第18話 アーシャ、王子様になる
「うん、それなりに旨いな。しかしこの値段は流石にいただけない、しかもメニュー表の金額も非常に見辛い。もしも子供が注文して、食べてしまってから値段に気付いた場合、お前達はこの金額を、こんなやり方で子供達に請求するのか? 店先の看板も、どう見ても一般の家庭を呼び込もうとしているにも関わらず」
「手軽に食べられそうな見た目、量。だからこそ警戒することなく注文してしまう子供だっているだろう。気が付かなかった方が悪いと言うのか? 確かにそれもあるかもしれないな、高級店なら此方がお門違いの事を言っているのも分かる。しかしココは違うだろう? 普通の店で、更にお得ランチがどうとか言っておいて他所の店の二~三倍の値段だ。何を考えている?」
次のお店にて、チキンの二人が店員に絡んでいた。
手に持っているのは、凄くお手軽サイズのハンバーガーとポテト。
彼等なら一口で食べ終わってしまいそうな代物だったが、此方もまた。
「随分な御値段だね。いやはや、分かっていた上で注文しておいてなんだけど」
「そして味も量もこんなもの。これでは筋肉兄弟が怒るのも分かるだろう? アイツ等はとにかく子供好きだからな。確かに二人が言う様な事態になれば、幼子にとってはトラウマものだろう。この程度のモノを食って、小遣いでは足りない状態に陥ってしまうのだから。それこそ“そういう店”という認識があれば良いが、店先の看板ではそんな雰囲気は一切無いと来た」
鶏肉兄弟が店員に詰め寄っている間、私達はテラスでゆっくりと食事を摂っていた。
食事……食事、かなぁ?
ほとんどオツマミに近い。
量も少ないし、サイズだって他の店に比べて大きい訳じゃない。
コレでブランド名が付くほどの超高級食材を使った料理だったのなら、まだ値段にも納得なのだが。
生憎とそんな事はなく、味も“普通に”美味しい程度。
しかしながら金額的には、チキン好き二人が愛用している店の倍以上するのだ。
一応レストランではあるが、軽食を主としているのにも関わらず。
あえて評価点を上げろというのなら、料理の種類は多い事。
先程も言った通り軽食がメインだが、洒落たカフェの様なデザートメニューも豊富な様だ。
そして店自体の雰囲気は良い、やはり内装は随分と手が込んでいる。
「こんな事ばかり続けていたら、すぐに店が潰れてしまいそうなものだけど。昔からこれ程値段が高かったのかい?」
「いいや、去年……ではないか、もう少し前だな。その頃から、ガツガツと金額を上げていく様になった。我々の業界では、何をトチ狂ったのかと話題に上がったモノだよ」
カレーの人はつまらなそうに呟いてから、残ったポテトを口に放り込んだ。
アーシャに関してはもはやコメントを諦めたのか、静かにモソモソとハンバーガーとポテトを口に運んでいるではないか。
度々メニュー表の値段をチラ見しながら。
「確かに異常な程お金に執着しているね。いやまぁ人間はお金に執着するものだから、おかしくはないんだけど」
ハッハッハと笑いながら呟いてみれば、カレーの人がギロッと鋭い視線を向けて来る。
「確かに言葉としては正しい、だが金の亡者と金の使い方を分かっている人間を一緒にしてくれるな。全ての市場は“需要と供給”。我々の様な人間は求められる物を作り、ソレを可能な限り希望に沿って提供し利益を上げる。一方消費者側は希望を口にし、それに見合った物を提供された時、満足感を覚えながら金銭を支払う。コレが両者とも幸せになれる環境であり、片方が偉いと勘違いしては生きて行けぬ現状だ」
おぉっとコレはまた、カレーの人は随分と綺麗な“供給側”であるらしい。
こういう人ばかりが上に立てば、いざこざは少なくて済むんだろうけどね。
「しかしブランド力と言うモノも存在する。この店で販売するからこそ、他の店よりも割高。だがソレを理解しながらも、客はソレを求めるという形だって当然存在する訳だ」
「確かに、この系列の内装は何処も美しい。だからこそ、デートスポットにはよく使われていた。ちょっとした記念日なんかには、積極的に店側からサービスがあった程だ。だからこそ、ここまで生き残って来た。ある意味ソコこそがブランドだったのだ。だが……今は、なぁ?」
「ふむ、行き過ぎた金額。綺麗なのは建物ばかりって所か……このままでは間違いなく廃れるね」
