第6話 魔法図書館にて

 私が領校の学生だった時は今よりもずっと活動的だったと思う。少なくとも、日がな一日ごろごろして過ごすということはしなかった。ほんと、いつからだろう。こんな風になったのは。王立学院に入学したときはまだこんなじゃなかった。


「どうか、なさいましたか」

「え、ええ。何でもないのよ。何でも」


前を歩いて私を案内してくれていたマリアが不思議そうに訊いてきた。態度にこそ出さないが私の変化に驚いているだろう。呆れているのかもしれない。


「そうですか。こちらに事務所があります」


そう言うと彼女は再び私に背を向けて歩き出した。私もそれに遅れないようについて行く。鳥の親子にでもなった気分だ。


「ねえ、マリア、いえ、モリオールさん」


かつての様に呼んでから、自分もマリアも領校の学生ではないことを思い出して言い直した。私は学校の先輩だが、マリアは職場の先輩なのだ。そこらへんは弁えるべきだろう。学校の先輩、後輩なんて親しくしていなければ赤の他人なのだから。


「マリア、で良いですよ」


彼女は「雰囲気が変わっていてびっくりしましたが律儀な所は相変わらずですね」と笑った。


「つきましたよ」


彼女は左手で装飾の施されたアンティーク調の扉を開けた。ドアノブにも彫刻が施してある。どうぞ、と彼女は私に椅子をすすめた。私は勧められるままに腰を下ろした。座り心地の良い椅子だ。腕の確かな職人が作ったものに違いない。が、無骨だ。装飾が全くなく、扉やアンティークな雰囲気を持つテーブルと雰囲気があっていない。この建物のデザインが統一されていないのは理解していたが、ここまで徹底しているとは思わなかった。ひょっとすると、政治的な事情云々は私の妄想で建物全体が前衛芸術になっているのかもしれない。


「驚かれましたか」


マリアが苦笑しながら訊いてくる。相変わらずシニカルな動作が決まる人だ。


「ええ。びっくりよ。何もかもにね」


ここが設立された詳細な経緯は知っているの、と聞くと大体は、と答えが返ってきた。どうやら、後輩は立派な勤め人になっているらしい。劣等感が刺激される。


「紅茶とコーヒー、どちらが良いですか」

「コーヒーでお願い」


紅茶だと寝ちゃいそうだから、と続けるとクスクス笑われた。何がおかしいの。


「で、仕事については貴方に訊けばいいのかしら」

「そうですね。できる前の事情にも少し関わっているので気になった聞いてくださいな……、と入りましたよ」


彼女は白いマグカップにコーヒーを淹れて持ってきてくれた。


「ありがとう」


私はお礼を言って受け取った。マリアが淹れてくれたコーヒーは酸味が強いものだった。彼女の方を見ると特に変わったそぶりもなく飲んでいる。きっと、彼女の好みなのだろう。


「それで、いくつか聞いてもいいかしら?」

「どうぞ」


一息ついた所で私は話を切り出したところ、彼女は至極簡潔に返答した。 


「私は司書をやることになっているようだけども、私の他に居ないの?」

「一応、非常勤の司書としてエミル村の魔法使いのお婆さんがいますが、先輩が病気にでもならない限り来ませんね。常勤の司書は先輩だけです」


あの婆さん完全には断り切れなかったと見える。今度、果物の砂糖漬けとか持って行った方が良いかもしれない。ほんと、身内が申し訳ない。


「……他には?」

「司書補として私が。司書になれるほど魔導書に精通しているわけではありませんがまあ、魔法書ぐらいまでならなんとかなりますので……」


まあ、マリアは王立学院に来なかったし、在野の魔法使いに師事していたとしてもすぐには教えてくれまい。というか、魔法書までならいじれるのかこいつ。魔導書を全部閉架にしてしまえばすぐにでも運用を開始出来たんじゃないのか。


「蔵書の内訳は?」

「魔法戦技教範が千冊、魔法書が六百冊。魔導書が七百冊です。うち、三十二冊が発禁本です」


はい?


「魔法書よりも魔導書の方が多いの?」

「そうなんです。タイトルで数えれば五百八十冊ぐらいですが」


魔法書というのは魔法について解説され、マジックスクロールの原本にもなる本の事をいう。マジックスクロールとは使い捨ての魔道具の事で、一度だけ仕込んだ魔法を発動することが出来る。特に、魔法を使えない冒険者に人気だ。それを、魔法書に記述されている魔法陣を魔力を使ってマジックスクロールの元になる用紙に転写することでマジックスクロールを作ることが出来る。あんまり複雑なものは作れないが、大抵はそれで事足りる。魔法書の上位互換が魔導書だ。魔法の解説書という意味ではほぼ同じだが、明確に違う点が一つだけある。それは、魔導書が魔術的な手法によって記述されるという点だ。故に、魔導書は生産数の少ない希少な存在である。また、魔導書は魔法書よりも高度な魔法陣を載せることもできるので大抵、クラスⅢC以上の上級魔法が記述される。というか上級以上の魔法しか載せない。なぜなら、クラスⅡA以下の中級魔法・初級魔法は特殊な塗料を使用すれば銅板印刷や木版印刷で生産される魔法書に記述できるからである。故に、高価な魔導書にはクラスⅡA以下の魔法が載せられない。確実に価格競争で負けるからである。


「普通、魔法書の方が多くなるものじゃないの?」

「……”ちょっとした政治的な事情”で魔導書の方が多く集まったんです」


またお前ちょっとした政治的な事情か。

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