第8話 お開き

 魔法図書館でマリアに一通り説明を受け終わると、陽が傾いていた。


「日も暮れてきましたし今日はもう、お開きにしませんか?」


政治抗争のど真ん中に放り込まれたと知って頭を抱える私を労るように彼女は言った。


「そう、させて貰うわ」


じゃあ、少し待ってください、と彼女は自分の身支度を始めた。といっても、コートを羽織るぐらいのものだったが。


「一つ、聞き忘れていたのだけど……」

「何でしょうか?」

「私と、貴方以外に誰か来るのかしら?」


ああ、とマリアは思い出したように言った。


「常勤は先輩と私だけです。しかし、会計事務や雑務は総督府が、本の修繕は領校が、建物の保守管理を冒険者ギルドで分担されているので特に問題はないそうです」


本当か、と思いたくもなるがしかたなかったのだろう。多分、仕事をたくさん引き受けた方が主導権を握れると考えたに違いない。そして、総督府は中立の立場に居ない、ということか。どちらかというと領校側についているように感じられる。多分、司書を領主館から出すことで三者の間で落としどころを着けさせたのだろう。少なくとも、私の待遇は政治抗争の渦中でさえなければ至れり尽くせりと言える。


「……貴方はどこの人間なの?」

「中立ですよ。強いて言えば領主館ですかね。一応、公宅の資料室で見習いをしていたので」

「そう」


妙に僻みっぽい物言いは気になったが追及はしなかった。ひょっとしたら最先任になれると思ったらチャランポランが司書が来てそうではなくなったのが面白くないのかもしれない。だとすれば藪蛇になる。つつかない方が無難だ。


「行きましょうか、先輩」

「ええ」


身支度を終えた彼女が私の事を促した。私は椅子から立ち上がって彼女に促されるままに部屋の外に出る。彼女はベルトに括っていた鍵束から掴みだした真新しい黄金色のカギで施錠した。先ほど、通用門で使っていた鍵とは別の物だった。


「……ところで、先輩」

「何?」

「もう、お宿は決まっているのですか?」


あ。


「いや、決まってない。けど、大丈夫よ。旧市街の方の定宿が開いているでしょうから」


そう言うとマリアは深いため息を吐いた。


「御存じでしょうけども、〈リリー・ブルーメ〉は冒険者向けの安宿ですよ?領主令嬢がそんなヤクザな宿に泊まって良いんですか?」


…………。


「どうして、そこが定宿だって知っているの?」


彼女はしまった、というような顔をした。


「…………黙秘権は?」

「明日、貴方が飲むコーヒーに自白剤を入れてもいいなら」

「無いってことですね」


はあ、と大きなため息をついてから彼女は言った。


「昔からギルドの方には出入りしてたので、宿に入る先輩を何度か見かけたことがあったんですよ」

「…………他に知っている人は?」

「多分、いないと思います。私以外にギルドに出入りしていた人間はいなかったはずですから」

「そう」


私は安堵した。隠したかった事は隠せているらしい。知られていたとしても彼女は知らなかったという体を取った以上無思慮に言いふらすような真似はしないだろう。


「じゃあ、どこに泊まるべきかしら」

「うち、とかどうですか?」

「へ?」


マリアは私を案じて自分の家に泊まるように提案してくれたのだろう。しかし、気の利いた後輩の提案だからと言ってホイホイついて行くのも違う気がする。


「いえ。貴方にそこまで甘えるのも何だか申し訳ないし、今回は遠慮させてもらえないかしら」


あそこのマスターとは馴染みだから挨拶ぐらいはしておくべきだろうし、と言うと、


「そうですか。それじゃあ、仕方ないですね」


とマリアは引き下がってくれた。


「せっかく、誘ってくれたのにごめんね」

「いえ。私の方もご都合を考えずにすいません」


マリアは自分の提案が断られたのに、気を悪くした様子も見せずにこう言ってくれた。領校時代から変わらず度量の広い子である。


「それじゃあ、行きましょうか」


マリアは来た時とは逆の方向に歩きだした。私は行きと同じように彼女の後ろに付いて行く。やはり、不思議な感じがした。

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