第3話 シモン総督府にて
総督府、というとお役所を思い浮かべるかもしれないが、衛兵司令部も兼ねているので実際には更に厳格である。まあ、
私の見立ては正しかったようで、五分と時間が経たないうちに応接室に案内された。普通、躍進中の街の総督府の応接室というと無意味な装飾が施されがちだが、シモン総督府はちがうようだ。無意味な装飾が廃され、部屋の中に置かれているものは全て実用的なものばかりだ。実利を好む叔父が作りそうなが部屋だと思った。
秘書っぽい眼鏡のおばさんが持ってきてくれたコーヒーをちびちび飲みながら待っているとどすどすと足音を立てながら叔父が部屋に入って来た。座っていたソファーから立ち上がって一礼して挨拶をする。
「御無沙汰しております。ウォルター叔父さ……いえ、シモン総督閣下」
うっかり叔父様と呼んでしまい、慌てて呼びなおした私に叔父はいかにも好々爺然とした調子で話しかけてくれた。
「ははは、そんなに堅苦しくしなくても大丈夫だ。どうせ、この場には私と君しかおらん」
ちらりとドアの方を伺うと秘書と思しき男性はいつの間にかどこかに行っていた。きっと、衛兵上がりの
「ありがとうございます。ウォルター叔父様。お忙しい中突然訪問して失礼をいたしました」
「なぁに、気にせんでもいい。最近、書類仕事ばかり増えよって息が詰まって仕方がない。むしろ、書類の山から救い出してくれて感謝したいぐらいだ」
叔父様はかっ、かっ、かっと豪快に笑った。よく見ると服の袖にインクが付いているので書類仕事に追い回されていたのは本当のようだ。
「にしても随分久しぶりに喋ったような気がするなぁ。最後に喋ったのは領校の卒業式じゃなったか。そうそう、最近調子が悪くて屋敷に引き籠っていたそうだが体はもういいのかい?」
「はい。おかげさまで回復いたしました。その回復祝いという訳ではないのでしょうが父に仕事を仰せつかって参りました」
実際に療養が必要だったのは心だし、まだ回復してねえよと声を大にして言いたかったが、止めておいた。
「ほう、仕事。兄者はお主に何を申し付けたのだ?ひょっとすると総督府付の魔導士かな。だとするならば私もうれしい。ついこの間やたらと強い魔物が湧いてな。魔法の使えない冒険者や衛兵では倒すことができなくて難儀しておったのだ」
よっぽど対応に苦慮していると見える。だが、図書館の司書さんには関係のない話だ。お父様グッジョブ。
「過分な評価を頂き光栄です。しかし、私のような青二才ではそのような大役は務まりませぬ。父は、私に今度開設する魔法図書館の司書をするように命じました」
そう私が言うと叔父様は「はて」と首をかしげた。予想していた反応と違った。少しして叔父が私に訊いた。
「……魔法図書館の司書はエミル村の婆さんに頼むんじゃなかったのか?」
「…………寄る年波には勝てなかったそうです」
叔父は意外そうな顔をして、「そうか」と言った。
どうやら、あの婆さん年を取らない仙人か何かと勘違いされていたらしい。
気を取り直して、魔法図書館司書着任の挨拶を終えると、私は駅馬車の中で感じていた疑問について質問してみた。
「あの、叔父様。魔法図書館が色街にある理由をお伺いしてもよろしいでしょうか。この辺りは私の記憶が正しければ色街ではありませんでしたか?」
「ン?ああ、六年前まではそうだったな」
そう聞くと叔父様は一瞬何のことか分からないという顔をした後に、手を打った。
「ああ、そうそう。心配には及ばぬ。ちょっとした政治的な事情によって色街には街ごと引っ越しを願ったのだ。その辺りは印刷所と活版製造所、それにお主の勤める魔法図書館ぐらいしかない」
「そうでしたか。ありがとうございます」
”ちょっとした政治的な事情”が何かは分からないが記憶と地図の記載の不一致の原因が分かってすっきりした。何がともあれ、色街の喧騒と一日中一緒に過ごさずに済むとしって安心した。そんなの絶対に嫌だ。
「この六年でシモンの街は大きく姿を変えた。総督府周辺は大きくは変わっておらぬ故、気づかなかったようだが新市街……領校周辺は特に大きく変化している。総督を勤めている儂でさえ同じ街かと疑いたくなるほどだ。ましてや、六年もの間シモンを離れていたそなたには別の街に見えるに違いない」
「シモンの発展には凄まじきものがあると聞いておりましたが、それほどまでの発展ぶりなのですか?」
私は驚いて訊いた。叔父様は私の質問に首を縦に振った。
「ああ。この街に俺は十年近く住んでいた。冒険者や商人、それに職人たちでにぎわう活気のある街だった。しかし、兄者の治世になって領校がシモンに設置されてから、シモンは変わった。学生向けの本を売る店が増え、図書館や公営印刷所や製本所が沢山できた。ついには、王国北東部の学都と呼ばれるまでになった。間違いなくシモンもシモンに住まう民も、そして我らも豊かになっている。これは間違いなく発展と言えるだろう。しかし、こう思えてならないのだ。兄者は、いや、俺たちはシモンを全く別の街に作り替えているのではないかと」
叔父は言い終わると深いため息を吐いた。眉間には深いしわが刻まれている。
「……確かに、シモンは変わったのでしょう。叔父様が知っていたシモンから。ですが、世とは常に変わり続けるものです。今の急な変化を厭ったところで、どうせ世は変わるのです。良くも、悪くも。ならば、私たちが目の届くうちに、良い変化をもたらした方が良いではありませんか。もし、今、変化を嫌う声が出ても、拙速となじられようとも百年先の正直者の歴史家たちは”ウォルター・ザハリアスが総督だった時代にシモンはその繁栄の礎を得た”と」
少し、した後に叔父様は「大した開き直りだな」と私の言葉を評した。その目には落胆の色がありありと浮かんでいる。どうやら、叔父様の苦悩はどこか別の所にあったらしい。
「まあ、若人にはわかるまいよ。夢があって、常に前に進み続ける若人には。こんな、人生の折り返し地点を通り過ぎたものの悩みなどはな」
むしろ、分からない方が健全だ。と叔父様は自嘲する。
結局、私は叔父様の真意を理解することが出来なかった。
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