第5話 郷土料理と合わせる酒
人の多い街並みを通り抜け、段々と落ち着いた雰囲気の民家が増えて来た。
すれ違う人々は御者の男に声を掛け、彼もまた楽しそうに声を返してく。
まさに故郷に帰って来た、そういう光景なんだろう。
それを微笑ましく見つめながら、しばらく待っていれば。
「待たせたな、お二人さん。ココが今日の宿、俺の我が家だ」
ワッハッハと楽しそうに笑う男の声に従って、荷馬車を降りてみると。
コレといって特徴も無い民家が一つ。
なんて言ってしまうと失礼だが、本当に言葉の通り。
でも、私にとっては羨ましい光景でもある訳だが。
帰って来られる場所があるというのは、良いものだ。
「先に荷物を届けなくて良いのかい? 君は行商人なんだろう?」
「なぁに、俺が運んでいたのはすぐさま痛む様な物じゃねぇ。だから明日でも大丈夫さ」
そんな事を言いながら馬車を小屋に入れ、馬に餌やりをしてから私達を連れて家の中へと入ってみれば。
「お帰りなさい、アナタ」
「おぅ! 帰って来たぞぉ~ただいまぁ。あ、それからお客さんが二人だ。急で悪いが、飯と寝床を二人分用意出来るか?」
「アナタは本当に唐突ですけど、でも予定通り帰って来ますからね。宴の準備は出来ていますよ? そちらのお二方も、ようこそいらっしゃいました」
クスクスと笑う女性が、私達を招き入れてくれるのであった。
彼の言う様に、向こうからしたら急な訪問になる訳で。
多少は嫌な顔をされるかもしれないと思っていたのだが……どうやらこの男、帰って来る度にこんな事をしている様だ。
奥さんも随分慣れた様子だし、此方を警戒することなく家に招き入れてくれた程。
「初めまして、お邪魔致します。リオナサレイヤと申します、普段はリオナと名乗っています。こっちは――」
「アーシャと言います。急な御訪問、大変失礼致します」
二人して自己紹介を終えると、彼女は更に微笑みを深めてから。
「初めまして、旅人のお二人さん。今日はゆっくりして行って下さいね? すぐに食事の準備をしますから」
なんというか、本当に慣れている。
もしかしてこの行商人、冗談抜きで毎度人を連れ帰っているのか?
今の時代が平和だからというのと、私が女であり連れは子供。
だからこそ、この警戒心の無さ。
ほんの百か数十年前までは考えられなかった光景だ。
変われば変わる、とはまさに事だね。
「この人達がな、珍しい料理を作るんだ。何でも遠い地方も旅していたらしくてな? だから、キッチンも少し貸してやってくれないか? お前達にも食わせてやりたいんだよ」
「あらあら、お客様に作らせるなんて……と、言いたい所ですけど。いつもの事ですね。どうぞ、こちらへ。広くもない我が家ですけど、寛いでくださいな」
と言う事で私達は、本日の“宿”へとお邪魔するのであった。
いやはや何とも、楽しみだね。
街の郷土料理が食べられるかもしれないのだから。
※※※
「はいどうぞぉ~、お待たせしました」
「待ってました!」
「この馬鹿息子……アンタも少しくらい手伝えってんだ。お客様にまで厨房に立ってもらって、お前は酒飲んで休んでるんじゃないよ」
行商人の奥さんと、ついでに途中で登場した彼の母親も参戦し料理を拵えた結果。
「随分と凄い量になっちゃいましたね……」
「ま、たまには良いさ。皆で食べればあっと言う間だよ」
テーブルの上には、数々の料理が並んでいた。
私達が作ったのは、要望のあった天ぷらが殆ど。
魚や山菜、ついでにこの家にあった鶏肉なんかも使わせてもらって、鶏天も作らせて頂いた。
そんでもって、興味があった郷土料理はと言えば……。
「実に良いね、まさに昔ながらだ」
「リオナ……言い方」
じゅるりと涎を啜りながら声を上げると、アーシャからは渋い声を上げられてしまった。
おっと、これは失礼。
此方としては、楽しみにしているという意味で言ったつもりだったのだが。
「お口に合えば良いんですけど……どうぞ、食べてみて下さい」
奥様からお言葉を頂き、皆揃って席に着いた後掌を重ねて祈りの姿勢を取った。
「おや? お前さん達はどっかの信仰者――」
「「いただきます」」
「では、無いみたいだな」
食前の挨拶をいつも通り一言で終わらせると、行商人からはやや呆れられた顔を向けられてしまったが。
だが、いるか? 長ったらしい挨拶や祈りなんて。
そんな事をしている間に、ご飯が冷めてしまうではないか。
「これこれ、作っている間から食べてみたかったんだ」
