第6話 ケバブ
「へぇ……珍しい。小さいが、間違いなく竜の角だなコイツは。しかも状態も良い」
「小さな個体を見つけてね、運が良かったよ。それで? いくらで買い取ってくれるのかしら。最低でも十枚」
普段とは完全に別人と化しているリオナが、怪しげなお店の店主に対して揺さぶりを掛けていた。
此方の提示に眉を潜めた店主は、はぁぁと大きなため息を吐いてから。
「流石にそんなに出せねぇよ、これくらいでどうだ? ここいらじゃ一番高値での買い取りだと思うぜ?」
そんな台詞を放つ店主はニッと自信満々な表情で、五本の指を立ててみるが。
今度は逆に、リオナがその発言にため息を溢し。
「あら、そう。だったらもういいわ、下手すれば他の街に赴く行商人の方が高く買ってくれそうだし。ドラゴンの角の価値を理解していないのね」
机の上に置いてあった竜の角をヒョイッと回収して、さっさと踵を返して店から出ていこうとする。
あまりにもあっさり立ち去ろうとするリオナの行動に慌てたのか、店主はガタッと席を倒しながら立ち上がり。
「六! 大金貨六枚出す! 流石に十は無理だぜお嬢さん……」
「同じセリフを二度も言うつもりはないわ、さようなら」
彼の交渉に対し、チラリとも振り返らないリオナ。
このまま店を出てしまうつもりなのだろうか?
実際の所、俺には竜の角の価値は分からない。
だからこそ、ソレが適性価格なのか買い叩かれようとしているのかも理解出来ないが。
でも大金貨六枚と言ったら……正直結構な額だ。
庶民やそこらの商人では手が出せないだろう。
だって月収どころの話じゃないし。
普通の庶民だったら一年では稼げないであろう金額を、一度の買い物で支払う様な物だ。
高い位のある貴族や、大きな商会を受け持っている様な人物だったら即支払いも可能な金額なのかもしれないが……。
流石にパッと出せる値段ではないのは確か。
「七! 七枚でどうだ!」
「あまり騒ぎにしたくないから、ココを選んだけど。失敗だったわね」
本当に大金貨十枚以下では売るつもりが無いらしく、リオナは店の扉を開いて外へ出ようとしている。
俺が口を挟む訳にもいかないので、彼女の後に続いて退店しようとした所で。
「八! いや、大金貨八枚と金貨五枚でどうだ!? そこまでだったらギリギリ払える! これで売っちゃくれねぇかい!?」
彼の叫びを聞いた瞬間、リオナはパタンと店の扉を閉めた。
但し、本人の体は未だ店内だ。
「じゃぁ、それで」
「……はぁぁ、やってくれるぜ。全く」
とても良い笑顔を浮かべて振り返った彼女に対し、店主は大きなため息を吐いてから席に座ろうとして……そのままズッコケた。
あぁそういえば、さっき席を蹴倒していたんだっけ。
※※※
「七枚で手を打とうかなぁって思ってたけど、儲かっちゃったね。大金貨七枚と金貨五枚でも良かったんだけど、予定より一枚多く貰っちゃった」
「恨まれても知りませんよ……? でも、リオナの角はそんなに価値が高い物なんですか? まだ魔法袋の中に、ゴロゴロ転がってますよね?」
ホクホク顔のリオナの隣を歩きながら、改めてため息を溢してしまった。
何度も言うようだが、俺には竜の角の価値は分からない。
普段の彼女の様子からしても、髪の毛が伸びて来たから切って欲しい、程度の感覚で切断している代物なのだ。
この人と一緒に居ると、とてもでは無いが貴重な代物には見えないのだが。
「簡単に言うとね? とても魔力の籠った物品だから価値が高いって感じかな? 普通ドラゴンに挑もうとしたら、相当な人数が必要でしょ? それらの人件費や準備に掛かる費用その他諸々を考えれば、あんな小さな角でも結構な収益だと思うよ? 一度に払う金額が多い様に見えても、それ以上のお金に化ける訳だね」
「ちなみに、竜の角の使い道って……」
「お金持ちの間なら観賞用から装飾品。実用的に使いたいなら魔術師の為の道具の一部や、魔力の籠った武器とかに変わるかなぁ」
いやいや、ソレにしたって高すぎでしょう。
もっと言うのなら……。
「魔術師って、今の時代ではほとんど居ませんよね? もはやお伽噺みたいな扱いになっている所だってあると聞きます。魔道具なんかの“不思議な現象”を起こす道具だって、過去の名残でそう呼ばれているだけですし。そんな数の少ない相手に対して、商売になるんですか?」
