第9話 お金の稼ぎ方
「ふーん……」
「どうかしました? リオナ」
ワサビで悪戦苦闘したアーシャだったが、その後落ち着いてからは海産物を堪能したらく。
店を出る時にはニコニコと満足げな表情で皆から見送られていた。
それからは市場から離れ、しばらくブラブラした後に見つけた露店で氷菓子を買った私達。
アーシャが牛の乳を使った滑らかな物で、私は氷の粒を棒状に固めた様な代物。
前者の方がお高かったので、工程は其方の方が多いと想像出来るのだが……なかなかどうして、私が食べている方も捨てがたい。
ガブッと噛まないといけないくらい固いのに、表面突き破ってみればシャリシャリとした嚙み応えの良い氷の粒。
一気に凍らせたのならまず間違いなくこんな風にならない。
いったいどうやって作っているのか……面白い、やっぱり食文化の発展は世界的に早いと言う他無いだろう。
それも当然か、皆美味しい物は食べたいだろうし。
「いや、そっち氷菓子より結構安かったのに、コレはこれで随分と手が込んであるなと思ってね。美味しいよ、食べてみるかい?」
ニコッと微笑んでからアーシャに此方の氷菓子を差し出してみれば、彼は少々顔を赤らめてからガブッと勢いよく食いついた。
そして。
「んんっ! いいですねコレ。表面は結構固めですけど、中身に関してはじゃりじゃりっていうか、ガリガリって氷の粒を噛んでいる感じで。こっちも美味しいですけど、炎天下の中ならソッチが食べたくなりそうです!」
どうやら気に入ったらしく、パァァっと明るい笑顔を向けて来るアーシャ。
いやはや、幼い子供はやはり素直で良い。
この子だって、年齢的にはそろそろ生意気な態度を取る悪ガキと同じになりそうなのに。
アーシャの場合は、それが全く感じられない。
非常に可愛い。
とはいえ、悪ガキは悪ガキで良いモノだ。
パワフルに動き回る彼等彼女等を見ていても、のんびりと旅している私みたいなのに元気をくれるのだから。
「それじゃアーシャの感想を取って、この氷菓子はガリガ〇君と名付けよう」
「……なんか、急に寒気が」
「どうした? 食べ過ぎで身体を冷やしちゃったかい?」
と言う事で二人揃って日向に向かい、適当な場所で氷菓子を食べきってしまおうとしたのだが。
「リオナもこっち食べますか? とても美味しいですよ」
「あぁ、それじゃ頂こうかな」
アーシャが差し出して来るスプーンには、一口分の掬った氷菓子。
実際の所以前にも食べた事はあるので、味自体は知っているのだが。
流石にそんな言葉を紡ぐのは無粋だろう。
彼がくれた氷菓子を口で受け取り、舌先で楽しんでみれば。
口の中にはまろやかな甘さが広がり、以前食べた時よりもずっと味がまとまっている気がする。
やはり食に関する技術の進化は凄いね、なんて感心しながらも。
今は一人で食べている訳ではないから、余計に美味しく感じられるのかもしれないと思い直した。
この子と一緒に食べるご飯は、いつも以上に美味しい。
それは、確かなのだから。
そんな訳で、うんと一つ頷いてから。
「美味しいね。アーシャはどっちの氷菓子が好き?」
「う、うーん……悩みますね。こちらの方が甘さも強いので、普段ならこっちですけど。凄く暑い時なら、リオナが食べていた方が“気持ち良く”食べられる気がします」
「気持ち良く、か。アーシャもなかなか分かって来たじゃないか」
クスクスと笑いながら二人して氷菓子を食べ終わり、さて次は何をしようかと歩き回っていると。
「リオナは普段、街に来てから何をしているんですか? 俺と出会った場所は賭博有りの酒場でしたし……でも、竜の角を売っていればそこまでお金には困っていませんよね?」
手を繋いだアーシャから、そんなお言葉を頂いてしまった。
普段、普段かぁ……。
とはいえ、コレといって特別な事をしている記憶も無いが。
「角もね、売れる時と売れない時があるんだ。あまり“そういう意味”で目立ちたくないから、店は選ぶしね。単純に相手の持ち金では購入出来ないって事もある。そう言う時は賭博とか、ちょっとした仕事のお手伝いとかして日銭を稼いで……」
「リオナも案外、普通の旅人をしているんですね」
「失礼な、これでも私は一人旅百年越えのベテランだよ?」
反論してみれば、今度はアーシャからクスクスと笑われてしまった。
まぁ確かに、街に来て早々大金を手に入れていれば不安は無さそうに見えるだろう。
そして何と言っても、実際の所は。
「とはいえ、ちゃんと角やら何やらが売れた時はこうしてブラブラしているね。主に美味しい物と美味しい店、それから食材探し」
「凄く自由気ままですねぇ……って、あれ? 角やら“何やら”って事は、他にも売り物があるんですか?」
彼の声に、思わずウッと苦い声を洩らしてしまった。
確かに、ある。
