第4話 人との繋がり
「いやぁ、やっぱり揚げ物は良いね。楽だし何より美味しい」
「俺はバター焼きも好きでしたけど。アレはどっちかと言うと蒸し料理になるんですかね? 野菜の水分を利用している訳ですし」
「美味しければ何でも良いさ。他にも色々あるから、今度教えるね」
なんて会話をしながら、私達は街道を歩いて行く。
森の中を歩いた方が獲物も見つかるので、狩りとしては其方の方が助かるのだが。
とにかく道が悪いのだ、というか道が無い。
そんな訳で山を下り、今は次の街へと歩を進めている状況なのだが。
「ねぇアーシャ、今度はあの魚の天ぷらと一緒にご飯……えぇと、ライスを食べようよ。実はね、少し遠い国の物なんだけど、天ぷらと凄く合うソースを持っているんだ」
「おぉ、良いですね。でもライスって結構食べるまでに手間が掛かるって聞きますけど……俺が昔住んでいた所では、パンが主流だったので」
「なに、精米されていればパンを一から作る程じゃないよ。国によりけりって話にはなってしまうけど、私が買い込んだ所のは凄く綺麗に処理されているから。凄く簡単」
「そうなんですか? であれば今度作り方を教えて欲しいです」
いやはや、本当に平和な世界になって良かった。
街に寄れば質の良い食材が手に入るし、何より技術力がどんどん上がっている。
外でも自分で美味しい物が手軽に作れるというのは、とても良い事だ。
こんなにも当てのない、根無し草をしている私の様な存在にとっては余計に。
更に言うならここ最近料理を覚えたアーシャが作った天ぷらだって、とても美味しかった。
サクッと気持ちの良い音がする衣に、中にはフワフワとした魚の白身。
前回はシソも入れたのだ、不味くなる訳がない。
サクサクと楽しい食感に、じんわりと広がる魚の旨味。
そしてシソのサッパリとした味わいと来たら……もう、思い出しても涎が出て来る程だ。
揚げ物なのにさっぱりって表現もおかしいのかもしれないが、気分的にはそんな感じ。
あぁいう変わり種というか、趣旨に背いた様な組み合わせって何で美味しいんだろう。
勿論重たい料理を更にコテコテにさせるというのも好きだけど。
次の街に着いたら、また色々と探してみよう。
その為には、今からお腹を空かせておかないと。
などと思いつつ、二人でブラブラと歩いて行けば。
「お二人さん、乗って行くかい? 次の街まで行くのなら、結構歩く事になるぜ?」
行商人だろうか?
私達の隣に並んで来た馬車に乗った男性が、ニカッと気持ちの良い笑みを浮かべながらそんな事を言って来た。
これもまた、平和な時代の象徴と言っても良いのだろう。
昔だったら、誰とも分からぬ相手を荷馬車に乗せたりはしなかったのだから。
「よろしいのですか? 我々の素性も知れないのに」
こちらも微笑みを返しながら、声を上げてみれば。
彼はカッカッカと盛大に笑いつつ、アーシャの事を指さした。
「確かにローブを頭からすっぽり被ってりゃ、警戒もするわな。でもそっちの子はまだ子供だろう? そこまでちっさいのに、この距離はキツイと思ってな。余計なお世話だったかい?」
「いいえ、助かります。是非同行させて下さい。護衛くらいは、引き受けますので」
それだけ言ってからローブの前を開き、腰に差した長剣を見せつけた。
まぁ、ほとんど飾りだけど。
とはいえ、コレがまた意外と効果があるのだ。
「ハハッ! こりゃたまげた、まさか女剣士さんだったとは。良いよ、乗りな! この辺じゃ盗賊だの魔獣だのの心配はないが、いざって時は頼むぜ?」
クククッと楽しそうに笑う彼は荷馬車に親指を向け、私達に乗り込む様に指示して来た。
正直、私だけならいくら歩いた所で問題はないが。
今ではアーシャも居るのだ、これは助かった。
そんな感想を残しながら馬車へと乗り込んでみると、大きな木箱が幾つも目に入って来る。
「どんな商品を取り扱っているので?」
御者席の近くまで寄ってから、適当な声を掛けると。
彼は楽しそうに笑いながら。
「次の街は、結構食の取り扱いに拘っている様な所でな? それに使う道具とか、燃料何かが殆どだな。燻製ってあるだろう? ありゃ使う木によって香りも随分と変わってなぁ。それなりに遠い国からでも、良質なモンを仕入れてるって訳よ。サクラって木を知ってるかい? アレを使った燻製チーズなんか最高だぜ? 本当に香りが良い」
「それは何とも……興味深いですね。ちょっと詳しく教えてください」
思わず話題に食いついてみれば、御者の男性からは笑い声が。
私の隣に座るアーシャからは、やれやれと溜息が聞えて来た。
もしかして、呆れられてしまっただろうか。
でも私はコレといった目的無く旅を続けているのだ、そして興味が湧いたのはご飯。
だからこそ、コレは旅の目的と言っても過言では……って、そんな事を言った所で食い意地の張ったドラゴンに他ならないのだが。
「ホラ、これ食ってみな。俺が愛用してる干し肉だ、次の街で売ってるヤツだな。干し肉だからって、甘く見るなよ? 他で売っている塩辛いだの、固いだけの代物じゃねぇぞ? じわぁって来るんだ。こう、なんて言うんだ? 旨味が凝縮されてるっつぅか」
「いただきます!」
彼が差し出して来た干し肉をすぐさま受け取り、二人分にする様に割いてみたのだが。
あぁ、なんだろう。
これ本当に干し肉?
繊維に沿って千切ってみれば、簡単に二つに割けた。
片方をアーシャに渡してから、二人揃って口に運んでみた結果。
おぉ……これは凄いぞ。
食文化の進化、万歳。
「お、美味しい……凄くお酒と合いそう」
「凄いですね、コレ。干し肉なんて所詮は保存食料、なんて思っていた常識が覆りそうです」
二人して、黙々と干し肉を噛みしめた。
正確には燻製肉と言った方が良いのだろう。
しかしながらこれなら確かに保存も利きそうだし、何より美味しい。
噛めば噛む程、ジワジワと独特なお肉の味わいが口の中に広がって来る。
何かと合わせてご飯にするっていうより、単品で食べても肴になる事間違いなし。
「ハハッ! 気に入ったかい? そんなのは、次の街ならどこでも売ってるよ。良かったら旅のお供にしてくんな」
豪快に笑う御者であったが、こんなものを頂いてはお返しをしなくてはいけないだろう。
と言う事で。
「あの、売り物にパンとかありますか? 出来れば柔らかい物。もしも持っているのなら、一つ売って欲しいのですが」
「パン? あぁ~売り物にはねぇな。運んで売れる程の価値が、この辺じゃねぇし。俺の昼飯にとっといたヤツで良ければ……ホラ、やるよ。肉喰ったらパンが食いたくなったのかい?」
何てことを言いながら、彼は腰に下げた魔法袋から随分と柔らかいパンを取り出して此方に渡して来た。
おぉ、コレなら十分。
と言う事で。
「アーシャ、包み紙を折って貰える?」
「前に教えてもらった形で大丈夫ですか?」
「うん、問題ないよ」
そんな会話をしながら魔法袋から色々取り出し、アーシャは包み紙を、私はナイフを取り出してパンを半分にカット。
更には野菜を詰め込んで行く。
私達が今持っている食糧なんて、魚がメインだからサッパリした物の方が良いだろう。
と言う事で、野菜を敷いた上にシソ入り川魚の天ぷらを乗っけて、天ぷらに合うソースをかける。
パンと合わせるのなら、本当はフライの方が良かったのだが……でも多分、この魚の旨味ならどうにかなる筈。
と言う事で大根のスライスや山菜を乗せてもう一度ソースを掛け、アーシャに折って貰った紙に包んでから。
「良かったらどうぞ、本当ならライスの方が合うのですが。魚の天ぷらとその他諸々を挟んだサンドイッチです」
そう言って差し出してみれば。
「おぉ? こりゃまた、悪いね。しかしテンプラ……ってのは何だい?」
「ちょっと遠い地方ですけど、フライとはまた別の形の揚げ物ですね」
「ほぉ、そりゃ楽しみだ。頂くよ」
そんな事を言ってバクッと噛みついた御者は、しばらく無言でもぐもぐと咀嚼を繰り返し。
そして。
「旨い、旨いが……これなら、確かにライスで食いてぇなぁ……特にこのソースだ。抜群に合うんじゃねぇか?」
「あぁ~やっぱりサンドイッチやバーガーにするなら、フライの方が良いですかね」
「そうかもなぁ。でも、このテンプラってのは滅茶苦茶旨いな。何処の国の作り方だい?」
「あぁ、それなら――」
何だかんだと話している内に、私達は次の街に到着してしまった。
非常に大きな門、兵士達も多い。
つまり、ちゃんと繁栄している国って言う事なのだろう。
大体の国は、門と守っている人を見れば分かる。
しっかりと防衛している国、最低限の人数でどうにかしている国。
そして兵士達の表情と、痩せているのか肉が付いているのか。
そういうモノでも、結構分かるモノだ。
「なぁアンタ等。急ぐ用事はあるのかい?」
皆揃って身分証を提示しながら、入国待ちをしている間。
行商人のおじさんがそんな事を言って来た。
ちなみにアーシャに関しては、前回の国で身分証を作っておいた。
私が奴隷契約書を引き裂いてしまったので、出国の際に必要になった訳だが。
「これと言って、何もありませんね。急ぐ旅ではありませんから」
「そうかそうか! なら、良かったら俺の家に来ないか? 実は俺、ココが故郷なんだよ。俺の母親と、嫁さんが住んでる。なぁ、アンタ等さえ良ければ二人にもテンプラって奴を食わせてやってくれないか? もちろん宿代なんて取らねぇし、気に入らなければすぐに出て行ってもらっても構わねぇ。どうだい?」
行商人の男性は、随分とワクワクした表情でそんな事を言って来るではないか。
多分この人も、そしてその家族も。
きっと食にはうるさいというか、楽しんでいる家庭なのだろう。
ならば、私としては大歓迎だ。
「えぇ、是非。そこらで宿を取っても、適当な室内では天ぷらは作れませんから」
「ダハハッ! 確かに! 借家で油物なんて作ったら、すぐさま追い出されちまうな。よし、それなら今日はウチに泊まれ。ボウズもソレで良いな? ウチの料理にはなっちまうが、この街の旨いモン食わせてやるから期待しておけよ?」
豪快に笑う行商人が、アーシャの頭をガシガシと撫でている内に。
此方の身元調査が済んだのか、私達はあっさりと街に通された。
そして、目の前に広がるのは。
「凄いですね……とても活気に満ちています」
「そうだね、アーシャ。これこそ、街って感じがするよ」
二人揃って、そんな感想を溢してしまうのであった。
入国門を通ってからすぐに露店は立ち並び、どの店も全力で客を呼び込んでいる。
色々な料理、見た事も無い料理。
食材から調味料まで、実に様々だ。
コレは、市場に行くのが楽しみになって来た……などと思って周囲を観察していれば。
「お二人さん、乗りな。まずは“宿”に向かおう。旅人なら、最初に確保すべきはソコだろう?」
馬車に乗ったその男が、私達に対して綺麗なウインクをかまして来るではないか。
色々気になる店が立ち並んでいるが、今はお預け。
こういうのも、やはり旅の醍醐味というモノだろう。
「期待しているよ、行商人。良い宿を頼む」
「おう、任せとけ。俺の母ちゃんと嫁の料理は、世界で一番旨いからな」
カッカッカと笑う彼の馬車に、私とアーシャは急いで乗り込むのであった。
あぁ、楽しみだ。
新しい出会い、新しい知識。
そして何より、新しい料理。
こういうのがあるから、旅は止められない。
「リオナ、材料を仕入れてから行かなくて平気ですか? 多分俺達も作る事になりますよ?」
「まぁ、大丈夫じゃない? アーシャがいっぱい魚釣ってくれたし」
なんていう会話を挟みつつ、私達は馬車に揺られながら新しい街を眺めるのであった。
この街は、良いぞ。
凄く活気があるし、どこからも良い匂いがするではないか。
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