「リオナ、行儀悪いですよ。俺が取りますから、座っていて下さい」
アーシャに叱られてしまい、お皿を前にスプーンを掴んでワクワクと待っていれば。
私のお皿に、ドバァっとオタマで掬った料理が流し込まれた。
スープというには、結構ドロドロしている。
と言うより、煮詰めて水分が殆ど無くなった後と言った方が良いのだろう。
「うん、良い香りだ」
それだけ言ってスプーンで具材を掬ってみれば。
豆、とにかく豆。
物凄く大粒の豆が多い、コレはお腹に溜まりそうだ。
更に言うなら、良く煮込んだ野菜の香りとふんだんに使われたトマトの香り。
調理中も見ていたので、中に入っている物は分かっている。
先程言った豆やトマトは勿論、玉ねぎやニンジンなど。
そして豚肉やその他諸々、更にはニンニクも結構入れていた。
それらを想像しながら香りを嗅ぐだけでも、良く混ざり合ったソレらが食欲を刺激してくる。
もっと言うなら、今回は。
「ウチで焼いたパンです。良かったら一緒に試して下さいね?」
手作りの、パン。
しかも種類が多いのだ。
もはや見ただけでも分かる様な、フワフワとした柔らかそうなソレだったり。
バゲットと呼ばれる、なかなか噛み応えがありそうな代物等など。
凄いな、一般家庭でも色々な種類のパンが作れるのか。
もしかしたらこの街は、そういう知識が豊富な場所なのかもしれない。
何てことを思いながら、スプーンで掬った煮込み料理をパクリ。
「あぁ……良いね。普通ならおかずに思える見た目なのに、これが主食だと言っても良い。まさに腹に溜める料理だ」
「フフッ、豆ばかりで飽きてしまう人も多いんですけどね?」
「それこそ、昔ながら。パンやライスと言った主食が手に入り辛い時代は、こう言った物が主食だった場所もあった。でもとても美味しい、昔を思い出す様だ」
などと言ってから、パクパクと豆料理を口に運んでいく。
素朴で、淡白。
そう言える味かもしれないが、非常に“馴染む”。
調味料で整えられている事から、味はしっかりしているし。
何より豆が多い事で食感と、更には食べているという感覚が満たされていく。
極度の腹ペコ状態なら、ずっとこの料理を貪っていた事だろう。
あぁそうだ、豆料理に夢中になって忘れてしまいそうになったがパンの種類も多いんだった。
ならば、端から味わっていかなければ。
まずは柔らかいパンを両手で二つに割いてみると……コレは、凄いな。
フワフワとした感触に、中は一目で上質な物を使っている分かる程に真っ白。
あまり質が良くない所で買うと、絶対にこんな風にならない。
下手したら虫が紛れ込んでいたり……というのは、食事中なので思い出すのを止めよう。
と言う事で、雪の様に真っ白なパンの見た目に満足してから、まずはそのまま口に運んでみれば。
「凄い……こっちも良い。ここ数年食べていた中でも、一番の味わいだ」
「お気に召して頂けた様で、何よりです」
奥さんはやけに微笑ましい笑みを向けて来る訳だが、コレは凄い。
とても柔らかい上に、優しい味わい。
鼻に抜ける上品な香りも良いし、他の味を邪魔しない程度の味付け……と言ったら良いのだろうか?
とにかく、“上品であり無駄に主張しない”という存在感。
これはとても良い物を食べさせて頂いた。
何を食べても驚かされる辺り、この街の食文化には期待出来そうだ。
などと思いつつ、パンをひたすら口に運んでいれば……どうしても、試したくなってしまった。
先程の豆料理を少しスプーンで掬い、パンの上へ。
そして一緒に口に運んでみた結果。
「うん、うん! とても合う! パンが主張し過ぎないせいか、他の料理がより際立つ様だ!」
「リオナ……興奮し過ぎです」
アーシャからは叱られてしまったが、コレは良い。
夢中になって、パンと豆料理を口に連続で運んでしまう程。
作り方も難しく無さそうだったし、今度この豆料理は作ってみよう。
パンに関しては……流石に旅の道中では作れないので、買い込んで魔法袋に頼る事になりそうだが。
「ありがとうございます、リオナさん。貴女方作ってくれた“テンプラ”も、凄く美味しいです」
「こちらこそ、気に入って頂けて何よりだ」
なんだか奥さんとばかり話している気分になってしまい、周囲に目を向けてみると。
久々の実家ご飯に夢中になっているのか、行商人の男は勢いよく食事を頬張っており。
彼の母親に関しては、天ぷらを摘まみながら静かにお酒を嗜んでいた。
普通の人間で言うと……多分七十~八十という所だろうか?