「この姿勢を崩さないのであれば、それも止む無し。むしろ先程の店の様なぼったくりをする様なら、さっさと潰れてしまえとも思うが……この街において、この家が管理する店は結構人気だったのだ。だからこそ、惜しいと感じている人間も多い」
カレーの人は、大きな溜息を溢しながら飲み物を口にした。
それすら、随分とお高い酒の一杯分みたいなお値段だが。
ふぅとため息を溢しつつ、此方も残りの食事を口に放り込んでみれば。
「リオナ、俺はあまり商売には詳しくありませんが……こういうお店は、結構あるものなんですか? 見た目だけなら、それこそ客足が途絶える事など無さそうなお店なのに」
不安そうにしているアーシャがそんな事を呟いた瞬間、カレーの人は視線を逸らしてしまったが。
まぁ、こういう事を教えるのも私の役目だろう。
「そうだね、残念な事に結構存在する。大体は何かしら特出した物でもない限り、数年もしないで店仕舞になってしまうけど。簡単に言うと経営方針の変更や、支配人がすげ変わった事により発生する事も少なくない。でも今は“これまでのお客さん”によって、なんとか支えられている状況じゃないかな。アーシャだって、この値段だったら他の店を選ぶだろう?」
「確かに、個人的な意見で言えば他の店の方が安く済んで助かりますけど……でも、なんというか。勿体ないなぁって……」
経営と言う意味ではなく、建物やお客の入り具合で言葉を紡いでいるのだろう。
実際彼の瞳は、少ないながらも来店しているお客さんに向いている。
デートとして立ち寄った者、孫を連れた老人等など。
誰しもが、静かな店内で会話を楽しみ。
そして子供達は店の内装にキラキラした瞳を向けているのだから。
「ここ数年で、一気に金が必要になる何か。そういった内容は発生したかい? それこそ領地が戦に巻き込まれて焼け野原になったとか、何かしら材料の価格が急に変動したとか。もしかしたらソレを取り戻す為に、慌てて価格を変更している可能性もある」
カレーの人に尋ねてみれば、彼は溜息混じりに首を横に振ってから。
「そう言う事情があれば、我々も手を貸せたのだがな。何も無いんだ、不思議だろう? 何も無いのに、この系列の店を管理する家は……ここまでの暴挙に出ている。本当に分からないんだ。いくら聞いても、まるで何かに攻め立てられる様に事を急ぐばかりで。我々の話を聞こうとしない」
「あぁ、なるほど。ちなみに、ここ数年で不審な死を遂げる者達は居なかったかい?」
カレーの人は、どうやら結構な立場に立っているらしく。
そう言った面々とも会合できる身分に立っているらしい。
だからこそ、ここぞとばかりに聞き出そうとしてみると。
彼は、これまた非常に大きな溜息を溢してから。
「居たよ、二人だけな。この系列の店舗を管理する家系、その当主……」
ほぉ、これはまた。
分かりやすく事態が動いた――
「が、亡くなってからだ。長男が事業を引き継ぎ、これまた夢物語の様な事を始めようとした矢先だった。長男は室内で干からびた状態で見つかったよ。結局次男の方が事業を受け継ぐ事になり、しばらくは普段通りの経営で数字を残して来た。それでも十分すぎる金の動きだっただろうに、急にこんな風になってしまったんだ」
ほう? なにやら複雑というか、面倒くさい後付けが出て来たね。
売上の伸びしろに困り、悪魔という古臭いモノを頼った。
それだけだったら、分かりやすかったのに。
子孫まで関わって来る上に、二人以上の関係者が出て来るとなると……少々きな臭い。
簡単に言えば、本当に悪魔だった場合契約主が分からないのだ。
そこに繋がらないと、穏便に事が済ませられない可能性が高い。
アレ等魔界の生き物は、平然と人を騙し搾取しようとして来るのだから。
「すまないが、その本家に案内は頼めるだろうか?」
「ん? あぁ別に構わないが、アイツ等だって忙しい身の上だ。いきなり行って会って貰えるとも限らないぞ?」
「それでも、だよ。断られたなら、予約を入れて暇な時に伺えば良いさ」
なんて事を話し合っている間に、どうやらトラブルが起きた御様子で。
何やら騒がしい声が聞えて来た。
声が聞こえて来る先は、支払をする為のカウンター。
そこには、老婆と一緒に幼い女の子が立っていた。
そして。
「そんな……先月はこの金額で食べられたじゃないですか。これでも頑張って、孫の誕生日だからって……」
「すみませんお客様、オーナーの指示で……先程の料理は、値上がりしております。本当に、申し訳ありません……」
