第13話 決着?


「ふぅぅ……すみません、リオナ。もう食べられません」


「自分の頼んだ分は全部食べたじゃないか、偉いね。フフッ、お腹が膨らんでいるよ? 後はゆっくり休みな?」


 彼女はクスクスと笑いながら、その後も食事を続けていく。

 何と言うかもう、圧巻と言う他無い。

 俺が頑張って食べたステーキを頼めば、同じナイフを使っているとは思えない程スイスイと切断しそのままパクパクと口に運んでいく。

 チキンだってそうだ。

 露店でも売られているらしく、上品に食べる代物ではない様だが。

 それでも彼女はパクッと食べてから、綺麗に肉だけを削ぎ取っていく。

 傍から見ていて、随分と美しく食べる印象を受けるのだ。

 でもその速度は、いつもより些か……というより物凄く速かったが。

 カレーのおかわりを頼んだ時なんて、隣を見てびっくりした。

 リオナが使っているスプーン、普通の物よりデカい。

 一瞬見間違えかと思って、二度も三度も振り返ってしまった程だ。

 と言う事で、彼女はペースを一切落とさず料理を口に運んでいた。

 あの細い体の何処に入っているのかと聞きたくなるが、そこはドラゴン胃袋に収まっているのだろう。

 周囲の参加者達は、そろそろ苦しそうな顔を浮かべているというのに。

 彼女だけは、一切表情も速度も変えずに料理を口に運んでいた。


「あぁそうだ、アーシャ。デザートの一口くらいなら食べられる?」


「まぁ、そのくらいなら」


「では、そう言う物も頼もうか」


 余裕の表情を浮かべなら、彼女が手を上げれば。

 すぐさまこのテーブルの担当になっているらしい給仕が駆け付けて来た。

 そして。


「デラックスミックスジャンボパフェ、期間限定の特盛仕様でお願いします。三つほど」


「畏まりました、少々お待ちください」


 何か凄い名前が飛び出したぞ。

 しかも三つって。

 いや確かに、俺が食べている内に彼女はいくつも注文して得点を稼いでいた訳だが。

 それでも改めて注文を聞いてしまうと、思わずギョッとしてしまうというモノだ。

 デラックス……なんだって?

 もはや名前からして糖分のお化けの様にしか感じないのだが。

 ハハハッと乾いた笑い声を洩らしていれば。

 俺達の前に登場した代物に、その笑い声さえ消し飛んだ。

 デカい、とにかくデカいのだ。

 その一つでさえ、三人か四人……いやもっとか?

 そんな人数が揃わないと食べきれなそうな見た目のソレが、三つも並んでいた。

 違うって、普通のパフェといえばもっとスリムだ。

 間違っても小さい魚が優雅に泳ぎまわれそうな硝子の器に、甘味を叩き込むモノでは無かった筈だ。

 とはいえ。


「き、綺麗ですね……些か大きすぎるとは思いますけど。でも果物が凄くバランス良く詰められています。硝子の器では無ければ、ここまで気にする必要も無いでしょうに。凄い、拘りを感じますね」


 透明なガラスの向こうには、もはや芸術とも言える程美しく並んだ果物達が。

 しかもスポンジケーキや、ナッツなんかも組み合わさり。

 より一層見て美しい作品と化していた。


「ホラ、アーシャ。あーん」


「あ、はいっ! 見とれてしまって忘れてました、いただきます!」


 差し出されたスプーンを口でお迎えしてみれば。

 何と言う事だろう。


「凄いです……高級菓子と言えば、甘すぎる程に砂糖が物凄く使われている。そんなイメージを覆すかのようです。甘さ控えめなクリームに、蕩ける様な氷菓子。散りばめられたナッツも良いです! これは絶対夢中になりますって!」


「まだ食べられそうなら、お一つどうぞ? 途中で挫折してもお残しをしない相方も居るので」


「す、すみません。いただきます」


 と言う事で、リオナのお言葉に甘える事にした。

 それくらいに、美味しかったのだ。

 街中で食べた氷菓子も美味しかったが、これはまた別格。

 本当に口に入れた瞬間蕩ける様に濃厚な味わいを広げ、上に乗っているクリームは他の甘さを考えられているのか。

 口に放り込んでも甘ったるいという感想は残らない。

 しかもこの柔らかさは何だ?

 詩的な表現をするなら、本当に空に浮かぶ雲を食べているかの様。

 だからこそ、他の物と合わせてパクパク食べても飽きが来ない。

 さっきまでお腹いっぱいだと思っていたのに、コレならいくらでも入ってしまいそうだ。


「ホラ、アーシャ。美味しいのは分かるけど、口周りが凄い事になっているわよ?」


「す、すみませんリオナ。でもコレすっごく美味しいです! こっちの氷菓子食べました? 色が変わっているから何かと思ったんですけど、果物の味がします! しかも色取りどりのクリームも、ソレに合わせて作られているみたいですよ!? 凄いです! どうやったらこんなの作れるんでしょうか!?」


 もはや興奮した気持ちは収まらず、必死に感想を述べてしまえば。

 彼女はクスクスと笑いながらも、此方の口元を拭ってくれた。

 そしてリオナの前には、空になった硝子の器が二つほど。

 おぉっと……相変わらず、速い事で。

 などと思っている内に、会場内は騒がしくなり。


『さぁさぁ残り時間もあと僅か! 皆様選手たちに応援をお願いします! 果たして誰がチャンピオンに輝くのか! いったいどれほどの人数が最後まで食べられるのか!』


 司会が、そんな声を上げているではないか。

 あ、ヤバイ。

 完全に試合の事を忘れて美味しい食事を堪能していた。


「リ、リオナ! 不味いです! このままじゃ負けちゃいます!」


「ん? そうかな? 私も結構食べてるんだけど」


「だって見て下さい! 他のテーブルでは山盛りの鶏の骨が乗っかっていたり、カレーの人はテーブルの上にいっぱいお皿が積み上がってるじゃないですか! 俺達のテーブル、なんでこんなに綺麗なんですか!?」


「まぁ、片付けて貰ってるし」


 いやうん、そっか。

 片付けて貰わないと、ここまで綺麗にならないよね。

 だって今まで食べたご飯のお皿、一枚も残って無いし。

 そんでもって、今しがたリオナが食べ終えたパフェの器もすぐさま回収されていったし。


「でも、でも……このままじゃ」


「まぁ、その時はその時だよ。食後のお茶でも頼もうか、アーシャは何が良い? 甘い物ばかりでは無くて、何か飲んでスッキリしよう」


 なんて事を言いながら給仕を呼びつけ、のんびりと紅茶を注文しているではないか。

 どうしよう、今目の前にあるパフェだって時間内に食べきらなければ得点にならないのだ。

 そうなって来ると、優雅にお茶を楽しんでいる暇など――


「アーシャ、こういうイベントではあるけど。ご飯は楽しむモノだよ? そのパフェに合う飲み物を選ぶと良い」


 ニコッと微笑むリオナが、此方にメニュー表を差し出して来た。

 それで良いのかと、未だに思う気持ちはあるが。

 でも彼女がこう言っているのだ、だったら。


「お勧めの珈琲を、お願いしても良いですか? 昔実家で茶葉を作っていたんですけど、お恥ずかしい事に……反発して珈琲を飲み始めたらハマってしまって」


 なんて台詞を、給仕の男性に呟いてみれば。

 彼はとても緩い微笑みを溢してから、一つ頷いて去って行く。

 その間も頑張って大きなパフェを減らしていれば。


「お待たせいたしました。例の如く時間的な余裕がない為、説明は割愛とさせていただきます。どうぞ、お召し上がり下さい」


 給仕係が相変わらず凄い速度で戻って来てみれば、ペコッとお辞儀をしてからリオナの紅茶を淹れていく。

 それはもう凄い所の執事かって程綺麗な姿勢で。

 しかもそれだけじゃない、この紅茶滅茶苦茶良い品だ。

 香りだけで分かる、実家でも色々作っていたので分かる。

 物凄く香りが広がり、でも嫌味には感じない様な匂いが広がっていく。

 フワッと鼻をくすぐるそれは、通りすがるだけでも飲んでみたいと思わせる程の特徴的な匂い。


「そして、アーシャ様……で、よろしかったですか? 貴方にはこちらを、是非御賞味下さいませ」


 此方の眼前に置かれたのは、変哲もないコーヒーカップ。

 だと言うのに……なんだ、コレは。


「え? えっと……」


「どうしたんだい? アーシャ」


「俺が今まで飲んでいた珈琲とは、全然違うというか。こんな濃厚な香り、初めて嗅ぎました」


 凄い、凄いぞコレ。

 香りだけでも、思わず安堵のため息を溢してしまいそう。

 珈琲って、作り方や淹れ方でここまで変わるのかと思ってしまう程嗅覚を擽って来る。

 もっと言うなら、香りだけでも分かる。

 この珈琲は、“深い”。


「お砂糖やミルクなどは?」


「そのまま、コレを味わいたいです」


「畏まりました。では、ごゆるりと」


 ニッと少しだけ口元を吊り上げた給仕は数歩下がり、ゴクリと唾を飲み込んでからその珈琲を口にした。

 その瞬間、俺の中の常識が変わった気がする。

 あぁ、なるほど。

 珈琲って、こんなにも美味しいモノだったのかと。

 昔は紅茶を作っている親に反発して、苦いのを我慢しながら喉の奥へと押し込んでいた。

 慣れてくれば、少しだけ味が分かる様になって来た。

 豆の種類や、作り方。

 淹れ方によってコレは化ける。

 ソレは分かっていたのに、これ程までに美味しい珈琲に出会った事は無かった。

 口の中にじんわりと広がる落ち着いた味、舌先に残る微かな苦み。

 飲みやすいとも表現出来るが、しっかりと個性を主張してくる味わいと香り。

 飲み込んでみれば、ホッと温かい息を吐き出してしまう。

 そして吐き出す息にさえも、かの珈琲の残り香を感じられるのだ。

 その香りですら、余韻を楽しむ事が出来る。


「凄く……美味しいです。砂糖やミルクを入れても味が化けるんでしょうけど、一杯目はそのままでゆっくり飲みたいって思っちゃいます」


「それは何よりです、アーシャ様。こちらは旦那様……私が仕えている主人が是非飲んで頂きたいと声を上げた物でして――」


『残り時間! 六十秒!』


 給仕の男性が説明を始めてくれた瞬間、司会役の男が大声を上げた。

 や、やばい! また試合の事忘れてた!

 というかパフェ! パフェ食べ終わってない!

 このままじゃ得点にならない上、せっかく作って貰ったのに残してしまう事に――


「ふぅ、この紅茶も良いものだね。甘い物を食べた後も、しっかりと気持ちを整えてくれる上に、すっきりする様だよ」


「ご満足頂けたのなら、此方としても嬉しい限りです」


 いつの間に残ったパフェを食べ終わり、優雅に紅茶を楽しんでいるリオナの姿が。

 そして彼女に対し、おかわりの紅茶を注いでいる給仕役。

 わぁお、凄い。

 リオナも凄いけど、給仕の人もただ者では無いよね。

 なんたって食べる事大好きな竜人の舌を満足させている上に、そのサポートまで完璧なのだ。

 絶対お高い店の従業員か、とんでもなく位の高い家の執事の人だ。

 などと思いながら、二人の事を呆けつつ見つめていれば。


「アーシャ様、おかわりは如何ですか?」


「え、あ! いただきます!」


 彼から声を掛けられ、慌てて珈琲の残りを飲み込んだ。

 だってこの一杯ですら、試合の結果に繋がるのだ。

 この珈琲一杯がいくらになるのかは分からないが、飲み干していないと加点はされない。

 と言う事で、ちょっと行儀は悪いけど一気に飲み干し、彼に向かってカップを差し出しておかわりを頂いた結果。


「はぁぁぁ……美味しい。飲み過ぎは良くないとか、寝る前に飲むなとは言われましたけど。コレを飲んだ後だったら、凄く落ち着いて眠れそうです。それくらい、気持ちが休まります」


 やっぱり、美味しい。

 思わずふへぇっと情けない声を洩らしつつ、残り香を堪能していると。


「本当に、お見事です。アーシャ様。是非試合が終わった後は、主人の屋敷に――」


『試合、終了ぉぉぉ!』


 これまた給仕の人の声を遮る様にして、司会の男性が声を張り上げた。

 はてさて、結果はどうなる事やら。

 とはいえウチのテーブルには……俺と言うハンデが居るのだ。

 改めて周りの人達を見て見れば、やはりどちらもいっぱい食べそうな二人組で参加している。

 こればかりは、結構高い参加費を払っただけで終わりになってしまうかな……?

 何てことを思いつつ、思わずため息を溢しそうになってしまったが。


『まずは上位に入った五つのテーブルから、いっぺんにご紹介いたしましょう……今回の食いしん坊はぁぁぁぁ、コイツ等だぁ!』


 どうやら給仕役には既に結果が伝えられていたらしく、それぞれのテーブルに付いた給仕が選手達を立ちあがらせた。

 チキンの人、カレーの人、そして色んな物を食べていた太っちょの人。

 更には。


「食後のティータイムに失礼致します。お二方、お立ち頂いて皆様に手を振って頂けますか?」


 俺達に付いていた給仕の人が、そんな事を言って来たではないか。

 え? えっと? つまり?


「ホラ、アーシャ。私達も上位に入賞だ。観客の期待に答えてあげよう、珈琲のおかわりは行事が終わった後だよ」


 笑うリオナに手を引かれ、俺達も立ち上がってみれば。

 観客からは、盛大な歓声が聞こえて来た。

 嘘、本当に?

 だって俺、周りに比べれば全然食べてないし、リオナだって他に比べればそこまで山ほど食べたって程じゃ……。


「加点が多かったのですよ、アーシャ様。得点を稼ぐリオナ様と、多くの加点を稼ぐアーシャ様。それはもう、美味しそうに食べていらっしゃいましたから」


 給仕の人はパチッと綺麗なウインクをかましながら、此方に向かって頭を下げた。

 何か良く分かんないけど、賞金が貰える位置には辿り着けたらしい。

 ならば、とりあえず目的達成だとばかりに喜ぶべきだったのだろうが。


「五組入賞者が居るんですよね、チキンの人達とカレーの人達。あとは――」


「アーシャ、見ないで」


 もう二組、居る筈なのだ。

 だからこそ、どんな人が入賞したのかと探して視線を向けようとしたのだが。

 急にリオナから、ガシッと顔を抑えられてしまった。


「リ、リオナ?」


「この平和な時代にも、“異物”という存在は居る。多分今回の優勝者だけど、絶対に視線を合わせないで。恐らく……何かしら勘付かれるよ」


 非常に晴れやかな舞台だと言うのに、とても怖いお言葉を頂いてしまうのであった。

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