短命種で言う所の、かなり高齢の女性に見えるが。
「なんだい? お嬢ちゃん、アンタも飲むかい?」
「よろしいので?」
「あぁ、もちろんさ。普段は一緒に呑んでくれる奴が居なくてね、息子が客を連れて来た時くらいしか相手が居ないんだよ」
カカカッと軽快に笑う彼女が席を離れたかと思えば、しばらくしてからグラスと何かを持って戻って来た。
更に私の隣に一つ席を用意して、腰を下ろしたかと思えば。
「そんなに高い酒って訳じゃないんだけどね、一緒に呑んどくれ。そんでもって……ツマミに良い物を持って来たから」
なにやらいたずらっ子の様な表情を浮かべつつ、私の前に並べられたのは。
「ナッツと、干しブドウ。それから……溶かしたチーズですか?」
「おうともさ。あとコレも、な?」
それだけ言って、ニヤリと彼女が包みを開いてみれば。
そこには随分と薄切りにされたバゲット。
しかし、目の前に並んでいる普通のパンとは違う。
明らかに、“火が通り過ぎている”。
「コレは?」
「なぁに、ジジババが好んで食べるツマミみたいなもんだ」
彼女は焦げているとも言えそうなソレに、たっぷりとチーズを掛けてから。
バジルなどを少々ふりかけ、此方に差し出して来た。
「齧ってみな。気に入らなきゃ、ナッツやブドウだけ摘まむのも良いさ」
「いただきます」
相手が差し出して来た薄切りバゲットを受け取り、そのまま口に運べば。
バリッ! と凄い音がした。
そう、音が凄いのだ。
噛めば噛む程、バリッ! ザクッ! と凄い音がする。
でもこの食感が、何とも楽しい。
そしてカリッカリになるまで焼いてあるのに、パンの味は落ちていない。
むしろここまで焼くのが正解なのではないかと思う程、楽しい食感を届けてくれるのだ。
もっと言うなら、上に乗ったチーズ。
非常に濃厚で、口内をその香りで包み込んだかと思えば、息をする度に鼻に抜ける。
濃厚で、濃密。
更にはコチラも質が良い。
味わい深く、カリカリのパンと一緒に噛みしめれば更に旨味が広がっていく。
飲み込んだ後には、ホッと息をつく程の満足感を届けてくれる一品であったのだ。
「そこに、この酒だ。ちょっと強めだが、いけるかい?」
「えぇ、御心配なく。頂戴しますね」
差し出されたお酒のグラスを傾けてみると……確かに酒気は強い。
しかし、非常にスッキリとする味わいだ。
パンやチーズ、そう言った物に合わせるのならワイン。
そんな風に言われてしまいそうだが。
コレは、合わせるのではなく非常に“スッキリ”させてくれる。
先程まで口内に残っていた、濃厚なチーズの味わい。
それをこのお酒が綺麗さっぱり洗い流したかの様。
とはいえ全てを酒で消し去る訳では無く、ほのかに先程の優しい香りが残っている様だ。
凄いな、コレは。
良い組み合わせ、というよりか……“面白い”組み合わせだと言って良いのだろう。
「そのままナッツや干しブドウを食っても、気分が変わって良いもんだよ? 色々試してくんな」
「もぉ、お義母さん! お酒ばっかり勧めたらご飯の方が余っちゃうじゃないですか!」
「おぉっと、こりゃ失礼。その酒、豆料理にも抜群に合うんだ。いっぱい食べとくれ」
皆の会話を聞きながら、それこそ様々な組み合わせを試してみた。
どれも美味しい、お酒にもよく合う。
勿論他のお酒を試してみても、多くの“合い方”というモのがあるのだろうが。
今日は、このお酒と食事で楽しませて頂こう。
明日にはまた別の物、明後日にはまた他の物。
一つの料理でも、幾つも合う酒がある。
その逆も、また然り。
やはり食事というモノは面白い。
いくら求めても、次々と新しい発見があるのだから。
そして時代が流れれば、また未知なる料理が生れて来る。
「はぁぁ……幸せ」
「リオナ、あまり飲み過ぎないで下さいね?」
相も変わらず、アーシャからは小言を貰ってしまうのであった。
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