第2話 ご飯を食べよう


「アーシャ、アーシャー? 背中流してくれない?」


「あ、はい。ご飯作ってる途中ですけど、焦げても良いですか?」


「うっ、それは不味いね。それじゃ今日はいいや、自分で洗う」


 などと会話しながら泉で水浴びをしていれば、背後からは随分と良い匂いが漂って来た。

 私が賭けに勝った際貰った奴隷、アーシャ。

 元々の名前は名乗りたくないとの事で、最初はコレといって名称を決めず。

 赤目とか銀髪とか呼んでいたのに。

 一緒に過ごす様になってから、寝ぼけてふにゃふにゃしながら適当に呼んだらソレっぽく聞こえたらしい。

 何て事があり、彼はその日からアーシャになった。

 ちょっと女の子っぽい名前になってしまったけど、立派に男の子。

 そして奴隷と言えば、主人に絶対服従。

 だからこそ私の秘密を知っても、他者に漏らす事は出来ない。

 これは何と好都合な存在か、なんて思っていたのに。

 私は奴隷の扱いどころか、契約の方法を間違って覚えていた様で。

 彼を貰ったその日の内に奴隷契約書を引き裂いてしまったのだ。

 結果、彼の首に嵌っていた奴隷の首輪は解除され、普通に自由。

 だというのに、彼は未だに私の元で共に過ごしていた。


「アーシャ、キノコは食べられる様になった?」


 バシャバシャと水を浴びながら、料理中の彼にそんな声を掛けてみれば。


「まぁ、ずっと森の中で暮していれば食べるしかないですよね。嫌いでも、食べないとお腹が膨れませんので」


「そっかぁ、まだあんまり好きじゃないのかぁ」


 アーシャは最初、本当に感情が無いんじゃないかって程反応しなかった。

 此方が何を言っても非常に物静かだったし、黙って付いてくるだけの存在に近かった。

 私は随分と長い事一人旅をしていたので、同行者が出来ると内心ワクワクしていたのに。

 彼の反応が結構淡白だったので、最初は非常に不満を覚えたものだ。

 そんな訳で、ガリガリのその子に対し街中で色んなものを食べさせたり、色んな服を買ったりしてみた。

 服に関しては着せ替え人形状態だったが、食事に関しては結構良い反応が見られたのだ。

 食べて良いよと言葉にすれば、キラキラした瞳でガツガツとご飯を食べる少年。

 やはり奴隷なんて立場に居れば、あまり良い物は食べられなかったという事なのか。

 なるほど、この子を攻略するにはご飯か。

 そう思い立った私は、普段よりも多くの食料を買い込んでから街を離れた。

 そしてまたしばらく経ってみれば……この通り。

 普通に喋ってくれる同行者を確保した訳だ。

 しかも教えればすぐに覚え、率先して手伝ってくれる。

 良い子、とても良い子。


「お前は私の奴隷だ。私の事を何か知っても、他言する事を禁止する。これは……命令だ!」


 なんて言葉を放ってから奴隷契約書を引き裂いてしまった私に、とても冷たい瞳を向けて来た彼はもう居ない。

 今思えば、多分ドン引きしていたのだろう。

 だって、命令しながら自由にさせるという意味の分からない行為を目の前で繰り広げていたのだから。

 一応言い訳しておくと、どこかの小説に書いてあったのだ。

 とても強い魔術契約を行い、ソレを引き裂く事で一生契約は続く……みたいな。

 そういうものなのかと記憶していた為、本にあった通りにしてみたのだが。

 どうやらアレは、架空の魔術と言うか。

 もしくは登場人物の馬鹿さ加減を描いた描写だった様で。

 見事、私は馬鹿を演じてしまったらしい。

 未だに人間の作った魔術は理解しがたい点が多い。

 まぁ私も率先して調べている訳ではないので、仕方のない事なのだが。

 結果、今アーシャは自由の身。

 でも私の旅に付いて来てくれる可愛い子。

 いやホント、子供って感じがして和む。

 見た目からして、歳の頃は十と少しと言った所か。

 何でも好き嫌いせず食べていたのに、キノコを食べた瞬間ぶえって顔をしながら吐き出したのも、今では良い思い出だ。

 とはいえ、一緒になってからそこまで時間は経ってないけど。


「ねぇアーシャ、キノコの美味しい食べ方を知ってるんだけど、試してみないかい? 油で揚げるの」


