はじめての同好会活動

「というわけで、翠ちゃんが同好会に加入してくれました〜〜!」


 ぱちぱちぱちぱち。

 私立桜庭女学院旧校舎の一角──リクロス同好会の部屋に拍手の音が響いた。

 なんだかんだで結局入会を決めた翠はしゅん、と肩を落として、


「……断りきれなかった」

「まあまあ、翠ちゃんは我が同好会の救世主だよ。五人になったし、生徒会に承認されれば晴れて部の仲間入りができるの!」

「長かったね。欲を言えば二年生以下だけで五人欲しいけど」

「一度昇格してしまえばすぐに降格はされないはずですので、来年また部員を集めれば良いかと」


 その時は勧誘する側になるのか。

 説明会でみんなの前に立つ自分がさっぱり想像できないまま、翠は軽く挙手をして。


「あのー、それで結局、リクロス同好会ってどんなことをするんですか?」

「それはもちろんリクロスだよ」

「だから、リクロスってなんなんですか!」

「────」


 しーん。

 自分の意志で入ったはずの三人が顔を見合わせて、


「……なんだろうね?」

「なんだろうね?」

「なんなんでしょうね……?」


 大丈夫なんだろうかこの同好会。


「ルールとかないんですか?」

「それはもちろんあるよ? 公式サイトもあるしルールブックも。でも翠ちゃん、いきなり本読んで勉強しろって言われたらどうする?」

「退部します」

「小鳥遊さん。あなたにはやる気がないんですか」

「あるように見える⁉」


 そりゃあ、入ったからにはきちんと取り組む気はあるけれど。かといっていきなり「リクロス大好き!」となるわけがない。えっちだし。

 こほん。

 太い三編み的な髪型+厚い眼鏡モードのリクロス同好会会長、梨樹が気を取り直す。


「そういえば梨樹先輩ってふだんは眼鏡外さないんですか?」

「疲れるから普段はコンタクト使わないようにしてるの。学校ではだいたいこっちかな。……話を戻すけど、まずリクロスって試合が基本なのね」

「試合」

「1チーム2人。ペアを組んで相手ペアと対戦するの。制限時間内により多くの得点を獲得するか、相手ペアのどっちかをダウンさせれば勝ち」

「ちょっとプロレスっぽいですね」

「ああ、近いね。魅せるプレーが要求されるところもプロレスに似てるかな」


 葵が軽く捕捉してくれた。


「地区予選だと決勝以外は制限時間五分。試合ごとに『お題』が出されて、それに沿ってリクロスするの」

「肝心のところが『リクロスする』で終わってるんですけど」

「説明がとても難しいのですが、演技と本音の間を行き来しながら自分とパートナー、そして対戦相手の心を昂ぶらせていくのがリクロスです」


 真綾も説明に加わってくれたものの、その説明だとやっぱりえっちな想像しかできない。昂ぶるとか言っちゃってるし。


「即興演劇だと思えばいいですか? 得点はどうやって決まるんでしょう」

「そこがややこしいんだよね。麻雀の役と符計算より複雑だから最初はあまり意識しなくていいよ。簡単に言えば自分の行動とシチュエーション、セリフなんかの複合で計算される」

