第10話 闘争


『さぁ始まりました! 第○○回大食い選手権! 実況はこの私――』


 始まってしまった。

 もう、それしか感想が残らない。

 リオナが勢いで登録したものの、全く持って勝ち残れる自信が無い。

 ペアで参加可能と言う事もあり、殆どの席には二人一組で男性陣が座っている。

 皆物凄く身体が大きかったり、お腹が大きくてとても“食べる事”に特化していそうな人たちばかり。

 そんな中、俺達の席だけ……その、滅茶苦茶浮いているのだ。

 非常に肩身の狭い感じになっている中、司会の男性は魔道具を喉に当てながら大きな声でひたすら喋り続ける。


『ルールを確認いたしましょう! テーブルに乗っているメニュー表の中から、好きな物を選んでいただきます。もちろん価格だけでは無く、食べた量とテーブルマナーも採点の内に入ります! 料理の得点は金額により段階的に分けられており、また提供側からの加点により、総得点が一番高かった人物が勝利となる訳ですが、質の良い高級料理などでマナー違反をすれば、非常に大きな減点となります! 高い料理だけ食べ続ければ良い訳ではない、テーブルマナーを気にする事の無い安い料理を食べ続けていても金額の総得点が上がらない! これはそういう勝負です!』


 そう、この食べ放題チャレンジは結構お高い料理も並ぶらしい。

 でも、周りには大きな男性ばかり。

 例え綺麗に食事が出来ても、汚い食べ方なら減点。

 しかし量を食べて金額として得点を上げる為には、とんでもない量を食べ続ける事が最低条件。

 だからこそ、やはりその条件を満たした人物達が集まる訳で……。


「リオナ、あの……コレ、本当に大丈夫でしょうか?」


 恐る恐る彼女の袖を引いてみれば。


「わぁ、凄いね。本当にいっぱいあるよ、迷っちゃうね。アーシャはどれが食べたい? 多分こっちの赤く縁取られた料理は、テーブルマナー厳守みたいだから。こっちを食べる時は教えてあげるね? 心配せず、何でも頼んで良いよ?」


 リオナは、とても良い笑顔を此方に向けて来た。

 いや、あの。

 本当に状況が分かっているのだろうか?

 一人は竜人とはいえ細身の女性であり、もう一人はどこからどう見ても子供。

 こんなペア、周りを見回しても全く居ないんですけど。


『そして何より、周りの人達に“美味しそうだ”と思わせる程の食べ方が出来るか! そこが一番加点の判断基準となるでしょう! それでは試合を開始します! 皆様準備はよろしいですね!? それではぁぁ……オーダー! 入りまーす!』


 司会が大声で叫んだ瞬間、此方の注文を取りに燕尾服の男達が各テーブルに物凄い勢いで走ってきた。

 や、やばい! 俺達はまだ頼むモノを決めていない、この時点で出遅れている。

 周囲からは様々な声が上がり、当然の事ながらすぐさまキッチンへと注文が通っていく。

 速く、速く決めないと!

 なんて事を思いながら気持ちばかり焦っていれば。


「アーシャ、何が良い? 美味しそうなのがいっぱいあるよ?」


「そんな事言ってる場合ですか!?」


「食事は楽しまないと、勿体ないよ?」


 リオナは非常に落ち着いた様子で、此方にメニュー表を見せて来るではないか。

 いやいやいや、それどころじゃないってば!


「こ、これ! とにかくまずは高い奴を頼んでまずは金額の得点を稼ぎましょう!」


「うん、じゃぁそれにしよっか。コレを人数分、お願いしますね。あぁそれから、私だけフルコースでお願いします」


 何やら良く分からない事を言ったリオナに対して、注文を受けに来た初老の男性はニッと口元を吊り上げ、テーブルから下がって行った。

 この時点で、他の参加者より遅れてしまっている。

 どうにかして、逆転の狙わないと――


「お待たせいたしました、本日の前菜でございます。この様な場ですので、料理の説明は割愛させて頂きますが――」


「えぇ、ありがとう。大体は分かるだろうから、大丈夫だよ。追加のシルバーを頂けるかしら」


「もちろんでございます」


 なんか、すぐ料理が出て来た。

 俺が頼んだのは、妙に高いステーキ。

 だと言うのに、リオナの前にはまさに前菜という感じの軽い料理が運ばれて来たではないか。

 あ、そう言えばリオナだけはコースを頼んだんだっけ。

 やけに姿勢を正しながら、食器の音も立てずに口に運んでいくリオナ。

 すごく綺麗に食べている、それこそ貴族の令嬢みたいに。

 などと思いながら、ポカンと彼女の事を眺めていれば。


「あ、ごめんねアーシャ。食べたかった? あーん」


 いつも通りの緩い表情に戻って、リオナは此方の口に前菜の料理を放り込んで来た。

 えぇと、なんだろう。

 凄く美味しい。

 美味しいんだけど、今食べた物が何なのか良く分からない。

 ひたすらに口を動かしながら、首を傾げていれば。


「さっきのは綺麗にカットされた野菜とチーズ、それからアボカド何かだね。提供しているお店は多分、見た目は拘っているけどお値段控えめに設定してるんじゃないかな。前菜でも、本当に高級店はとんでもない物が出て来るから」


