第7話 ちょっとした政治的な事情

「その、総督府で叔父様に……、魔法図書館が建てられるときに”ちょっとした政治的な事情”でいろいろごたごたがあったって聞いたけど一体どういう事情があったの?」


そう訊くとマリアは「気になりますよね」と言った。


「んと、一口で説明するとですね……魔法専修科の下心と冒険者ギルドの要望が折り合ったのと主導権争いの結果ですね」

「専修科と冒険者ギルドの?」


不思議そうに訊くと彼女は肯定した。総督府や衛兵隊ならばともかく専修科と折り合う理由が分からない。


「領校魔法専修科が設立されたときに、魔法図書館を専修科生のための付属図書館として作る案と、それとも外部に独立した図書館として作る案の二案が提案されたんです」


ふむふむ。


「それで、街を拡張する工事が行われることになっていたので、新たに確保される土地に領校専修科の校舎と一緒に付属図書館として建てたらどうか、と専修科の方から提案があったんです」

「まあ、合理的な判断ね」


ごく、当たり前な提案でしかない。どこに折り合わなければならない要素があるのだろうか。


「ですが、新街区のほぼ全域が特別保安区域——つまり、武器の使用可能な状態での携帯が禁止された区域に指定されていて、なおかつ、旧街区から外れたところになってしまうこともあって冒険者が利用しにくいと予想されたので冒険者ギルドが独立した図書館を旧街区の方に作って欲しいと要望したんです」


確かに、商売柄冒険者は武器を携帯するから武器携帯禁止規定のある特別保安区域は少ししんどいかもしれない。


「旧街区の方は土地が余ってなかったんじゃないの」

「はい。ですから、冒険者ギルド管理下の施設を転用してはどうか、という話になったんです」


それなら、領校専修科も、総督府も乗らざる負えないだろう。土地収用はともかく、建築費が丸ごと浮くんだから。


「とは言ったものの、冒険者ギルド管理下の建物は床面積の都合上使えないものも、多く、使えたとしても立地に問題があったりして」

「立地?」


街の外にでもあったんだろうか。


「色街が周辺にできちゃったみたいで……ぶっちゃけるとここの事です。元は富豪の屋敷に、と建築されたんですが幽霊的なのが出ると噂になって引っ越したんです。その時、噂は町中に広がってて買い手がつかなかったので冒険者ギルドが引き取ってそのまま放置していたら周囲がいつの間にか色街になってしまっていたそうで」

「……何年前の話?」

「先々代のギルドマスターが就任した直後と言っていたので二、三十年ぐらい前だと思います。まあ、そんなわけで専修科が強硬に反対したんですがふと、誰かがこういったそうです。”特別保安区域に指定して娼館をどこかへやってしまえば良いんじゃないか”と」


実際、色街はシモンに相応しくない、という意見はだいぶ前からありましたし、と彼女は補足した。


「結局、その目論見は成功しました。大分、裏社会含めて反発もあったみたいですが、領軍の武装警察隊まで投入されてそのことごとくを鎮圧してしまったんです」

「……表のやたら頑丈な柵は追い出された色街の関係者の報復に備えて?」

「はい。椅子とか机とかの備品の殆ども新調されることになったんですが、いくつかはそのまま使われることになったんです」


このテーブルとか。と彼女は教えてくれた。


「加えて、本の内、魔導書が多いのは冒険者ギルドに運営の主導権を握られたくなかった専修科がハコの予算を転用して、買い集めたせいなんです。しかも、領校専修科が買った魔導書の中にクラスⅣA相当が含まれていたんです」

「クラスⅣA相当?そんなの私、使えないわよ」


魔導書は書かれている魔法によってクラスが分類されている。その中でもクラスⅢC以上の魔導書が上級魔法に分類され、使用に高度な技能を要求される魔法群だ。普通、クラスⅢAを使えれば近衛に入れるというのだからクラスⅣAの規格外さもさっせるというものだ。


「それでクラスⅣAは閉架に決定されたんですが、それ以外にも等級・魔法名共に不明の魔導書もごろごろ出てきたんです。そこで、最初は政治もへったくれもない私が最先任司書補として新人数名を教育しながらのんびり業務に慣れていけばいいという方針だったんですが、魔導書の書名すら分らないというのでは図書館として面子にかかわるので司書を置こうという話になったんです」

「そこで、私に白羽の矢が立った?」

「はい。先輩は利害的にもフラットな立場だったので一応、三者の間での主導権争いに影響しないと思われたんでしょうね」


まてやこら。


「え?ひょっとするとまだ三者の政治抗争は続いてるの?」

「はい。落ち着いていますが来年の蔵書選定や予算会議ではぶり返すと思いますね」


多分、その火の粉はこっちにも飛んでくるのだろう。なんて、役目を引き受けてしまったんだ私は。思わず、はぁ、と溜息をついてしまった。

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