第16話 悪魔の尻尾


「んん……んっ!?」


 眼が覚めた瞬間、目の前には色白の柔らかいお山が二つほど。

 驚いて飛び退いてみれば、どうやら先日は随分と柔らかいベッドで眠らせて頂いたらしく。

 柔らかすぎて、手をついたのに沈み込んだ挙句そのまま後ろに転がってしまった。

 広いベッドの上でバタバタとしていたが、視線を戻してみればとんでもなく薄着のリオナが気持ちよさそうに眠っているではないか。

 一緒に寝る事はよくあったけども、こんな薄着で抱き締められながら寝た事は無かった。

 まぁほとんど野営だった訳だし、当然だけど。

 相手は俺の事を子供としか見ていないから、平気で抱き枕代わりにされるのだが……ハッキリ言おう、俺だって男なのだ。

 色々と心臓に悪い。

 そんでもって、俺がバタバタと動き回った影響か。


「リオナ様、アーシャ様。お目覚めですか?」


 扉の向こうから誰とも分からぬ声が聞えて来た上に、コンコンとノックされてしまった。

 おぉっと、コレは不味い。

 多分親子の様に見られているからこそ、彼女が半裸に近い状態だったとしても問題は無いのだろう。

 しかしながら、それ以上の問題があるのだ。

 今のリオナはかなりの薄着。

 と言う事はつまり……角!

 おいツノ! この前切ったばかりなのにニョキニョキ生えて来るんじゃないよ!

 今この状況を見られたら、間違いなく竜人だってバレちゃうでしょうが!


「えっと! えぇと! 起きてます! 起きてますけど!」


「……? 失礼致します」


 不味い不味い不味い!

 思わず返事を返しちゃったけど、絶対良くないヤツだった。

 考えれば分かるだろうに、俺は何と言う失態を……と言う事で、そぉい!


「おや、リオナ様はまだお目覚めではないのですか?」


「あ、アハハ……この人、朝弱いんで」


 とりあえず布団を思い切り引っ張って、リオナの頭から被せた。

 結果、部屋に入って来たメイドさんには彼女の角を見られる事は無かったが。


「フフッ、確かに女性同士とは言え淑女の寝顔を見るのは失礼ですものね。アーシャ様は、その歳でも紳士ですね」


「は、ははは……どうも」


 苦笑いを浮かべていれば、リオナがモゾモゾと動き始めたではないか。

 待って! 本当に待って!

 この人ご飯の為なら平然と早起き出来る人だから、むしろ俺より寝起き良いから!


