第10話 マリア・モリオールの家路
心なしか煤けた背中で旧市街の方に向かう先輩を見送ってから、私——マリア・モリオールは家路についた。先輩とは逆に新市街の方にあるアパートに向かった。近年に入ってからザハリアス領では木造住宅が流行している。石造りよりも簡単に建築できるのがその理由で新市街の殆どの建物が木造でつくられており、街角の至る所に『防火』と書かれた水槽とバケツが設置されている。もし、火事が出たらこれを使って初期消火を行えということだ。実際には、『冷凍』とか、『アイス・ネーベル』とかの魔法が込められたマジックスクロールや魔法石の方が効果的だが、街角に設置するには費用が高すぎる。集合住宅の共用部分に『警報』魔法をかけて置いておくのがせいぜいだ。もっとも、設置するのは大家だが。そういう規定になっているのだ。大家に防災のための費用を出させようという魂胆だとか、公営魔道具製作所が儲けるための規定だとか、批判は出たが、魔道具のお陰で大事に至らずに済んだという事が何度もあってから反対するものはいなくなったが。むしろ、最近では先見の明とほめる者すらいる。
途中、火の用心と拍子木をついて回る自警団とすれ違ったが特に変わったことは無い。大通りを抜けると木造の建築物が立ち並ぶ新市街に出た。新市街の真ん中を突き抜ける大通りから少し奥に行ったところに私の住処はある。とは言っても木造二階建てのアパートだ。少なくとも今夜、先輩が泊まる〈リリー・ブルューメ〉よりは上等な部屋だ。全く、あんな宿の何が良いんだか。もう、学生じゃあるまいし。いら立ちを壁にぶつけようとして止める。こないだ、それで揉め事を起こして次は無い、と衛兵に警告されていたからだ。
「スピカ。スピカ。スピカ。そればっかり。いつまで引きずっているんだか」
スピカ・ラングレー。私と同じ九期入学生の一人。黒い髪を肩ぐらいまで伸ばした可愛い子で、私同様にごく普通の商家の娘だった。ただし、私の実家よりも彼女の実家の方が裕福だった。私は予科から入ったけど、彼女は予科に入らずに領校に入学した。当時はまだ予科の設置数も少なかったから予科に入らずに領校に入学する者も多かった。彼女もそういう一人だった。だが、富裕な商家で教育を受けていただけあって、彼女は優秀だった。だから、先輩の目に留まった。そして、持ち前の気性から先輩に愛された。
でも、彼女は先輩の前からいなくなった。九期を代表する首席として王立学院に合格したものの、実家が零落して退学したのだ。その時、私は領主館に就職していた。資料室の見習いとして魔法書や魔導書の取り扱いについて教わっていたのだ。彼女には悪いが私は歓喜した。これで、先輩が私を見てくれるようになる、と。
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