「“リオナ”、貴女は今身を清めている最中ですよ? それなのに揚げ物って正気ですか? また水浴びしないと匂いが凄い事になりますよ?」


「それじゃご飯の後一緒に水浴びしようか」


「“リオナサレイヤ”、貴女は女性としての自覚が足りない気がします」


「女性の前に、竜ですのでー」


 アーシャからは呆れたため息が聞こえて来るが。

 私は元々、竜なのだ。

 所謂、竜人。

 とはいえこの世界には、竜人とは正式な種族として認められていない。

 物語上の生き物の様に扱われる存在、ソレが私。

 簡単に言うと、数が少なすぎて種族として認識されていない。

 争いが勃発していた時代ならまだしも、今みたいに平和な時代になってしまっては、竜そのものが害獣扱いを受けている程。

 そしてその血を引いている人型の種族、竜人。

 なぁんて本では語られているが、実際の所は“人の形に変異出来る竜”に他ならないのだ。

 私だって竜の姿は持っているけど、一時的に化けていると言う訳ではなくどちらも“私”。

 竜とは、知性のある生き物だ。

 だから魔術も使うし、言語を使って他種族と交流も取る事が出来る。

 そんな訳で、他種族とより交わる為に進化した存在。

 それが私のような特殊個体、人型に変わる事の出来る竜“そのもの”と言う訳だ。

 でも時は流れ、私の様な存在も随分と数が減った。

 人の姿と竜の姿に自在に変化出来る個体は減り、今ではほとんど知能のない獣みたいな竜がいくつも観測されている。

 つまり、竜はただの獣に成り下がりつつある。

 とは言えそれも時代の流れ、抗うつもりは無い。

 私は私で、群れから離れて好きに世界を旅しているという訳だ。


「アーシャ、キノコは確かにブニブニするかもしれないけど。料理次第ではとっても美味しいんだよ?」


「あ、はい。それは分かってるんです、食料として扱われている訳ですし。分かるんですけど……」


「食べられない事はない、まで行ったのはとっても偉い。でも私は、アーシャにキノコも美味しいって思って欲しいなと思ってね」


 クスクスと笑いながら服を着て、彼の元へと戻ってみれば。

 私の教えた通り、しっかりと料理を作っているアーシャの姿が。

 まだ彼と行動を共にしてから時間は浅いと言うのに、本当に学習能力が高い。

 コレが人間、種族としてしっかりと認められている者の思考能力。

 長寿故に、サボって何十年も掛けてダラダラと覚える竜とは全く違う。

 この光景を見る度に、何だか嬉しくなるのだ。


「兎肉と野菜を使ったスープに、川で釣った魚の塩焼き。パンはいつもの長持ちする奴かな?」


「乾パンに関してはどうしようもなくて……すみません。次の街に着いたら、もう少し美味しく食べられる物を探してみます」


「前の所は、あまり良い品が売っていなかったしね。仕方が無いよ」


 いやぁ、うん。

 常に一生懸命な姿勢も、やはり短命種であるからなのか。

 私の目にはとても可愛らしく映ってしまう。

 竜の姿に戻ってしまえば、野営なんてする必要も無くすぐに次の街に着く事も可能なのだが。

 でも、この時間を無くしてしまうのは勿体ない。

 これこそ旅の醍醐味だ。

 それに、アーシャには竜の姿を未だ見せた事は無いのだ。


「よいしょっと」


 アーシャが集め来た薪を貰い、魔法で適当に石を集めてから簡易竈を作り。

 鍋を固定してから、ドバドバと油を注いでいった。


「本当に良いんですか? 身体を洗ったの後なのに、揚げ物なんて。それに、油の残りは……」


「“魔法袋”に入れるから大丈夫だよ。一回使って捨てるみたいな、無駄な使い方はしないから」


 フフッと笑いながら油を熱し、その間に衣に使う液体を作っていく。


「物凄く今更と言うか、俺が世間知らずなのもあるかもしれませんが。普通のドラゴンは料理したり、キノコ料理をお勧めしたりしないと思います」


「まぁ、確かに? 最近の竜なんて、そこら辺の獣とか家畜とかバクバク食べるし。野蛮だよねぇ、生のまま食べても美味しくないだろうに。お腹壊さないのかな?」


「……リオナが普通に生活していた頃のドラゴンって、何食べてたんですか」


「もう何百年前って話になるけど、ウチの縄張りに居たお爺ちゃんは草食だったよ? お肉嫌いだったんだよね」


