の前に居る女は面白そうな顔をした。何よ、その顔は。むかつく。
「で、そっちこそ何よマーサこんな面白い登場の仕方をして。スカウトなら募集してないわよ?それとも、昔みたいに小遣いをねだりに来たの?」
「おいおい、そりゃないぜアンナ。私は昔なじみのアンタのために特だねを仕入れて来たんだ。飯でもおごってくれ。この店のアイスバインで良い。どうだ良心的だろう?」
んのがきゃ。ここのアイスバインは知る人ぞ知る名品といったもので非常においしい。私も何度か食べたことがある。しかし、一皿で一晩の宿賃と同じぐらいという値の張る一品だ。まあ、手間を考えれば妥当と言えば妥当だが。
「上着脱ぐから少し待ってて」
「おう」
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