第12話 カレーとチキン


 いつの頃からか、私はカレーというモノに魅了されていた。

 ピリッと来る辛さの物や、ガツンと来る物もあり。

 作り方や配合によってもガラリと味を変えるソレ。

 私は元々、薬学を専門としている。

 だからこそこう言った細かい作業に興味と関心が湧いたのを、昨日の事の様に思い出せる。

 カレーとは、スパイスとは。

 本当に微調整が難しい、薬品調合の様な芸術的な料理だ。

 つまり誰にでも、どんな舌にでも合わせる事が出来る。

 数多くのカレーを食べ、数々の店を網羅した私は、いつの間にやら一皿くらいペロリと食べられる程になってしまった。

 いや、違うな。

 誰かが言っていた、カレーは飲み物だと。

 そう、その通りだ。

 もはや私はライスがあろうと、ナンがあろうと。

 一皿を飲み込む様に食べられる程に進化していた。

 全ては、この料理の素晴らしさを広める為。

 意外とこの料理、拘り過ぎる店が多い影響なのか……一般的な庶民の感覚とすれば、少々値段が張る事も少々。

 なので敬遠される事はあるが、頼むから食べてくれ。

 一度食べれば美味しさに気付く者の方が多いだろう。

 調合次第で何処までも味が変えられる上に、種類の多さにきっと驚く事だろう。

 だから、この感動を伝える為に私は部下と共にこの大会に参加するのだ。


「フフフ、腕を上げたな店主……コレなら子供でも食べやすい、甘い果物を混ぜている様だ」


「こっちのカレーパンも良いですよ! 手軽で旨い! しかもバクバク食べられます!」


 部下と共に何皿も、そして多くの種類を、更には数多くの店の料理を頼み続けていれば。

 一か所、会場の端の席から気になる声が上がって来た。


「カレーって食べ物、前にリオナが言っていたヤツですよね? ちょっと食べてみたいです……」


「辛い食べ物だけど、平気? それから、お腹の方は?」


 少年がカレーに興味を持ってくれた、それはとても良い事だ。

 さぁ食べろ、むしろ今すぐ席に近付いてお勧めのカレーを紹介してやりたい。

 と、いつもなら思う所だが。

 問題は、隣に座る女性の方。

 異常だ。

 最初は気取った食事を頼んでいたので、てっきりお遊びでこのイベントに参加したのかと思っていたが……食べる速度が、とんでもない事になっているのだ。

 だが食べ方は綺麗だ、普通の人間の倍くらい速く動いているが。

 隣の少年が一つの品を食べている間にいくつも料理を頼み、彼が食べきるまでには完食しているという徹底っぷり。

 見事だ、という他あるまい。

 今回は随分な強敵が現れたのか……などと思っていれば、次に頼んだのはあのフライドチキン。

 しかも筋肉兄弟がやけに推しているアレだ。

 こればかりは綺麗に食べる事は不可能だろうと思っていたが、どうしたものか。

 男の子の方が、料理に対するコメントとして教科書でも読み上げているのではないかと言う言葉を残すではないか。

 結果、店側からは加点の札が上がっていく。

 その間、女性の方は物凄い勢いで食べていると言うのに。

 彼が「美味しい」と呟き、キラキラした顔を上げる度に母親の様な笑みを浮かべて彼の口を拭っている。

 実況者が何度も繰り返し言っているが、この大会の趣旨は料理の偉大さをアピールする事。

 この街の食事処へ客足を向けさせるために、とにかく美味しそうに食べる事が一番のポイント。

 それに最も適している上に、ルールに乗っ取って大量に食べ物を平らげる化け物が現れたのだ。

 そんな二人が、今度はカレーを食そうと言っている。


「結構お腹いっぱいになって来ましたけど……でも、食べてみたいです。以前リオナに教えてもらった時から気になっていたので。各地で名前が違うんですよね? 確か、カリルとかサーグって」


