第17話 筋肉


「依頼、とはまた……それなら確かに、私が口を挟む事ではなさそうだ」


「とはいえ食事は御一緒すると」


「それはもちろん。貴女方とはカレーを食べに行くとお約束しましたから、こんな店でこの街を嫌いになってしまってはと思うと、ねぇ?」


 ねぇ? じゃないが。

 お店に対して随分な言い様だが、カレーの人は私達に同行し店に踏み入った。

 とは言えこの街の人間という意味合いと、情報収集としてはありがたいかと思い、共に食事をする事になったのだが。

 ふぅん……話には聞いていたが、確かに洒落た店である事には間違いなさそうだ。


「お待たせいたしました。どうぞ、メニューをご覧ください」


 姿勢の良い店員がメニューを差し出して、皆それぞれが開いてみた瞬間。

 カレーの人はキッと眉毛を吊り上げた。


「ほぉ……この店は、前から大して味すら変わっていないというのに。また値上げをしたのか? 前から周囲の店に比べて高い料金を請求しているとは思っていたが、ついに値段まで表記しなくなったか。これで最高の料理が出て来ると言うのなら、いくらでも出そう。しかし以前同様大して旨くもない料理に大金を払えと言うのなら……いい加減出る所を出ても良いのだぞ? これではぼったくりも良い所ではないか」


「ヒッ!」


 おやこの人、ただのカレー好きおじさんではない様だ。

 僅かながら魔力を感じる。

 今は覇気に乗せて魔力を使っているのか、店員は随分と怯えた様子を見せているではないか。

 現存する魔術師、とまではいかないのかもしれないが。

 魔術には適性が伴う。

 人間という生き物は、特にだ。

 生まれ持った才能さえ無ければ、ほんの僅かな魔法さえ行使する事が出来ないんだとか。

 世界に産み落とされた時点で運命が決まってしまうのなら、魔術が衰退するのも無理はない。

 そんな感想を抱いてしまう訳だが。


「カレーの人、私達はご飯を食べに来たんだ。そうトゲトゲしないでくれ」


「だがな……この店の料金設定は、この業界では話題になる程問題視されていて――」


「だとしても、だよ。確かにぼったくりの店があったとすれば、街のイメージは悪くなる。しかしながらそれらは消費する側と生産する側の意見の食い違いとも取れる。より安く、より美味しく。それらは消費者側の意見だ。周りがそうだからと合わせるばかりでは、損をして自滅するのが提供側。事情があれば、値段も変わって来るって事さ。良い意味で捉えればね」


