第14話【配信者は】順調な活動は油断を招く【厄介ファンも多い】
「…今日はこの辺りで終わりますね」
半径1km以上の幅の巨大な穴の前で、黒い髪の美しい少女が宙に浮いたドローンに向けてそう言う。すると、沢山の文字がドローンについた画面を埋め尽くした。
『お疲れ様!』
『今日もよく頑張ったね!』
『服に滲んだ汗、最高ですねぇ…』
『ようやく五層まで来たね』
『ほんとにお疲れ様!次のライブはー?』
『ダンジョン内で配信止めるの?』
「えーっと…実は先日、探索者協会で片付けをしていたときに色々問題を起こしてしまって…」
『あぁ〜そういやYでトレンド入りしてたね』
『大丈夫だった?』
『すごかったねあれ。でもニートザマァって思ったわ』
『みみちゃんに被害がなくてよかった』
(よくは…ないんですけどね……)
コメントを読んだ彼女は、もやもやとした気持ちになりながらも、ファンであり視聴者でもある彼らに心配ないと伝えるように笑みを浮かべる。
結局あのフードの人物にお礼も言えずじまいでしたし、怪我をした天田があの後あのフードの人物に何をしたのかもわかりません。あのフードの人との接触は天田を刺激する可能性があるとマネージャさんに止められてしまいましたが、機会があれば…
『そういえば、あのフードの人uwitchで配信してる人じゃないかって言われてたね』
「…っえ?あの人、有名な人なんですか?」
『別に俺が特定したわけじゃないけど、この人じゃないかって候補は上がってたよ。めっちゃ似たローブ着てたり、いま探索してるダンジョンが大地の試練だったり…』
『不確定の情報なんだから美月ちゃんの配信から来ましたとか寒いコメントはやめろよ?向こうには向こうの配信があるんだから』
「そうですね。例えそれが真実だとしても、その方の配信に私の名前を上げたり確認をするようなコメントは控えてくださいね」
『注意喚起助かる』
『気をつけるわ』
『無自覚も自覚ありもキモいからやめよう』
皆さんもしっかりと理解してくれているみたいですね…私も気になりはしますが、特定のようなことはするべきではないでしょう。本人が私の方に名乗り出てくれるのが一番良いのですが…
流石にそれは無理だと彼女も理解している。一部では英雄扱いされているようだが、やったことは傷害では?などという声も上がっていて賛否両論だ。
守り出てくれたことは嬉しかった。
だからこそあの人が探索者を辞めさせられるなんてあってはならないことだと思うし、どうにかしたいとは思う。
だが、私が天田さんに何か言うというのは…
「はぁぁ……」
『ため息?』
『天田のこと考えると気が重くなるよねぇ』
『確かスポンサーなんだもんね。あんまりにも面倒なら契約破棄しても…』
『馬鹿なのかお前ら。そんな簡単に破棄できるものじゃないだろ』
元はといえば自分と天田さんの問題のはずなのに、他の人が巻き込まれることになるなんて…
そこで、まだは配信がついていることを彼女は思い出す。
「あっ…えー…それじゃあ、本日はここまで!明日は休みで、明後日は13時から配信です!よろしくお願いしますね?」
無理やり笑顔を浮かべ、視聴者にそう別れの挨拶をしカメラを切ろうとすると…
「どうして避けるんだよ!ストーカーから助けた僕にお礼の一つもないのか!?」
「えっ!?」
『やばいやつキター』
『顔面パンパンでワロた』
『下層まで追いかけてくるって…えぇ?』
『どうやってここまで?天田って探索者じゃなかったよな?』
「ふひっ……僕はずっと美月のことを見守ってたんだよ!なんだって美月の彼氏だからね!」
『えぇ!?きっしょこいつ!!!』
『お前がストーカーじゃねぇか』