「でも高得点を狙うだけで勝てるとは限らないよ。なにげないことが対戦相手のツボに入ってダウンってこともあるから」

「そのダウンって別にひっぱたくわけじゃないんですよね?」

「後に響かない程度であれば物理攻撃も許可されていますが」


 許可されてるんだ。


「ええと、そうだな。翠は『萌え死』とか『キュン死』とかいう言葉を知ってるかい?」

「なんとなくはわかります。……え? あれ? じゃあ自分の演技で他人を悶えさせろってことですか?」


 なにそのハードルの高いルール。

 ちらりと真綾を見る。こんな可愛い子がパートナーとかそれだけで翠のほうがどきどきしてしまいそうなのだけれど。

 視線に気づいたのか、それ以外の理由か。真綾もまた翠のほうを向く。青い瞳に意識が吸い込まれて、


「なにも演技をしなくとも良いんです。素のあなたのままでも、対戦相手を感動させられれば」

「うん。翠ちゃんにはそっちのほうが合ってるかもしれないね」

「いやいや、それこそわたしには無理ですよ!」


 わたわたと手と首を振る。


「説明会で言ってた百合って『女の子同士の恋愛』ってことなんですよね? だってわたし、そんなのまだ全然わからないのに」


 人の心を動かす言動なんてできるわけない。

 下手に「できる」と言って後で困らせるより良いと思ったのだけれど、これに梨樹は呆れ顔。葵はやれやれと肩をすくめ、真綾は、


「そうですよね。あなたはそういう人ですよね」

「桜庭さん?」

「そうやって人の心を弄んで、私のパートナーになってくださるなんてぬか喜びさせて、なのに全然覚悟が決まっていない!」

「さ、桜庭さん?」


 せっかく仲直りしたはずなのに。

 教室では一応話してくれるようになってほっとしていたのに。


「無理だって言うなら早く退部してください! 私は二年生の先輩の復帰を待ちますから!」

「……うーん。翠ちゃんはあれだね。先に実戦を経験したほうがいいかもしれないね」


 ふん、と、そっぽを向いて無視モードに入った真綾と、どうしていいかわからない翠を見て、梨樹がしみじみと呟いた。



    ◇    ◇    ◇



 で。


「知り合いに無理を言って練習試合をセッティングしてもらいましたー!」

「西園先輩ってやることなすこと無茶ですよね?」

「言わないであげてよ。これでも、途中でやらかさなければたいてい同好会のためになるからさ」


 入学から約二週間が経った日曜日。

 翠は他の同好会メンバーと一緒にとあるお嬢様学校を訪れていた。

 私立姫百合女子学園。

 この地域で女子校に通いたいなら桜庭か姫百合、と評される名門校だ。翠も前に学校見学で一度訪れたことがある。


 ここの特徴はなんと言っても白い制服。


 穢れなき乙女をイメージした制服は着る生徒によって可愛くも格好良くもなる。この制服にも若干憧れるものはあったものの、母から「汚れが目立つから駄目」とばっさり斬られ受験を断念した。

 翠たちの着ている薄桃色の制服と姫百合の白い制服。こうやって集まると実に絵になる。これはこれで男子の憧れの的なのではないか。

 ただ、翠が姫百合を選ばなかったのには制服以外にも理由があって、


「お久しぶりですわね、西園梨樹?」

「うん。元気そうで良かったよ、沙羅さらちゃん」


 姫百合は学費が高めなうえに校則が厳しく、古いタイプのお嬢様学校の伝統を強く残している。宗教関係の授業もあるくらいで──そのせいか、梨樹や真綾のように話しやすいお嬢様ではなく純粋培養の、本物のお嬢様が多く在籍している。


「一年生のお二人は初めましてですわね。わたくしは久遠寺くおんじ沙羅さら。姫百合女子学園リクロス部の部長を務めていますわ」

「桜庭真綾と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「た、小鳥遊翠です」


 姫百合のほうはリクロスらしい。

 ウェーブのかかったロングヘアのわかりやすいお嬢様、久遠寺沙羅の後ろには明らかに五名を超える部員の姿がある。

 さらに沙羅の傍らには何故かメイド服を着た女の子まで控えているのだけれど、彼女は部員、というかそもそも生徒なのだろうか。

 沙羅は口元に手を当てるとにやりと笑って、


「桜庭も新入部員をなんとか確保できたようで。お祝いを申し上げますわ」

「うん、ありがとー。姫百合も順調みたいでなによりだよー」


 あれ、梨樹はにこにこ対応してるけど今のって嫌味なのでは?

 ぽかんとしていると葵が傍に寄って来て耳打ちしてくれる。


「姫百合は地方予選の優勝候補なんだ。一昨年は春・秋とも桜庭うちが勝ったんだけど、去年は二連覇されちゃって」

「それで向こうの部長さんは西園先輩のことをライバル視してるんですね」

「聞こえていますわよそこの新入生」


 地獄耳!