「おぉ、よく覚えていたね。偉い偉い、それじゃ頼んでみようか。残しても私が食べるから、気にせず好きな物を選んで良いよ?」


 この会話が聞こえて来た瞬間、拍手を送りたくなった。

 なるほどなるほど、あの女性は子供に対して素晴らしい教育をしている様だ。

 確かにカレーと一口に言っても、呼び方や種類は数多くある。

 更に場所によっても、呼び方も作り方も様々。

 それらに関心を持たせ、子供が自主的にカレーを食べたいと言い出す状況を作り出してみせた。

 素晴らしい、化け物だなんて表現した事を恥じる程に。

 彼女は、素晴らしい母親だ。


「わぁ……結構辛いんですね」


 しかし子供には少々辛さが強かったのか、彼は慌てて水を口に含んでいる。

 あぁ、口を出したい声を掛けたい。

 こっちの店の甘口なら、絶対子供でも美味しく食べられるから。

 是非そっちも食べて欲しい、お願いだからカレーを嫌いにならないでくれ。

 もはや食べる手を止めながら、彼に視線を注ぎこんでいれば。


「でも凄いですね。辛いだけじゃ無くて、後からしっかりと美味しさが伝わってきます。普通にライスと合わせるだけの食べ物なら、こんなに考え込む事ってあまり無いんですけど……どんな物を使っているんでしょうか? 見た目からは全然想像出来ません」


「フフッ、それはまた違う時に説明してあげるよ。もしくは、専門店に行ってみようか」


 辛さに汗をかきながらも、彼は清々しい笑顔でカレーを語ってみせた。

 辛い辛いと言いながらもスプーンを放す事無く、次々と口に運ぶではないか。

 そう、それで良い。

 素晴らしい、それでこそカレーの食べ方だ。

 ヒーヒー言いながらも、病み付きになる旨味と奥深さ。

 コレにあの歳で気が付けるとは……あの母親の教育なのだろうか?

 真っ黒いローブに、深くフードを被っている為容姿は分からないが。

 それでもきっと素晴らしい母親だという事には変わりないのだろう。

 なんたってその息子は、アレだけ食に対して真っすぐに、そして真摯に向き合う子供に育っているのだから。


「あまりにも辛い様なら、少し何かを足してみようか」


 急に、女が変な事を言い出した。

 おい、何を言っている。

 カレーはこのままで完成系だ、何かを足すならもう少しそのまま食べてからにしてくれ。

 色々とトッピングを乗せる店は多くなって来たが、私から言うと邪道。

 確かに普段食べ慣れている物を乗せ、口に運びやすくするというメリットは認めよう。

 しかしながら、私は彼に本来のカレーの美味しさを知って欲しいのだ。

 思わず身を乗り出して、二人の様子を見守っていれば。


「あっ……凄い! さっき頼んだフライドチキンと、物凄く合いますよ! いやでも、こうなってくるともう少し辛い物の方が良いのかも? 他の物と一緒に食べるなら、そっちにも意識が行っちゃうので。チキンを主体で考えるならまた意見が変わって来るんでしょうけど」


「食べ合わせを探すのが上手いね、アーシャ。ならもう一皿頼んでみようか」


「でも……」


「大丈夫、残しても全部私が食べるよ?」


 その後届いたカレーを今度はライス無しで食べるらしく、フライドチキンに直接ちょいちょいっと付けてから男の子が口に運んでみれば。


「うん、美味しいです! カレーに合わせるか、チキンに合わせるかでやっぱり全然変わってきますね」


「なら良かった、いっぱいお食べ?」


 非常に、緩やかな光景が広がってしまった。

 それに対し審査員席の連中は加点の札を上げ、更には。


「あ、あの……俺もアレ、良いですかね……」


「クッ、クソッ……まさか、こんな事態になろうとは……すまない! こちらにもあのテーブルと同じ物を!」


「俺達もだ! カレーをくれ!」


 同じタイミングで声を上げたのは、ここ最近で二位三位争いを繰り返している冒険者兄弟。

 普段だったらチキンばかり、しかも荒っぽく喰っていた連中だったのに。

 本日は少々趣が違う様だ。


「フンッ、勝負を捨てたか? 筋肉兄弟」


「ハンッ! カレー野郎には負けねぇよ! だが今は……」


 近くの席だった為、お互いに恨み言を言い合ってから。


「「今はカレーとチキンだ!」」


 二席揃って、同じ物を食べ始めてしまうのであった。

 あの少年が、あまりにも美味しそうに食べているので。

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