「あ、でも今のってテーブルマナー的には!?」


「大丈夫、アーシャはまだ子供だからね。親が子供に食事を与えるのに、口煩く言う馬鹿は“本物の高級店”には居ないさ」


 何かちょっと納得いかない理由を並べられてしまったが、減点されていないのなら良しとしよう。

 と言う事で、改めてテーブルを睨んでみれば。

 そこには既に、次の料理が並んでいた。

 これまた、リオナの分だけ。


「場が場なので、大変失礼を致します。急いでお出しさせて頂きます、よろしいですか?」


「えぇもちろん。その方が此方としても都合が良いので」


 ニコッと微笑む給仕係と、同様に緩やかな笑みを返すリオナ。

 なんか、ウチのテーブルだけ異色になっているんですけど。


 ※※※


 ふむ、おもったよりもコレは苦戦するかもしれない。

 私の胃袋であれば、いつまでだって料理を口に運ぶ事は可能だろう。

 しかし厄介なのが……制限時間、そしてマナーなどの制約。

 だが後者に関しては、だいぶ緩いらしい。

 本来なら私達の格好だけでも減点されそうな料理を頼んでいる上に、先程アーシャが心配そうな声を上げた内容だって、減点の声が上がっていない。

 最初こそ後々結果が発表されるのかと思ったのだが、他のテーブルでは減点される人間が続出しているのだ。

 チラリと視線を向けてみればある男はピザを頼んで、随分大きなソレを折りたたんだどころか、まるで握り潰す様にして小さくしてから口に運んでいた。

 当然上に乗ったチーズや具材は零れ落ち、皿の上に色々と溢しながらも次を注文している。

 非常に汚い、アレは私でも嫌悪する程だ。

 なんて思っていれば、ピザ屋の店主らしき男から減点札が高々と上げられたのだ。

 減点もそこまで大きな数字という訳ではなかったのは、店の大きさや取り扱っている料理の金額に比例しているのだろうか?

 つまりこの勝負、高級料理を頼んだ時ばかりに気を使っていても駄目だ。

 たとえ安い料理を頼んだ時でさえ、汚く食べれば減点の対象になる。

 そもそもこのイベント自体が、この地の料理をアピールするのが目的。

 つまり、だ。

 どれもこれも美味しそうに食べる事が最低条件。

 更に言えば、観客に“食べたい”と思わせれば満点という事になる訳だ。

 そういう意味で言うのなら……此方には最終兵器が居る。

 それはアーシャ。

 彼が食に関して喋る時、なにより食べている時は。

 とてもじゃないが、私よりずっと達者に”美味しい”を伝える兵器になりえるのだから。


「リオナ! これ凄く美味しいです! 肉厚なのに、とっても柔らかいんですよ!? それにホラ、こんなに肉脂が出ているのにしつこくないんです! いくらでも食べられそうな程どんどん入っちゃいます! きっとこのお店はお肉の扱いも、職人の技も凄いんですよ! こんな美味しいお肉、初めて食べました!」


 満面の笑みを浮かべるアーシャに微笑みを返してから、コース料理のデザートを一掬い。

 それを彼に向かって差し出してみれば。

 アーシャは興奮気味のまま、私のデザートを口で受け取り。


「んんっ!? こっちも凄いです! 先日食べた氷菓子も美味しかったですけど、この氷菓子は甘さが更に濃密ですよ! 凄い……どんな物を使えばこんな味になるのでしょうか。濃厚な味を保ちながらも、甘ったるいって感想にはならない。凄く爽やかな甘みです! 俺、この料理を出す店に今度行ってみたいです!」


 彼の言葉を聞いた影響か、審査員席に居る男性がニコニコしながら札を上げた。

 そこには、加点の文字が。

 試合が始まる前に、“感想は口に出してあげて”とは言ったが……凄いな。

 今の様子からするに、本心で思っている事をスラスラ言葉にしている様だ。

 そして何より、凄く美味しそうに顔を綻ばせている。


『おぉっと! ここ数年渋る店や審査員が多かったが、こんなにも早くプラスの札が上がりました! 素晴らしい、非常に素晴らしい! ちなみに今彼が食べているお店は中央通りにある、“レスポアッセ”というコース料理になります! 是非皆様、ご賞味下さいませぇ!』