「まったくもう、ちょっと可愛い顔をしているからってずけずけと……」

「あ、ありがとうございます? でもあの、わたしなんて大したことありません。ほら、うちの桜庭さんのほうがよっぽど」

「ど、どうして私を押し出すんですか⁉ というかあなたのものじゃありません!」


 最近、真綾は親しい相手にはツンツンするタイプなんじゃないかと思い始めてきた翠である。この素直じゃない感じも慣れてくると可愛い。

 二人のじゃれ合いが漫才に見えたのか、沙羅はふっと笑って、


「なかなか面白い子たちですわね。急なお誘いでしたけれど、こちらとしても新入部員の教育にちょうど良いかもしれません」


 そういえば今日は翠たちの練習試合のために来たんだった。



    ◇    ◇    ◇



「ありがとねー。うちにはろくに設備もないから」

「それで一年生の時、わたくしたちを完膚なきまでに叩きのめしたのですから本当に憎らしい。いっそ姫百合に転校してくればいいものを」

「あはは、ごめんねー。わたし桜庭で全国優勝するって決めてるから」


 さすがに全国優勝は無理では?


「あ、でもそっか。1チーム2人だから強い人が2人いれば優勝できる可能性あるんだ」

「そうだね。ちなみに同じ高校からは5チームまでエントリー可能だよ」


 などとやりつつ案内されたのは姫百合学園リクロス部の部室。

 新校舎の一等地にでん、と構えた部屋は防音壁を備えた広い造り。別の部屋に繋がるドアまで複数あるし、テレビやソファやエアコンまである。

 資本力の差が歴然すぎる。桜庭だって一昨年全国行ってるらしいのに。


「先にお茶でも飲みましょうか?」

「早く始めちゃおうよ。やってる間にトイレ行きたくなっても困るし」

「さすがにそのプレイは初心者には高度過ぎますわね……」


 お漏らししても試合続行されるってこと……?


「では、こちらの部屋を使いますわ」


 複数並ぶドアから中央のものが開かれると、奥には撮影セットのような空間が広がっていた。

 オフィスの一角。中世のお城の中。SFチックな宇宙船内などなど。なかなかに凝った造りのそれを見て「演劇部じゃないんだよね?」と思う。


「機器もこちらの備品を貸して差し上げますわ」

「なにからなにまでありがとねー」


 公式準拠の試合には最新式のデジタルデバイスを用いるらしい。首と両手両足にスマートウォッチ的なものを装着。これで心拍数などを測るらしい。

 後は試合開始直前にARゴーグルを装着する。

 慣れない機器に戸惑いつつ真綾の様子を伺うと、ほんのり頬を染めた彼女にふいっと向こうを向かれた。


「そっちはどの子が出てくれるの?」

「こちらからは双月姉妹が参加しますわ」


 生徒たちの中から進み出てきたのは髪を古風な感じに切り揃えた二人の小柄な一年生。

 顔立ちから背格好までそっくりで、


「双子……!」

「良い素材でしょう? 近所の神社の娘さんなのですけれど、西洋の教えにも忌避感のないいい子たちですわ」

「あー、いかにも沙羅が好きそうな感じ」

「? どういう意味ですか天苗先輩?」

「今回はあまり関係ないから気にしなくていいよ。それより自分の試合に集中して」

「あ、はい」


 確かに、ここまで本格的な説明もあまりないままに来てしまった。もちろん模擬練習もこなしていない。

 ルールブックや公式サイトの動画くらい見ようと思ったのだけれど、梨樹が「どうせなら先入観がないほうがいいよ」と言うのでそれに従った。

 本当に大丈夫なのだろうか。

 緊張を覚えつつ双月姉妹のほうを見ると、彼女たちもぎゅっと拳を握ったり開いたり落ち着かない様子。そうか、向こうも初めてなんだと思ったところで、


「制限時間は五分。セッティングは……オーソドックスに『教室』にしましょうか」


 セットの中には教室のものもあった。というか机や椅子、黒板も本物だろう。学校だし。


「ARゴーグルで服装も変えられるのですけれど、特に意味はありませんわね」


 ゴーグルを被ると視界の端に両校の名前と点数表示が映る。これで現在得点がわかるというわけか。

 互いのパートナーと並んで立つと試合開始のカウントが始まる。


 ──いや、ほんとこれどうすればいいんだろう。


 どきどきが止まらない。手が震えてくるのさえ感じていると、その手に真綾が触れてくる。

 震えている。

 一緒なんだ、と思うと少しだけ気が楽になった。微笑んで顔を向けると彼女も笑顔を浮かべて、それから頷いてくれた。


「1、……0!」


 START!

 視界に文字が表示されて消える。セットの外にはみんなが見守っているけれど、その存在は軽くマスキングされていて視界に入りづらい。

 翠はよし、と気合を入れて。


 ──それで、リクロスってなにをすればいいの?

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