竜なんて言えば、それこそ全身がお金に変わる程の希少種だ。
それは獣と化した下等種でも同様。
鱗や甲殻は戦士の鎧に変わり、角や牙は武器にもなり得る。
そして眼球や内臓、そして血液さえも術師や呪術師、更には薬師が欲しがる希少な品と言う訳だ。
つまり、私は再生できる部位ならいくらでも身を削って金に換える事が出来る。
しかしながら……。
「まぁ、色々とね。旅をしていると、珍しい物品などを見つけたりする事もあるさ。それこそ、いくつか前の街で買った品物が高値で売れたりとか、ね?」
「ふぅん? そう言うものですか」
コレといって突っ込んで来る事が無かったので、ひとまず安堵の息を溢してしまった。
私だって、角以外にも色々売って来た。
流石に眼球や内臓は無理だが、牙や爪。
鱗に血液と言った、再生出来る部位は大抵売った事がある。
しかしそれらの大半は、“竜の姿”に戻らないと採取出来ないのだ。
人間の形をしている状態では、頭から生える角だけが竜人としての唯一の特徴と言っても良い。
それ以外に関しては、不思議とこの姿のままでは血液すらただの人間と変わらなくなってしまう。
なので一人旅であれば、森の奥深くに足を踏み入れ。
竜の姿に戻ってから鱗を剥いだり、爪や牙を折ってみたり。
そして身体を傷付けて血液を売ってみた事もあったが。
どうしても、アーシャの近くで竜の姿に戻る気にはなれなかった。
角だって、竜の姿に戻ってからの方が大きな物が手に入る。
でも、やっぱり見せたくなかったのだ。
私の竜の姿を前にしたら、その後彼が微笑みを向けてくれなくなりそうで。
「まぁ、そんな訳で。この街でも少し日銭稼ぎでも考えようか」
「そうは言っても、俺に出来る事なんてそこまで多く……あ、こういうイベントに出るのはどうですか!? 賞金もありますし、リオナの懸念している意味で目立つ訳でもありません!」
何やら発見したらしいアーシャが走って行き、ズビシッと張り紙を指さしているではないか。
なになに? 今度のお祭り行事の様だが……。
「でも流石に、コレは無理ですかねぇ。ペアで参加可能とは書いてありますけど、上位に入らないと賞金も出ないみたいですし。参加費だけで赤字になってしまいそうです」
アーシャは溜息をつきながらそんな事を言って来るが。
「出てみようか、どうせ暇だし」
「……本気、ですか?」
張り紙に書かれていたのは、“大食い選手権”の文字。
なんでもこの地は様々な食材が入って来るらしく、そのアピールとしてこの行事が行われているらしい。
第十何回! ってデカデカと書かれているし、参加者も多い事だろう。
「で、でもリオナは……その、食に詳しくてもいっぱい食べられる見た目をしていませんし。俺もまだ子供です、屈強な男達ばかり参加する行事だったらどうするんですか!? 俺達だけじゃそんなに食べられませんよ!」
「任せておいて、私の得意分野だ」
不安そうにするアーシャを他所に、クックックと悪い笑みを溢した。
先程この身体ではほとんど人間と同じだと言ったな。
アレは嘘だ! とまではいかないが。
これでも竜なのだ、食欲と食べる量は多い。
とはいえこの身体であれば、普段は人間と同等のご飯で事足りるのだが。
要は上限が竜と同様なのだ。
簡単に言うと、人間の胃袋で収まりきらなくなった場合。
内臓が活性化しすぐさま消化、栄養へと変える。
非常に単純、限界を超えた部分に関しては今の大きさのまま本来の能力を取り戻すと言う訳だ。
そしてココが竜に変異したくない理由の一つでもある。
あの姿に戻ると……極度の空腹感に襲われるのだ。
当然だよね、胃袋だって必要な栄養だって数十倍に瞬時に膨れ上がるんだから。
だったら、人の姿のまま過ごした方が節約にもなる。
つまり今回の試合、竜の胃袋に勝てる人間が居ない限り。
私の勝利は決定したも同義、この勝負貰った。
「参加しようアーシャ。いろんな料理が出て来るみたいだから、一気に料理の見聞を広げるチャンスだと思って」
「リオナがそれで良いのなら……良いですけど」
少々納得いっていない表情のアーシャを連れながら、私達は張り紙に書かれている登録場所へと足を向けるのであった。
いやぁ、楽しみだ。
どんな料理が出て来るのか、そしてアーシャに食べさせてあげた時の反応も。
ソレを楽しむだけで賞金が貰えるなんて、ココはなんて良い街なんだろう。
「試合は明日みたいだねぇ、頑張っていっぱい食べようかぁー」
「す、すごく気楽ですね……」
と言う事で、この街でやる事は決まった。
私は大食いチャンピオンになって、生活費を稼ぐぞ!
いや、流石にトップに立ってしまうと目立ちすぎるか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます