第3話 笑って食べるご飯


「はぁ……全く」


 思い切り溜息を溢してみれば、夜の森の中では小さな声でもよく反響する。

 “リオナサレイヤ”。

 黒いローブに身を包む彼女に保護されてから、もう一月も経った。

 これでも俺は、元々は貴族の出だったのだ。

 しかし他国とのいざこざに巻き込まれ、我が家の事業も赤字続き。

 そして最終手段として、子を売った。

 最初は俺の弟や妹達から売るつもりだった様だが、父親に無理を言ってまで俺を売って貰った。

 こうすれば、弟や妹達たちは助かるかもしれないから。

 俺は長男だから。

 家としては、俺を残しておかなくては困るかもしれないが。

 それでも、俺にはアイツ等を守る義務があるから。

 そんな訳で奴隷に身を落としてみれば、運搬中の馬車が魔獣に襲われるって何だ。

 悪い未来だったにしても、新しい人生は成り立たず。

 森の中を逃げ回っていた俺を保護したのは……結局似た様な存在。

 彼の家で、家畜みたいな生活を続けていれば。

 ある日突然、借金か何かの代わりに差し出されてしまった。

 あぁもう、滅茶苦茶だ。

 家族がどうなったのか分からないし、俺自身どうなるかも分からない。

 もう、何て言うか……疲れた。

 全てを諦めて、乾いた瞳を浮かべていた筈なのに。


「君、名前は?」


 黒いローブで、顔をフードで隠した女は。

 泣きそうな顔で俺の事を見つめて来たのだ。

 あぁ、違う。

 この人は、俺が今まで関わって来た人達と全く違う。

 自然とそう、思ってしまったのだ。


「名前は……もう無い。今は名乗る事も許さていない」


 呆然としながら、そう答えてみると。

 彼女は柔らかい微笑みを溢してから、俺の頭に手を置いて。


「共に行こう」


 非常に短い言葉で、俺の人生に光を差してくれた。

 コレが俺にとっての“リオナサレイヤ”。

 その後聞いた話により、彼女が竜人であったり、前回の様な博打の現場でも魔法を使ってイカサマをしてる事等など。

 色々聞いている内に、徐々に警戒心が薄れて行ったのは確かだ。

 だって最初の男に掴まった時、俺は男娼として売るとか、肉体労働の為の奴隷になるとか、色々言われたのだ。

 だというのに、彼女は一切そういうモノを求めなかった。

 俺に生きる術を教え、共に生き、一緒に旅をする。

 それだけだったのだ。

 初日に奴隷の契約を引き裂いて自由にされた事も驚いたが、コレにも驚いた。

 先程も言ったが、彼女は魔法が使える。

 今の時代魔法を使える人間なんて、本当に一握り。

 だというのに、彼女は本当に息をするかのように術を行使する。

 彼女は、どこまでも規格外。

 凄く恰好良くて、綺麗な女の人。

 そう、憧れ続けられれば良かったのだが。


「アーシャぁぁ……手伝ってぇぇ……」


「はいはーい! 今行きますから、ちょっと待って下さいねー!」


 リオナサレイヤ、通称リオナ。

 俺が馴染み始めたら、彼女からすぐさま恰好良い雰囲気が消えた。

 というか、物凄く緩くなった。

 もはや慣れて来たけど、最初との印象の違いが凄い。

 そして竜人の彼女には、角が生えている。

 更に言うのなら、驚く事に……人間の爪みたいにどんどん伸びるのだ。


「おぉ、結構伸びましたね。この短期間で」


「邪魔だし目立つし、要らないよこんなの……」


 最初酒場で会った時の雰囲気が嘘みたいに、俺の前だと少しだけ子供みたいな口調になる。

 本当に、あの頃のリオナは何処に行ってしまったのか。


「毎回言いますけど、俺もリオナにのこぎりを向けるのは気が引けるんですが……」


「でもこのままじゃ次の街に入れないし、切ってぇ……お願いだからぁ……」


「今までどうしてたんですか?」


「上手く行かない時は、こう……ボキッて」


「怖い怖い怖い。分かりました、俺がやります。大人しくしていて下さいね」


 もはや聞くのが怖くなり、彼女の頭から生えた角に対してギコギコと鋸を進めていく。

 わ、わぁ……いつもながら、滅茶苦茶こえぇ……。