 それだけ言って適当に注文してみれば、カレーの人は大きな溜息と共に一品だけ注文し。

 アーシャは慌てた様子で芋のフライを頼んだ。

 多分良く分からない言葉の羅列ばかりで混乱したのだろう。

 正直、私にも分からない。

 新鮮魚介類を使った、うんたらかんたらソース和え~とか。

 何とか産の牛肉のどうたらこうたら、うんたらかんたら! とか。

 やけに名前が長いのだ。

 そして長すぎるが故に、結局この商品は何なんだと聞きたくなるような名付けがされている。

 せめて最後に料理名を入れろ。

 肉を使った何かの料理なのか、それとも肉その物なのかすら分からない料理が数多くあったぞ。

 カレーの人には偉そうな事を言ってしまったが、ちょっとこの店はダメそうだ。

 雰囲気は良いし、若い男女が恋を語る場としては最適なのかもしれないが。

 食で勝負するという意味でのセンスはあまり感じられない。

 つまり、場を楽しんで金を落とす施設に近いのだろう。

 だとすれば、料理店ですらなくなる訳だが。


「お待たせいたしまた。こちらが――」


 ほどなくして、私達の前に置かれた料理の数々。

 ふむ、見た目は美味しそうだ。

 盛り付けも綺麗だし、雰囲気は出ている。

 アーシャが頼んだポテトに、私が注文したパスタとグラタン。

 カレーの人は、カレー味のピザとやらを頼んだらしい。

 名前はちょっと覚えられないくらいに長かったが、店員はスラスラと言葉にしていた。

 つまり人材が良くないという事でも、教育が行き届いていないという訳でも無さそうだ。

 ひとまず手を合わせ、祈りのポーズを取ってから。


「「いただきます」」


「期待はしない方が良いぞ」


 約一名、先程同様否定的な声を上げていたが。

 とりあえず皆でパクリと一口。

 おぉ! なるほど……これはまた。


「普通だ!」


「だろう?」


「で、でも“普通に”美味しいって感じですけど……」


 アーシャだけはフォローに入ったが、本人も不満では無いが絶賛はしていない御様子。

 まぁ、そんな所だろう。

 むしろフライドポテトで絶賛するっていうのも凄い光景になってしまうが、私の料理を分けてみれば。

 彼は困った様な顔で微笑みながら、静かに咀嚼していた。

 そういう反応になるよね。

 美味しいんだよ、普通に。

 そこらの店で出されれば、特に文句が無い程度には美味しい。

 しかしながら、カレーの人の言う事では……。


「普通だろう? しかしコレで金貨でも請求されてみろ、どう思う?」


 わぁ、そりゃびっくりだ。

 そんなにお金を使ってのご飯なんて、それこそ大食いか高級な食事だからこそ。

 この程度の品であれば、そこらの店でも食べられる。

 金貨どころか銀貨でも多いくらいだ。

 下手したら、子供の小遣いでも食べられる程度の値段で提供されていてもおかしくない。

 これで金貨を請求されたら、流石に誰だって驚くだろう。

 普通の民家で、普通の仕事をしていた場合の月給で金貨数枚程度の事が多い。

 その数割を、下手したら一月分をガッツリ取られてしまう様なお値段なのだから。

 普通の飲食店じゃなくて、“違う意味”でお高いお店でもない限り流石にあり得ないと言わざるを得ない。

 私の角の買い取りは大金貨で行われた為、支払えないという心配は全くないが。

 何度も足を運ぼうというお店ではないかな。


「まぁ、これだけ食べたら出ようか。店の雰囲気は良いのに、勿体ないね」


「本当に、その通りだ。店の内装はセンスを感じるのに、料理と値段設定がてんで駄目。これではこの街で生き残るには厳しいと言う他無い」


「で、でもその……美味しい、ですよ?」


 各々感想を残しながら食事を済ませ、会計へと進んでみれば。

 そこでまた、カレーの人がブチギレそうになっていた。

 でも気持ちは分かる。

 普段通りに食べていたり、もう少し高級そうな物を食べていたら……本当に金貨で支払う事になったかも。

 いや、無いわ。

 高すぎるでしょうに。


 ※※※


「だから言っただろうに……あの店、というかあの系列を運営している大元がイカレていると言う他無い」


「取り仕切っている貴族は、一つの家系って事で良いのかな?」


「その通り、そしてどこもあんな感じだ。レストランから軽食まで、やけに高い金額を提示してくる。しかし未だ生き残っているのは、家のお陰だな。要はブランド力ってヤツだ。過去にはそれこそ多くの偉業を成し遂げて来た家系ではあるが……今では金稼ぎにしか注力せん落ちぶれた貴族だ」


「ふぅん、参考までに他の店を教えてもらっても?」


「まだ食う気か? あんな店で。止めておけ止めておけ、大金払ってあんなモノを食べるなら、露店でカレーを食った方が有意義だ。最近では露店も捨てたモノではないぞ? 何たってスパイスの調合から注文を受ける者達だって――」