どうやら持ち金が足りないらしい。
先程までは、店内で孫娘を楽しませていた様子を覚えている。
確かにこれ程までに綺麗で、拘った店内なのだ。
幼い子供からすれば、とても幻想的なお店に見えた事だろう。
それこそ、今日だけは自分がお姫様になったかのような。
でも、金額の問題など起きれば夢は冷めてしまう。
話からして、彼女の誕生日だと言うのだ。
なのに、こんなトラブルが起きてしまえば……それは良い思い出にはならない事だろう。
もっと言うのなら店員でさえ困惑する程、店の料理の価格が上がってしまっているという現状。
これはまた、普通では無いね。
むしろこの状態でよく客が入るなと感心してしまうが。
とはいえ、今は。
「どうやら特別な日だと言うのに、金銭トラブルの様だ。アーシャ、思い切り王子様になっておいで。この前読んだ本の、キザな王子様を演じてごらん」
「ウッ……了解です、リオナ」
彼に大金貨を渡し、クスッと微笑んでみれば。
本人も意味を理解したらしく、ため息を溢しつつも諦めた様な顔をして立ち上がった。
ちょっと苦笑いというか、困った様な顔にも見えてしまったが。
「カレーの人、付き合ってくれ。それからそっちの筋肉、そろそろ戻っておいで。“合わせてくれ”」
「お前さん達、意外とノリが良いな?」
クックックと笑うカレーの人と、声に従って戻って来たチキンの二人。
そしてアーシャを先頭に、我々全員で支払のカウンターへと赴いてから。
「あぁコレは失礼、レディの誕生日だというのに不手際をお許しください。おっと、誕生日のケーキを渡す様に頼んでいた筈ですが……重ね重ね、失礼を。君、彼女の為のケーキを大至急用意してくれ。代金はコレで」
やけに演技がかった口調でアーシャが言葉を紡ぎ、カウンターに大金貨を一枚差し出した。
店員はギョッとした様な眼差しを向けて来たが、アーシャは一つウインクを返してから。
「申し訳ない、此方の不敵際だ。君の御婆様とは昔ながらの縁でね、静かに綺麗な店で食事をしたいからと言われていたのだが……邪魔をしてしまった、許してくれ。お土産に君のバースデーケーキも準備しているから、どうかお家に帰ってから家族皆で楽しんでおくれ」
もの凄く頑張って演技しているアーシャに、思わず微笑み溢してしまいそうになるが。
今だけは我慢して、私達は膝を着いた。
「アーシャ様。あまり大きく動かれてしまうと」
「あぁすまないリオナ。護衛の二人もご苦労」
「「ハハッ!」」
筋肉二人も空気を読んだのか、元気の良い返事と共に膝を着く。
そして。
「アーシャ様、我々はあくまでお忍び。あまり身分をひけらかす様な真似は良くありませんぞ?」
完璧だ。
カレーの人が執事みたいな役を演じてくれて、その間に店員がケーキを箱詰めした状態で持って来てくれた。
ソレを渡され、ポカンとした表情を浮かべる彼女と老婆に対して。
「いいかい、これは内緒だよ? 君の御婆様が、実は物凄い人だなんて知られたら困っちゃうんだ。だから、僕と君だけの秘密だ。いいね?」
クスッと笑うアーシャが女の子に対して、唇の前に指を立てシーっと表現してみせた。
文字が読めるのか確かめる為に、幾つかの物語を読ませたが。
まさかこんな台詞まで言ってみせるとは。
アーシャは意外と女泣かせの男になるのかもしれない。
それだけは避けなければ。
などと思っている内に、女の子はボッと顔を真っ赤に染め。
祖母の方は困惑しながら此方に視線を向けて来たが。
チラッと入口に目配せしてから微笑んでみれば、彼女は深々とお辞儀をしてから孫を連れて退店していった。
ちょっと大げさにやり過ぎたかな、とは思うが。
まぁ幼子の誕生日なのだ。
祖母の持ち金が足りなかったという印象を残すより、ずっと良いだろう。
夢を見る少女には、今後も夢を見たままで居て頂こう。
「お疲れ、アーシャ」
「ぶはぁぁぁぁ……急に勘弁して下さいよリオナ。変じゃ無かったですか?」
「うん、恰好良い王子様してたよ?」
「うへぇ……恥ずかしさと緊張で吐きそうです……」
私の無茶ぶりに答えてくれたアーシャは、疲れた様子で此方に寄りかかって来るのであった。
うんうん。
アーシャは王子様するよりも、まだまだ子供していた方が可愛いよ。
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