 でもコレをしないと、彼女の頭部から生えている角は隠せない。

 竜人だからなのか、角が伸びるのが異常に早いのだ。

 獣人なんかでも角が生えている種族は居るが、それでも彼女程伸びるのは早くない。

 むしろ一生を掛けて伸ばし続けた角を自慢している奴らだって居るくらいなのに、リオナの場合放置したらどれ程立派になってしまうのか。

 角のある獣人もいるのだから、そこまで目立たないのでは? とは言ってみたのだが。

 竜の角と言うのは形も独特だし、分かる人から見たら一発でバレると教わった。

 そんな訳で、ギコギコと鋸を進め片方の角を落としてみれば。


「ふぅぅ……スッキリした」


「散髪じゃないんですから……それから、その……痛くないんですか?」


「痛くないよ? 角だし。コレも竜の角だから、次の街で高く売れるし」


「そうですか、とりあえず安心しました。色んな意味で」


「あ、でもギコギコされている時の振動は直接頭に響いてくる感じで……」


「聞きたくない聞きたくない! 怖くなっちゃいますから止めましょう!?」


 と言う訳で、もう一本の角もギコギコ。

 本当に慣れないし、この人に刃を向けるってのがそもそも恐ろしいが。

 それでも、生きて行く為に必要な事。

 彼女が“竜人”だと判明してしまえば、騒ぎになる事は間違い無いだろう。

 今では害獣みたいな扱いを受けている“竜”。

 しかも人型に変化出来る特殊個体となれば、物珍しさから欲しがる人間は多いと予想出来る。

 リオナは“昔はいっぱい居た”みたいな事を言っているが、此方としては初めて見たのだ。

 そもそも“竜人”なんて、彼女と出会ってから始めて聞いた程。

 だからこそ、彼女の存在が公になってしまえば……きっとこれから、一緒に居られなくなってしまう。


「はい、終わりましたよ。両方とも切り終りました」


「ふぁぁ……ありがと、頭が軽くなったよ」


「いちいち感想が軽いですね、ホント。竜がソレで良いんですか」


 そんな言葉を溢しつつ、彼女の角を魔法袋に放り込んだ。

 コレも結構なお金になるとの事で、というか彼女にとっての資金の源だったりするらしい。

 この人、自分の角を売って生きて来たのか。

 ある意味凄い、言葉通り身を削って生き残っている。

 そしてこの“魔法袋”。

 見た目に反して大量の物品が仕舞えるという、魔術的な要素が付与されている道具ではあるのだが……本当に凄いな。


「アーシャもお疲れ様、ご飯にしようか。お腹空いたよね」


「そうは言いますが、今日は狩りをしていません。なので昨日と同じ様な物しか作れませんよ?」


「あーそうか。でも調味料は好きに使って良いって言ったよね? 同じ食材でも、色々作れるよ?」


「すみません、リオナ。俺はあんまり料理を知らないので、教えられたモノしか作れないんです」


 彼女に対して頭を下げてみれば、リオナはクスクスと柔らかく笑いながら。


「それじゃ、新しい料理を覚えようか。今日は一緒に作ろう、新メニューだ」


 なんて言葉を呟いてから、彼女はすぐさま調理道具を準備し始めた。

 そして取り出されたのは先日釣った魚各種と、バターなど。

 魔法袋があると、こういう食材も傷ませずに持ち運べるから便利だ。

 彼女が使っているのは、本当に普通のバッグにしか見えない肩掛けの魔法袋。

 長い旅の中で、良い品物を見つけたから愛用していると言っていたが。

 こういう代物って、容量が大きくなればなるほど高かったような。

 まぁ、金額に関しては今更気にしても仕方ないんだろうけど。


「あ、あの。俺もお手伝いを……」


「うん、それじゃ頼もうかな。よろしく」


 と言う訳で、見様見真似で魚を捌いていく。

 まだ旅に同行し始めてから全然経っていないので、こういう事もひとつひとつがとても新鮮だ。

 元々裕福ではないにしろ貴族の家で育ったのだ、厨房に立った事など無かった。

 だからこそ、新しい知識や経験はとても楽しい訳なのだが。


「また揚げ物ですか?」


 魚を捌き終わった頃に、昨日と同じ調味料と油を準備し始めたリオナ。


