第4話 道中にて

 なんとも言えない気持ちになって総督府を後にした私は、叔父様の”夢があって、常に前に進み続ける若人には”という言葉を反芻し続けていた。”夢があって、常に前に進み続ける若人には”だと。とんだ嫌味もあったものだ。私に夢なんてない。かつてはあったかもしれないが今の私に夢なんてない。ただ、のんびりと生きられたらそれでいい。別に、夢が無くたって死にやしないし。

 ぼんやりと考え事をしながら進んでいると、野次馬の群れに遭遇した。何やら揉め事があるらしい。人混みは苦手だが、魔法図書館がどうのとか聞こえてくるので一応あらましを知っておこうともっと声がよく聞こえるように近づく。


「だから、ここは特別保安区域に指定されたから営業しちゃいかんと言っているだろう。この商売を続けたいのだったら区域の外でやれ。域外に代替用地を購入するための補助金も出ただろう」

「はん、何が特別保安区域だ。何が魔法図書館だ。お高くとまりやがって。お前らの魂胆はわかってんだよ。見栄えを良くして金持ちを呼びたいだけだろうが。魔法図書館の利用料金だって一回につき金貨一枚だっていうじゃねえか。金儲けをしたいという魂胆が見え見えなんだよ」


聞こえてくるセリフが不穏だ。やっぱり近づくのはやめておこう。どのみち私の出る幕じゃない。そそくさとその場を離れようとすると、笛の音が聞こえて来た。衛兵の警笛にしてはやや高い。不思議に思って音のする方を見てみると黒い詰襟の制服を着た一群がやってくる。全員、腰に長いのを一本ぶら下げているので総督府を始めとする統治機構に属する組織に相違ないが、心当たりが無かった。シモンの街で主に治安維持活動を行っているのは衛兵隊と、領主麾下の騎士団分屯隊の二つである。しかし、そのどちらの制服でもない。ひょっとすると新設の組織なのかもしれない。まあ、荒事を担当する組織なのは間違いないであろうから関わり合いになりたくない。多くの野次馬も私と同じ考えらしくその一群を見ると蜘蛛の子の様に逃げ出した。そのお陰で渦中の人物を見ることが叶ったが。もめていたのは衛兵と娼館の用心棒ゴロツキだった。そういえば、魔法図書館が出来るにあたって色街は”ちょっとした政治的な事情”によって引っ越しを余儀なくされたと叔父様が言っていた。きっと、その政治的な事情に納得できなかった娼館がごねたという所だろう。やはり、私には関係のない話だった。私は魔法図書館の運営には関わるが、建設には関係していない。建設の時のごたごたは私が手をつけるべきことではないし、手を付けたくもない。もし、運営に支障がでるような工作を受けたら叔父様に頼んで衛兵をダース単位で借りてこればいい。どのみち、私にできることは無いのだから。

 ……にしても、あの黒詰襟ども何者だ。衛兵とゴロツキの揉め事を面白がってみるような連中が逃げ出すなんて、ただ事ではない。何かえげつない事をやったのだろうか。まあ、今度に喫茶店にでも入ってそこのウェイターにでも聞けば教えてくれるに違い無い。そう思い立つと私は歩みを速めて魔法図書館に向かった。

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