「もう良いです、何かどんどんイメージが崩れる気がするので」


 と言う訳で、たっぷりと液体に付けたキノコを油に落とす。

 薄くスライスされている為、アーシャが嫌いなブヨブヨ感は少ないだろう。

 むしろキノコが好きな人にとっては、薄すぎて衣しかないとか言われそうだけど。

 でもまぁ、本人が嫌悪感なく食べられるならそれで良い。

 本当にちょっとでも、嫌いが好きになってくれれば、それで良いのだ。

 そして今作っているのは“天ぷら”。

 結構遠い国で食べられていた物なので、此方では物珍しさが勝つかなと思ってコレにしてみた。

 長い箸を使って揚がった天ぷらを皿に盛りつけ、火傷しない程度に少し熱を逃がしてから。


「ホラ、アーシャ。あーん」


「うっ! 単品で行くんですか!?」


「大丈夫だよ、物凄く薄くスライスされてたし。あ、塩振ってあげるから。はいどうぞ」


 そんな事を言いながら、追加の塩を振ってから彼に差し出してみれば。

 相手は非常に渋い顔をしながら天ぷらに齧り付いた。

 そして。


「いつもより全然平気ですけど……まぁ、その。美味しいデス……」


「あはは、まだちょっと辛かったかな? でも偉い偉い、ちょっとずつでも色んな物を食べてみよう」


 カラカラと笑いながら、残った天ぷらは此方の口に放り込んだ。

 うん、美味しい。

 サクサクしているし、キノコらしい食感と味もしっかりと伝わって来る。

 私としては、もう少し厚切りにして噛み応えを楽しんだり。

 欲を言うならスライスせず、そのまま天ぷらにしても美味しく頂けるのだが。

 でもまぁ、まだまだ幼いアーシャにはキノコは合わなかった様で。


「大人の味って奴なのかなぁ?」


「っ! もう一口! もう一口食べます!」


「お? 今日のアーシャは頑張るね。はいどうぞ、キノコの天ぷらだぞー」


 小さいその子は、ガブッと天ぷらを一口で頬張った後。

 しっかりと咀嚼して飲み込むのであった。

 普通小さい子は、嫌いな物は噛まずに飲み込むとか、他の物と一緒に食べそうなモノなのに。

 でも彼は、しっかりとその味を確かめようとしている。

 本当に、短い期間で私好みの男の子になったものだ。

 長年続けていた旅で、私が求めた最大の物。

 それは、食事だ。

 別に豪華じゃなくて良い、普通で良い。

 でも毎日違うモノを食べたり、美味しいと言える環境があるのなら。

 正直最高の人生と言って良いだろう、そう心から思っている。

 そして共に食卓を囲んでくれる存在が居るのなら、どれ程恵まれた環境に身を置いている事か。


「……前より、慣れてきました」


「そっかそっか、良い兆候だよ。他の物も一緒に食べようか、警戒してばかりでは食事でも疲れてしまうだろう?」


 クスクスと笑いつつ、改めて本格的に食事を始める私達。

 保存が利くパンに、野菜と兎肉のスープ。

 釣った魚の塩焼きに、今しがた私が拵えた天ぷら。

 油はあるから、また別の物を作っても良いかもしれない。

 そんな具合に、私達の旅は続くのだ。

 別に目的がある訳でも、急ぐ旅でもない。

 だったらこの子が大人になるまで、私が傍に居てあげても良いだろう。

 奴隷として幼い頃を過ごした少年なのだ。

 これからは沢山楽しい思い出を作って、気に入った街と出会えればそこで別れても良い。

 人生とは、他者との出会いとはそういうものだから。


「山菜をもう少し揚げてしまおうか。蕗の薹とかあったよね?」


「リオナ……僕の苦手なモノばかり作ろうとしていないですか?」


「でも私は好きだから、アーシャにも好きになってもらいたいなって。駄目?」


「……大丈夫です、食べます」


「偉い偉い、流石男の子」


 そんな会話をしながら、野営だと言うのに揚げ物を楽しむ私達。

 コレもまた技術の発展と共に、平和な時代になったからこそ。

 私の様な竜人と、普通の男の子が一緒に居られるのだから。

 とはいえこれも、一般の人に知られれば平穏では無くなってしまうのだろうが。

 でもまぁ平和な内は、こうしてゆっくり食事が採れるというものだ。

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