「揚げ物美味しいから、別に良いでしょ?」


 まぁ、はい。

 美味しいから好きだけど。

 というか、彼女の作るご飯はいつだって美味しい。

 ちょっとキノコは苦手だけど、でも俺は好きだ。

 家に居た頃はもっと良い物を食べていた筈なのに、今では彼女の作った料理の方が好きだと断言出来る。

 あの頃でも、そこまで堅苦しい雰囲気があった訳じゃないけど。

 それでもやはり、礼儀作法は守らなければいけない訳で。

 今の様に自然体で食事を楽しむ事は少なかった気がする。

 自らの手で食材を確保し、ソレを料理して、誰かと共に笑いながら食べる。

 多分俺は、彼女と食べるご飯が好きなのだ。

 一緒に笑いながら食事を摂るという行為に、たまらなく心が満たされている。

 少し前まで酷い生活だったからというのも有りそうだが。


「アーシャは天ぷらお願いしても平気? 火傷しないように気を付けてね」


 そんな事を言いながら、開いた魚の身に何やら葉っぱをくっ付けて行くリオナ。


「それは?」


「シソ」


「しそ」


「食べられるよ?」


「あ、はい。それは知ってます」


 よく分らないけど、とりあえずシソをくっ付けたヤツから揚げていけば良いらしい。

 そんな訳で、もはや慣れたと言って良い作業を始めた。

 リオナは結構揚げ物が好きだ。

 本人は楽だから、とか言っていたけど。

 普通は油の処理とか色々あるので、面倒くさがりそうなモノなのに。

 まぁ鍋ごと魔法袋に突っ込むので、関係ないのか。

 とか何とか思いつつ魚の天ぷらを揚げていけば、隣でフライパンを準備し始めるリオナ。


「そっちは何を?」


「バター焼きだねぇ。大したモノじゃないけど、美味しいよ?」


 熱せられたフライパンの上にバターを放り込み、溶けだしたバターを全体に広げてから魚を並べていく。

 そして上から塩やら胡椒やら、更にハーブの類も加えてからカットしたレモンを一つ。

 周囲に野菜を散りばめて、蓋をして中まで火を通していく。


「あ、レモンって最後に乗せるんだっけ……? まぁ良いか」


 こんな風に、結構適当。

 でもどうせ食べるのは俺達だけなのだ、少しくらい失敗しようと美味しければ問題ない。

 などとやりつつ、しばらく待っていれば。


「はい、出来たよー」


「こっちも終わりました、魚ばっかりになっちゃいましたね」


「アハハ、まぁ旅の道中なんてそんなものだよ」


 軽い笑い声を上げながら、彼女がフライパンの蓋を取り去ってみれば。

 ブワッと周囲に広がる湯気と、バターと魚のまろやかな香り。

 そして湯気の向こうから姿を現したのは、良く火が通っているであろう美味しそうな肉厚の魚の開きと、その周囲にゴロゴロ転がっている野菜達。

 小さなキノコなども入っているが……いや、何も言うまい。

 きっとバターで凄く美味しくなっている筈だ。

 今日も食べてみよう。

 火から外したフライパンを、彼女はそのままデンッと俺達の真ん中に置き。

 此方は揚がった魚の天ぷらを大きな葉の上に並べてから、その隣に置いた。

 ついでとばかりに飲み物と、保存用の乾パンも準備し終わってみれば。


「それじゃ、食べようか。いただきます」


「はい、いただきます」


 二人揃って祈りのポーズを取るが、コレといって祈りの言葉は無し。

 別に神様を信じている訳でもないので、もはや食前の挨拶みたいなものだ。

 と言う事で二人揃ってフォークを手に、本日の食事へと手を伸ばすのであった。

 あっ、バター焼き凄い。

 噛みしめると、ジュワッと口の中に旨味が広がる様だ。

 滅茶苦茶美味しいぞコレ。

 そんな事を思いつつバクバクと口に運んでいれば。


「フフッ、気に入ったかい?」


「はいっ! 凄くまろやかな味になってます! それに野菜もしっかりと旨味を吸収してて、凄く好きです!」


「それじゃ、明日はアーシャが作ってみようか」


 などと会話をしながら、俺達の食事は進んで行くのであった。

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