正直、そこが一番の疑問なのだ。
魔術師、魔法使い。
そう言った存在は、過去には数多く存在したという。
絵本や小説なんかにも登場するが、実際に目にした事はない。
なんでも過去の大きな戦争でいっぺんに数を減らし、その後は神の怒りに触れて人間は魔法が使えなくなったとか何とか。
どこまでが事実なのかは知らないが、俺の周りに魔法が使える人間が居なかったのは確かだ。
「逆だよ、アーシャ。術師が少ないからこそ、希少価値が高い。だから今の時代、基本的に特殊な存在はお金持ちだ。でも職人がこぞって彼等の道具を作っても、売れ残るのが目に見えている。ではどうするか、簡単だね。とても高価だったとしても、絶対に相手が買ってくれる代物だけを選んで商売するんだ。さっきの人は、先程の倍以上の値段で術師に売りつけるんじゃないかな」
「そ、そういうモノなんですか? ちょっと想像出来ないですけど……あ、でもそれならリオナが直接魔術師に売った方がお金になったのでは?」
「絶対嫌。知ってる? 今の魔術師ってプライドばっかり高くて、物凄く偉そうなのが多いんだよ? 話しているだけで疲れちゃう。それにさっき以上に金額になったとしても、眼を付けられたら厄介だからね。正体もバレるかもしれないし」
「あぁ~だから普段は腰に剣を差して、剣士を演じているんですか?」
「一応剣だって使えるんだよ? 一応」
何で二回言ったんだろう、この人。
まぁとにかく、難しい事を考えた所で仕方のない事例だと言うのは分かった。
そんでもって、こうして金銭を得ながら旅している事も。
ちょっと納得いかないと言うか、物凄く楽している様にも感じられるけど。
「そんな顔しなくても、覚えたいなら魔術教えてあげるよ。アーシャは結構才能ありそうだし」
「あぁ~はいはい、そうですか――って、ちょっと待って下さい! 俺にも使えるんですか!?」
「カードのイカサマだって魔法を使ってるって教えたでしょ? アレくらいなら、すぐに出来るようになるんじゃないかな。今の人達が魔法を使えなくなった原因って、結局術者が他者に知識をほとんど公開せず独占しようとした結果だし。そんでもって、戦争でいっぺんに死んじゃったら……ねぇ?」
「ねぇ? って言われましても」
急に凄い事を言い出したリオナだったが、お金が入って浮かれているのか。
フラフラと露店に向かって行ってしまった。
近くに居ると、本当にこの人が凄いのかどうなのか分からなくなるな。
とはいえ、竜人と言うだけで珍しい存在なのには変わらないが。
「リオナ、宿を取ってからにしましょう。連日昨日の方にお世話になる訳にはいきませんよ?」
「ちょっと、ちょっとだけ……凄く美味しそうな匂いがするの……」
「あぁもうこの人は……本当に一つだけですからね? ソレを食べながら、宿を探しますよ!? 二つも三つも買わないで下さいね!?」
そんな訳で、露店で売っていた良く分からない料理を二人分購入するのであった。
薄いパンに包まれた様な見た目の……いや何だコレ。
※※※
やけに恐る恐るという様子で、アーシャが先程購入した食べ物をチビチビ齧っていた。
過去の事を詳しく聞いた訳では無いが、多分前回の街でしか生活した経験が無いのだろう。
ならば見た事も無い料理に警戒するのは当然。
そんな訳で、彼の目の前でガブッとソイツに齧り付いてみれば。
うん、美味しい。
柔らかくも薄いパンに包まれ、中に入った野菜と……恐らく羊の肉だろう。
店の奥で豪快に焼かれていたソレを切り分け、包んでくれた訳だが。
ソースが独特で、まさに露店飯って雰囲気を味わえる。
「アーシャも、ガブッていってごらん? その方が美味しいよ?」
「は、はぁ」
半信半疑という御様子で、ガブリと食いついたアーシャ。
次の瞬間、キラキラと目を輝かせた。
「似た様な料理も多いから、名前は色々かもしれないけど。私の記憶では“ケバブ”って言う料理だよ」
「美味しいです! ケバブ! これ何のお肉なんでしょう? 初めて食べました」
「そう、なら良かった。ちなみにそれは羊」
クスクスと笑いながら彼の口元に付いたソースを拭ってみると、彼は少々恥ずかしそうにしながら再び小さな口で食べ始めてしまった。
先程よりかは齧り付いている様だが、余計な事をしてしまっただろうか?