殴られて吹っ飛んだせいか、まるでミイラのような姿になっている新人の姿とその虚ろで濁った瞳は、カメラで見ている視聴者すら恐怖を感じていた。
『もしかして復讐しに来た!?』
『美月ちゃん関係ないだろ!あのローブの男の方いけよ!』
「でも…もう大丈夫だよ、美月ちゃん…僕がいるから、僕が守ってあげるからね?ダンジョンの外まで送っていってあげるよ」
「いえ…大丈夫です…」
「どうしてそんなこと言うんだ?ほら、行くよ?」
そうして新人は彼女の腕をつかむ。
「や…やめてください!離してっ!」
「僕の手を振りほどくな!!君の契約を破棄してもいいんだぞ!!!」
その手を解かれた新人は、烈火のごとく怒り、手のひらを彼女に振り下ろした。
「ひっ…!!!」
パシンっという音が、洞窟内に響く。
『おまえ!?』
『流石にそれはやばいだろ?』
『通報した』
『こいつまじでカスやん』
『みみちゃん!?抵抗してもいいんだよ!?』
コメントには、そんな、スポンサー契約なんてどうでもいいなどのコメントが流れているが、蹲った彼女は逃げることができなかった。
「いやっ…許して……誰か助けて……!」
小さく、震えた声でそう漏らす。彼女の表情は、恐怖によって埋め尽くされていたのだった。
『みみ大丈夫…?』
『今日調子悪いの!?』
『早く逃げてー!』
「もういい!大丈夫だよ…僕が全部忘れさせてあげるからね…?」
すると、新人は彼女の両腕をガッチリとつかむ。
「僕が…」
『キス顔やめろ!!』
『きっしょ!まじできっしょ!!』
『みみちゃん!その男早よ〇して!!』
そうして新人は美月に顔を近づけ…
「いやっ!」
目の前まで近づいた新人をどうにか振り絞った力で吹き飛ばし、彼女は少しでも逃れるように後ろに後退りする。
「どうして…どうして逃げるんだよぉ!!」
その様子が気に食わなかったのか、新人は彼女に向かって飛びかかる。
そんな新人から逃れたいという一心で美月は後ろに下がる。
『そっちはまずくね?』
『新人をぶっ飛ばせー!』
『まじで〇しても大丈夫だぞ!?』
『そっちまずい!』
『戻ってー!みみちゃん気づいて!』
コメントはそう彼女に伝えようとするが、必死に逃げようとしている彼女にはドローンについたコメント欄を読む余裕などない。そうして…
「……えっ…?」
彼女の身体が宙に浮く。
自分がどこにいるかを忘れていた彼女は、気がつけば穴の側にまで追い詰められていたのだった。
そうして彼女は、暗く深い奈落の底へと落下したのであった。
▼
どうしてこんなことになったのだろうか…気絶する彼女を眺めながら今までのことを思い返す。
3日前、色々やらかした俺は吹っ切れた。
ダンジョン内ではローブを脱ぎ、慎重に進むのをやめて、どんどんと進む。
配信では色々と聞かれたが適当に濁している、がバレるのも時間の問題だなぁと言う感じである。
さて、そんな俺だが、配信をしながら下層五階層まで到達した。
少しずつ敵が強くなっていることは感じるが、下層の敵のゴーレムは防御力だけなのでそこまで脅威ではない。五層も余裕で進んでいた俺は、ついに大穴までたどり着いたのだった。
大穴。奈落の穴とも呼ばれるこの穴は、半径1kmの底の見えない巨大な穴だ。試練のダンジョン固有のスポットで、深層に行ける唯一の道だ。
つまり、深層に行くために、下層十階層のボスを攻略する必要はないのである。
なら誰も行かないのでは?と思うかもしれないが、下層五階層からは結構宝箱が増えるらしいのと、大地の試練は実力を試したいって人が多いため、深層ではなく下層の最下を目指す人が多いのである。
だが、最下層を攻略した者たちは深層には挑戦しないらしい。それほどまでに難易度が高いというわけだ。
大地の試練の最下層到達者はそこそこいるが、深層に挑戦するのなら他の難しいダンジョンの最下層を目指すという人が多いみたいだな。
とはいえ、攻略者と呼ばれる探索者が両手で数えられるほど少ないということからもわかる通り、普通のダンジョンの下層は試練のダンジョンとは難易度が格段に違うため、それを試練のダンジョンと同じだろうと油断して命を落とす探索者も多いらしい。
試練のダンジョンの最下層をクリアできるのが特級だとするなら、普通のダンジョンの下層に挑戦するのに特級の実力が必要というほどだ。
難易度的には、試練のダンジョン最下層→普通のダンジョンの下層以上→深層という感じだ。
まぁ、つまり試練のダンジョンは完全な腕試しというわけだ。
「明後日くらいまでに準備して、深層に挑戦しようかなって感じかな〜」
これからのことを、大穴の前で視聴者と話す。
普通なら深層なんて自殺行為だが…俺は新しく強化の上級宝石を購入した。価格は50,000DP×3個なので150,000DPだ。
相当な値段であったが、なんと強化値は脅威の+3。ちなみに中級宝石が+2だった。
下級宝石や上級宝石は見たことなかったので存在したことにはとても驚いた。効果が重複しないのは残念だったがな…
ただ、そんなことを知らない視聴者は皆心配してくれる。
『まじで深層行くの?』
『やめとけ。普通に下層の最下層までクリアして終わりでいいぞ?』
『死ぬところはカメラオフで頼む』
「心配してくれてありがとね。でもまあ俺決めたことはやり切るタイプだから」
『探索者なら攻略者とか目指したほうがいいんじゃない?なんで深層なんて…』
「ん〜それは一応スレで説明したんだけど…やっぱ信じてもらえない…か?」
そこで、俺から見て大穴の右側に誰かがいるのが目に入る。あれは…
「神々美月?」
3日前、色々あったあの少女がいた。
『うそ?みみちゃんいるの?』
『見せて見せて!』
『まさか追いつけるとは…見直したぞノスター』
『なんか座ってる?』
「…いや、あれは座っているというより…」
影になっていて見にくいが、彼女は何かに怯えているような気が…
『ちょっと穴に近寄り過ぎじゃない?』
『というか下がりすぎじゃ…え?』
その瞬間、彼女は大穴に落下する。
「まずっ!?ルエル、頼むぞ!」
ルエルに声をかけ、彼女を追うように全力で飛び込む。
(距離は…100m以内。これなら…)
流石に届かない。が、俺にはルエルがいるのだ。
「ルエルっ!!」
ルエルの方に寄り…彼女に体を預ける。そして…
「うぉっっっ!!!??!」
全力で彼女に俺を投げてもらう。
速度、角度、そして威力。すべてが完璧であった。流石はステータス限界突破の8、8、4、0!の最強ロボット!しかも俺の考えを完璧に察してくれている!レベルがちげぇぜ!
「よっこいせぇっ!」
彼女を空中で抱きとめ、周囲を確認する。こっから…やばっ!?宝玉ルエルに預けたままだ!!
「まずいまずいまずいまずいっ!!」
バールを壁に振るってどうにか突き立てようとしてみるが、全く歯が立たない。まあ刺さったところで止まれるとは思えないが…
どうすればっ…え?
自分の持ち物を確認すると、俺の足に袋が結ばれていた。
察す8に気配り8って…最強かよ!
袋に手をいれ、ダンジョンメニューを開く。
こんな高所から落ちても衝撃を無くせるクッションは…
「なんでもいいや!どうにかなーれ!」
クッションと検索し、ダンジョン産の落下衝撃を吸収しそうなアイテムを選び、彼女と俺に巻きつけるように纏う。
そうして俺は、暗く深い奈落の底まで落下するのであった。
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