「と、とりあえず! その、ですね!」


「えぇ、畏まりました。私はもうしばらく外でお待ちいたします。身支度が整いましたら、お声を掛けくださいませ。朝食の準備は整っていますので」


 クスクスと笑うメイドさんが、何やら色々勘違いしたまま部屋の外へと消えた瞬間。

 プハッと声を上げながらリオナが布団から顔を出した。


「アーシャ……寝ている人に頭から毛布を被せるのは、あまり良くないよ? 呼吸がし辛くて悪い夢を見てしまった気がする」


 ムスッとした顔を見せた彼女に対して、思わず大きなため息が零れた。

 この人は、本当に……。

 この警戒心の無さで、良くこれまで竜って事がバレなかったな。


「それは大変失礼しました……はぁ。リオナがそんな薄着で寝るから、角を隠すのに必死だったんですよ?」


「あぁ~なるほど。ごめんごめん、あまりにもベッドが気持ち良かったから。いつもの格好でゴワゴワしたまま寝るのが勿体なくて……ふわぁぁ」


 欠伸をかましながら身体を伸ばす彼女は、正直に言うと物凄く美しい。

 白い肌に、雪の様に白く長い髪。

 眠そうに擦る瞳は、金色に輝いている。


「おはようございます、リオナ。朝ご飯出来てるって言ってましたよ」


「おぉ、それは朗報だね。おはようアーシャ、早速食べに行こうか」


 ご飯の話題を振れば、この通り。

 ニコッと子供みたいに頬を緩めるのだ。

 そんな彼女に、いつだって振り回されている訳だが。


「その前に、服。それから角を一度確認してください、結構伸びてますよ?」


「あぁぁ……本当にコレ、邪魔……」


「自らの特徴をそんなに嫌わないであげて下さい」


 そんな訳で、リオナはいつも通りガシガシと角を引っ張るのであった。

 まぁ確かに世間の事を考えると、手間ではあるけどね。

 真っ白い髪の毛の中から雄々しく生える黒い角は、結構俺は好きだったりする。


 ※※※


「あの、リオナ。しばらくこの街に滞在するんですか?」


 美味しい朝食を頂き、ブラブラと街中を歩き回っていれば。

 アーシャが少々不安そうな顔を向けて来るではないか。

 おや、美味しい物が多そうな街なので喜ぶかと思っていたのに。


「嫌かい?」


「嫌と言う訳ではないのですが……あの家に寝泊まりさせて頂くのが申し訳ないのと、リオナ正体がバレないか気が気ではないというのが正直な所です」


 あらら、主に今回の件と私の事で心配を掛けてしまっているらしい。

 と言う事で、ヨシヨシと頭を撫でてみた結果。

 ムスッとした顔でそっぽを向かれてしまった。

 反抗期かな?


「ちょっとだけあの家の当主から仕事を受ける事になってね。なに、大した事じゃない。仕事が終われば、気を張らない宿暮らしが出来るから。それまでは我慢してくれるかい?」


「我慢とかそういうアレじゃ……俺はただ、心配なんです。朝だって結構危なかったんですから」


「そればかりはすまない。反省してます」


 ソレを言われてしまうと反論しようがない……というのもあるが。

 しかしながらこの子が心配しているのは、やはり自分以外の事ばかり。

 本当に優しい子だ。

 思わず微笑みを浮かべながら彼の頭に手を置いてみれば、今度ばかりは避けられる事は無かった。


「ま、何はともあれ情報収集だ。今日も色々と巡ってみようか」


「俺仕事の詳細を全く聞いてないんですけど……結局何をするんですか?」


「んー、そうだな」


 ニッと口元を吊り上げながら、アーシャに対してちょっとだけ黒い微笑みを溢し。


「悪魔の尻尾を掴むお仕事、かな?」


 はてさてどんな反応が返って来るのか。

 ちょっとだけ可哀そうだけど、少々期待しながらアーシャの様子を伺ってみれば。


「え……悪魔って尻尾があるんですか!? というかリオナがその仕事を受けたって事は、悪魔って実在するんですね! わぁ……どんな見た目なんだろう」


 おぉっと、これは予想外。

 どうやら怖がるどころか、少年の心を揺さぶってしまったらしく。

 彼は俄然やる気に満ちた表情になってしまった。

 きっとどんな存在かも不確かな為、好奇心だけで言葉を紡いでいるのだろうが。

 しかしながらこの子は、森で私と一緒に簡単な狩りだってこなしているのだ。

 多分戦闘面で、少々おかしな方向に自信が付いてしまったのだろう。

 あまり良くない事ではあるが、これくらいの子供だったら普通の事か。


「絶対に戦闘になるとは限らないけどね。だけどもし危ない場面が発生したら、アーシャは私の後ろに隠れるんだよ?」


「分かりました! でも見たいです!」


「アハハ……あまり良いモノじゃないけど、見られたら良いね」


 そんな会話を続けつつ、今回のお相手が店を出しているという場所に足を運んだ。

 流石は食の国、と言って良いのだろうか?

 依頼主を妬んでいるであろう相手も、結構な数の飲食店を持っているんだとか。

 食べ物の恨みは恐ろしいというが……経営者の立場でも争わなくても良いのに。

 なら味で勝負しなよと言いたくはなるが、そこら辺は管理する人間ではまた変わって来るのだろう。

 所有している土地、そこの環境。

 元々ある資産の大小や、雇っている人間の質。

 それらによって、いくら頑張ろうと覆らない結果に陥る事は少なくないと聞く。


「さて、一つ目はここかな。お昼前だし、混んで無ければ良いんだけど」


「た、高そうなお店ですけど……大丈夫ですか?」


「問題無いよ。いくら使っても、依頼主が経費として賄ってくれるらしい」


「なら大丈夫ですね! 思う存分食べましょう!」


 アーシャ、最近本当に良い性格になって来たな。

 いや、色々と教えているのは私なので、私の責任なんだけど。


「ま、何はともあれ入ってみようか――」


「そこのお二方、良かったらおじさんとデートでも如何かな? こういうことはあまり言いたくはないが……この店は、少々お勧めできないんでね。もっと良い店を紹介しますよ?」


 店内に入ろうとした私達を呼び止めのは、質の良い服に身を包んだ男性。

 彼は深々と頭を下げた後、すぐさまとても良い笑みを此方に向けて来た訳だが。


「あ、カレーの人」


「えと、先日はお世話になりました!」


 件の大会で二位の成績を収めたカレーおじさんが、ニコニコしながら立っていたのであった。


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