 審判が大声を上げ、観客が拍手を送る中。

 アーシャは少々戸惑った表情を見せたが、此方は口元が吊り上がってしまった。

 なるほど、やはりこういう加点もあるのか。

 私達選手は観客に対して、店の料理を宣伝し客を呼び込む事を目的とされている。

 ならば、この勝負もらった。


「アーシャ、お肉を食べ終わったら次は何が良い? 今の内から選んでおこう」


 フフフッと笑いながら此方はジャンクなモノを数点、手の動きだけで注文していく。

 とはいえ今回私達のテーブルに付いてくれたのは、随分と“出来る”給仕係だった様で。

 私の意志を正確に理解したのか、頷くだけで声を上げずにキッチンへと戻って行った。


「あの……リオナ。こういう料理に追加の注文とか、他のお店の料理を合わせるのって……やっぱり失礼でしょうか?」


「普通なら、ね? でも今は競技の場、本当に好きな物を選んで良いよ?」


 何やら不安そうにするアーシャに対して、此方は笑みを返してみた結果。

 彼はオズオズとメニュー表を指さし。


「これだけ美味しいお肉なので……それに、ソースも凄いんです。だから、ライスと一緒に食べてみたいなって。それから、こっちのガーリックバターバゲット。一緒に食べたら、凄く美味しそうだなって……」


「それじゃ、試してみましょうか」


「減点とかには……」


「それはそれ、これはこれ。アーシャが美味しそうだと思う組み合わせを試してみれば良いんだよ」


 クスクスと笑いながら、追加の注文をする為にベルを鳴らしてみれば。

 私のテーブルに付いた配膳役は、物凄く良い笑顔で特大のピザを運びながら早足で近づいてくるではないか。


「ご注文、承ります」


「このお肉に合うライスと、他の店の品になってしまうけど、ガーリックバターバゲットをお願い。あともっとお勧めなんかもあれば、そっちもお願いしたいのだけれど」


「実はこのお肉、後付け調味料で随分と化けます。そういう特別サービスもウチはやっておりますが……いかがいたしましょう?」


「“レスポアッセ”だっけ? 君の勤め先なのか。是非お願いしよう。アーシャが気に入ったら、この街に居る間は度々通ってしまうかもしれない」


「お任せくださいませ。最高の状態で、お届け致します」


 それだけ言って、彼は颯爽と調理場へ向かっていく。

 これはこれは、なかなか気に入られた様で。

 アーシャに一品頼み、その間に私はコース料理を完食。

 他の空いた時間は、マナーに囚われないジャンクフードで数を稼ぐつもりで居たが。

 もしかしたら、そんな心配はいらなかったのかもしれない。

 多分この店のコース料理でさえ、それなりの御値段なのだから。

 とはいえ、ピザも注文してしまったのでこちらも平らげてしまおう。

 などと思いながら、テーブルに届いたピザに手を伸ばしてみれば。


「あ、あの……残りのお肉はもっと美味しく食べられるんですよね? であれば、その……俺も、ピザ食べて良いですか?」


 期待の籠った眼差しで給仕役を見つめていたアーシャが、そんな事を言って来た。

 どうやら今日は、随分とお腹に余裕があるらしい。

 だったら、私の答えは一つだ。


「好きな物を食べて良いんだよ? ホラ、こっちのピザも美味しそうだ」


 そう言いながらピザの一切れを渡してみれば。

 彼はガブッと食いつき、チーズを伸ばしながらも幸せそうに微笑んだ。

 あぁもう、本当に美味しそうに食べるなぁ。

 私までそう思ってしまう程、彼は幸せそうな顔でご飯を食べるのだ。


「凄くチーズが濃厚です! 普通の物とちょっと味も違いますね。それに生地が……何て言うか、パリパリしてます! こんなの初めて食べました! ピザってもっと分厚いイメージがあったんですけど、こんなにも薄くてサクサクしているならお菓子みたいに食べられそうですね。食感も良いし、生地が薄くて食べやすい分、具材の旨味が引き立ちます! リオナも食べてみて下さい!」


 今日のアーシャは、随分と饒舌だ。

 それはそうだろう。

 こんな祭り事の、短いイベントだったとしても。

 色んな美味しいの“頂点”とも言える代物が揃っているのだ。

 当然、感動する。

 とにかく勝つ為に食べなければ。

 そう考えていない以上、必要以上に感想を残しながら目の前に出されたご飯を堪能する。

 これが私達の旅だったのだ。

 ご飯を食べて、美味しいって言葉にするばかりの旅路だったのだ。

 だからこそアーシャは、いつもどおりに。

 私に対して“美味しい”を言葉にする。

 その結果、審査する人間からは再び加点の札が幾つか上がった。

 誰も彼も、やはり子供が美味しそうに食べる姿には甘くなるのだろう。


「色んな物が食べられるチャンスだ、アーシャ。私がいっぱい食べるから、君は少しずつでも食べて感想を残してあげて? ご飯を作る人間はね、美味しいって言ってくれて、笑顔でいっぱい食べてくれる事が一番嬉しいんだよ?」


「だからリオナは、ご飯中にニヤニヤしているんですか?」


「そう言う所は、覚えなくても良いかな?」


 なんやかんやと会話を交わしながら、私達はピザを平らげていく。

 あまりアーシャに食べさせては次の料理が入らなくなってしまいそうなので、普通の二倍くらいの速度で食べたが。

 そして、次の注文をしようかと思っていたその時。


「お待たせいたしました。ステーキの出汁漬け、作らせて頂きます」


 先程から私達を担当していた給仕が、色々な物品を持ち込んでテーブルへと戻って来たのであった。

 おぉっとこれは、なかなか予想外な展開になって来たぞ。

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