第5話 魔法図書館門前にて

 騒ぎを抜けて大路を一直線に向かうと大きな石造りの建物が見えて来た。建物を囲む柵は高く、非常に実用性に優れている。その一方で、建物には優美な装飾が施されているからチグハグな感じがした。しかも、構内に設置されている彫刻などの芸術品も部分的な統一感は感じられるものの全体としての統一感はない。まるで、それぞれの部分をどこかからか拾ってきて組み合わせたような歪さを感じる。少なくとも、まともな神経をした人間はこんな風に建物を作らないし、住みたいと思わない。成金でももっとましな家を建てるだろう。こんな吃驚な家に住んでいるのはどんな奴だろうと門標を見ると青銅のプレートに”魔法図書館”と刻印されていた。

 嘘だろ。私の職場かよ。”ちょっとした政治的な事情”による弊害は周囲の色街だけでなく建物にまで作用したらしい。だから、この建物はこんな異様な風采を放っているのだろう。建物のデザインにまで影響を及ぼすような政治的な事情だ。きっと運営するための人員の方についても奇々怪々な有様になっているに相違ない。


「よし、逃げよう」


奇天烈な建物の中で、人間関係にストレスを感じながらお仕事、なんて絶対に嫌だ。特に私の場合、所属派閥が無いので誰も守ってはくれまい。胸元に手を突っ込んで財布を取り出し残金を数える。金貨が五枚。銅貨三十枚が入っていた。これだけあれば王都行きの馬車代と当座の生活費は大丈夫だ。この金が無くなったら冒険者にでもなって稼げばいい。それなりの経験はあるつもりだ。大丈夫、大丈夫。かなりきついジョブチェンだけどやれるって。


「大丈夫。きっと大丈夫。王都から逃げればお父様の手の者とて探し出すことは出来っこない。そう、良いわね?アンナ・ザハリアス。胃に穴が開く前に領外に逃亡すれば問題ない。そう端から私にはできることなんてなかったのよ」

「すいません。魔法図書館はまだ、運営されてませんので……」


ぶつぶつと正門前で自己暗示を続けていると関係者と思しき少女に声をかけられた。私より幾つか下の子だったかもしれない。どうやら、利用者と間違われたようだ。


「は、はあ、そうですか。そう言うことでしたら私は退散いたしますので……」

「わざわざ来てくださったのにすいません。……?ちょっとお待ちを」


これ幸いと逃げようとすると服の袖をつかまれた。何、この子。怖い。


「あの、どうかなされましたか」

「間違いだったら申し訳ないのですが、領校第六期卒業生首席のアンナ・ザハリアス先輩ではありませんか」


ギョッとして私の袖をつかんでいる少女の顔を見ると、なんとなく覚えがあった。領校の三期下にこんな感じの顔があったような気がする。


「そういう貴女はどちら様で……」

「あ、失礼しました。私は領校第九期卒業生のマリア・モリオールです。御懇意にされていたスピカ・ラングレー第九期卒業生の古なじみです」


ようやく、思い出した。たしかスピカとよく一緒に居た気がする。


「ああ、そうね。モリオールさんでしたね。失礼いたしました。手前は確かにアンナ・ザハリアスでございます」


そう答えると目の前の少女は喜色を浮かべた。ついでに、安堵したような笑顔も浮かべている。なんで。


「今日、こちらにいらっしゃる司書の方って先輩だったんですね。良かったです。これで、ようやく魔法図書館をスタートできます」


ちょっと待って。


「どうして私が司書だと思ったの?」


するとマリアはキョトンとした顔をしてこう言った。


「王立学院に行った領校卒業生の中で就職してなかったの先輩だけだったので」


今日、この時ほど働いとけば良かったと思ったことはない。

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