メガネの初恋
沙月Q
ある日どこかの洋品店で
メガネが恋をした。
初恋だった。
相手は向かいのショーケースに飾られた銀の腕時計。
輝く盤面上で正確に時を刻む、頼もしいその姿……
なんて素敵……
時計ってメガネとは比べ物にならないくらい、複雑で高度だし。
私みたいな婦人用の華奢な製品とは大違い。
でも、出来たらお近づきになりたい……
そんなことを思っていたある日、店に訪れた夫婦が腕時計を見つくろいはじめた。
夫婦はメガネの愛する時計の入ったショーケースの前で足を止めた。
メガネは祈った。
どうか、あの人が買われていったりしませんように……
しかし、夫人はあの時計を指差した。
どうやら気に入ってしまったようだ。
ああ、やっぱりお客さんにとってもあの人は魅力的なのだわ……
これでお別れなのかしら……辛い……
そこで思わぬアクシデントが起きた。
店主がショーケースから時計を取り出し、夫人に手渡したその時……
夫人はうっかり時計を床に落としてしまったのだ。
「!」
腕時計のガラスカバーが割れ、夫婦客は弁償した上で別の時計を買って行った。
メガネは腕時計が心配で仕方なかった。
すると店主がメガネを取り出し、分解しはじめた。
え? どうなっちゃうの? 私……
店主はメガネのレンズを加工し、割れた腕時計のガラスカバーの代わりに取り付けて修理した。
なんてこと!
こんな形であの人と一緒になるなんて!
レンズだけになったメガネは、はじめて時計と話をした。
「あの……私、元メガネのレンズですけど、ずっとあなたのことが好きでした……」
「え? そうなの? 私、婦人用の時計なんだけど……」
「え!? ……でも私の気持ちは変わりません!」
「そう? ま、いいか。時計にもメガネにも男女は関係ないわよね」
「❤︎」
店主は修理済み再生品となった時計を格安で売りに出した。
やがて、一人の少年がそれを買っていった。
少年は初恋の相手であった女性にプレゼントし、それをきっかけに二人は結ばれた。
こうして初恋が二つばかり成就したのだった。
完
メガネの初恋 沙月Q @Satsuki_Q
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