 話が長くなりそうな彼の声を聞き流しながら、次の店へと向かっていれば。


「おぉーい! そこのお二人さん! あとおっさん!」


「こっちだこっち! チキン食わないかー!?」


 店のテラスで、大柄の二人が大きく手を振っている姿が見えた。

 とても清々しい笑みを浮かべてはいるが、光景が既に暑苦しい。

 片手に持っているデカいチキンが小さく見える程の巨体、そして筋肉。

 ニコニコと笑う綺麗な笑顔と共に、兄弟なんだなぁと思える程似通った顔立ち。

 そんなのが二人揃って、デカい声を上げているのだ。

 チキンを頬張りながらブンブンと手を振って、そして筋肉を見せつけくる。

 冒険者、という話だった気がするが。

 そういう存在は、普段から鎧を身に纏う人物が多かったと記憶している。

 しかしながら彼等は完全に休日スタイル。

 腕の筋肉を見せつける様な服装に、服のサイズが合っていないのかと思う程上半身はピッチピチ。

 凄い、いろんな意味で。

 だが確かにあの二人に喧嘩を売る馬鹿は居ないだろう。

 例え魔法を使っても、物理で殲滅されそうな見た目をしているのだから。


「やぁ、チキン好きのお二人さん。随分涼しそうな恰好をしているね」


「アンタは相変らず真っ黒ローブだな。せっかく綺麗な顔をしているんだ、その暑苦しいの脱いだらどうだ?」


「そんな事をしたら、君達の様に服が窮屈なのがバレてしまうだろう? 一部だけだがね」


 それだけ言って胸部に手を置いてみれば、二人は食べかけのチキンを見事に吹き出した。

 その際アーシャからは、物言いたげな吊り上がった瞳を向けられてしまったが。

 おかしいな、ラフな付き合い方とはこういう物だった気がするのだが。

 カレーの人も視線を逸らしているし、私が気付いていないだけで常識が徐々に変わっていったのかもしれない。


「なぁ二人共、良かったら私達に付き合わないかい? これからちょっと、とある店に食べに行くところなんだ」


 そう声を掛けてみれば、二人は親指を立ててから残るチキンを片づけ。

 すぐさま会計を済ませて店の外に飛び出して来た。


「そこは旨い所なんだろうな? 何たってカレー貴族が居るくらいだ」


「いいぞ、一緒に行こう。皆でチキンを食べるのは、また今度だ」


 ニコニコ笑う筋肉が、私達の前に二体ほど立ちはだかった。

 わぁお、やっぱり迫力あるねこの二人は。

 背も高いし肩幅も広い、そして筋肉も筋肉だ。

 是非冒険者として戦っている所を見て見たいものだが。

 とはいえ今では冒険者というのも名ばかりで、ほとんど便利屋みたいな存在だが。

 あったとしても農家の敵である害獣駆除や、稀に出現する魔獣駆除くらいなものだろう。

 実力によっては兵士達の模擬戦相手を頼まれたり、実戦での助力を頼まれたりもするらしいが。

 果たして、この二人はどの程度なのか。

 何てことを思いながらボケッと彼等を眺めていれば。


「ハッ、期待するな筋肉ども。今回はリオナ嬢のお仕事でな、無駄に高くて味は普通の店に行くだけだよ」


 カレーの人が呆れた様な言葉を上げた瞬間、筋肉二人がしおれ始めたではないか。

 もしかして相手方の店、この国では既に有名になるくらいに悪評が広がっているのか?


「いや、しかし考え方を変えよう。あんな所に行くなら、リオナ嬢とアーシャ君だけでは余計に吹っ掛けられる可能性がある」


「そうだな兄貴、俺等が一緒に居れば強硬手段は取れない。よし、共に行こう! 何かあっても俺達が守ってやるから、安心してくれ!」


「あ、あはは……頼もしい限りだよ」


 誘ったのは私なんだけども、それでもさ。

 まさかこんなノリノリで付いてくるとは。

 後何故か、以前この二人と話した時より無駄に清々しい口調で喋っているのは何なんだ。

 そしてその度に筋肉を見せるのは何故だ。

 もしかして素がコッチ? 食事中は冒険者モードみたいな感じで、口調が荒くなるタイプ?

 などと色々考えてしまうが、何故かどんどんパーティが増えていくみたいな感覚で、私達は次なるお店に足を運んでいく。

 その途中。


「アーシャ君、疲れてはいないか?」


「え? いえ、大丈夫です。普段から森の中とか歩いてますから、これくらい全然」


「強いんだな君は。でも子供はもっと我儘で良いんだぞ? それこそ俺達みたいな巨体を見れば、誰しも肩車を要求して来る物だ」


「あぁ~はい、確かに。そう言われるとちょっと興味ありますね……凄く視点が高くなりそうで」


「「では、乗れ!」」


「どわぁぁ!」


 やはりアーシャが、オモチャにされてしまった。

 二人の筋肉に担ぎ上げられた彼は、何とムキムキ上腕二頭筋の上にヒョイッと乗せられてしまったではないか。

 しかも二人揃って左右からムキッとしている為、座った側は安定しているらしく。


「す、凄いです! 物凄く視点が高いです!」


「フハハハ! 君もチキンを食べて、もっともっと運動すればコレくらいあっと言う間だ!」


「身体が大きくなる栄養が、チキンには沢山含まれているからな! でも野菜を忘れちゃいけない。あの店なら美味しいサラダも一緒に売っているから、ちゃんと食べるんだぞ?」


「えと、はいっ!」


 コイツ等、子供の扱いに慣れてやがる。

 と言う事で、アーシャは普段よりちょっと子供っぽく環境を楽しみながら。

 私は変なパーティリーダーにでもなった気分で先頭を歩いて行く。

 そして周囲の人たちは、私達の事を避けて道を空けてくれる。

 当たり前だよね。

 先頭には黒ローブで全身を包んだ女に、貴族っぽい恰好はしているのに魔力持ちで威圧を放っているカレーの人。

 その後ろを歩くのは、二人の筋肉。

 さらに腕には、アーシャというまだ小さい男の子を乗せて歩いているのだ。

 目を引かない訳が無い。


「はぁ……ハハ、随分楽しい集団が出来てしまったね」


「まぁ、これなら向こうも強くは出られんだろう。ある意味では二人を連れて来たのは正解だな」


 カレーの人からそんなお言葉を頂いてしまった。

 何だかんだ言っても、この三人仲良さそうだよね。

 傍から見たら、私達も含まれていそうだけど。

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