幼いとは言っても、彼だって男の子だ。
あまり過保護にし過ぎても、恥ずかしい思いをさせてしまうだろう。
とはいえやはり、微笑みは零れてしまうが。
「あのクルクル回しながら焼いていたお肉があったでしょう? アレから名前を取ったみたい。ドネル……だっけ? ドネルケバブ、とか言った筈。場所によって名前も変わっちゃうから、何とも言えないけど」
「へぇ……? 同じ料理でも場所によって名前が違うんですね」
「それはもう。しかも同じ場所では区別されているモノでも、他国では一種類の呼び方だったりと色々だよ。例えば香辛料を幾つも使う“カレー”って呼ばれる料理があるんだけど、現地では“カリル”って呼ばれていたり、他にもサーグやダールとか色々あったね。でも他国ではカレーとだけ呼んだり、カリィって呼んだり。本当に色々だよ」
「リオナは……本当に様々な所を旅しているんですね」
「数百年は生きている竜人ですから。とはいえ、私の知識だって偏りもあれば間違いもあるけどね?」
クスクスと笑いながら再びケバブをパクリ。
うん、やっぱり美味しい。
これとはまた違うけど、ナンとかもまた食べたいな。
パンの種類も多いこの街なら、どこかで出会えそうなモノだが。
「世界には色々と美味しい物があるからね、一つの街に留まるのは勿体ないよ」
「長命種だからこそ言える台詞にも聞こえますが……でも、旅人ってそういうものかもしれませんね」
「だね、例え全ての国を回れなかったとしても、やっぱり様々な国を見て回るのは良い事だ。食べ物だけじゃなくて、生き方や常識までガラッと変わる事だってある。勿論、技術力もね。だから若い内から、色々見て勉強すると良い」
「これも勉強の一つですか?」
何て事を言って、手に持ったケバブを揺らすアーシャ。
「そうだね、それも勉強だ。世界には様々な文化があり、色んな食べ物がある。そして今日、アーシャはコレが美味しいという事を学んだ。その経験は、この先もずっと生き続けるよ。たかが食べ物一つでも、他の所に行った時にふと食べたくなる時が来るだろうね。それは人生と言うモノを豊かにする」
フフッと笑いながら彼と視線を合わせてみれば。
彼は少々赤い顔をしながらサッと視線を背け。
「俺はリオナの無駄遣いを叱ろうとしただけです。真面目に答えられたら、反論し辛いじゃないですか」
「あらら、コレは失礼。これからは私も、もう少し計画的にお金を使う事にするよ」
それだけ言って、私達は手を繋ぎながら宿を探して歩いて行く。
先を急ぐ旅ではないし、ココでゆっくりしても良い。
だとすれば、生活しやすい宿を探してあげたいな。
アーシャはしっかりしているけど、まだまだ子供だ。
この子の成長を促す為にも、良い環境を整えてあげたい。
「ご飯の美味しい宿を選ぼうか、アーシャ」
「それよりも俺は、個室に風呂場がある所の方が重要だと思います」
「あぁ、なるほど。一緒に入る為に?」
「リオナの角を隠す為に、です! 風呂くらい一人で入りますから!」
思春期とも言える彼に微笑みを溢しながらも、私達はケバブをパクつきながら街中を歩き回った。
あぁ、良いなこの街。
とにかく多くの食材が集まるみたいで、食事処も実に様々だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます