竜人リオナサレイヤは、食の為に旅を続ける。

くろぬか

第1話 賭け事


 夜の帳が下りた頃、とある酒場にて。

 一つのテーブルに付いた男三人と、黒いローブを頭からすっぽりと被った女が博打を行っていた。

 四人を眺めている周りの者達は、彼女に対して同情の瞳を向けていたが。

 ローブの女が相手している三人組は、ここいらでは有名なイカサマ三人衆。

 とはいえ、イカサマをイカサマとして見抜けなければ勝負は続いてしまう。

 そして彼等は、ソレが異常な程上手いのだ。

 だからこそ、アイツ等と勝負するのなんて旅人か他所の街の人間ばかり。

 今日身ぐるみを剝がされるのはあの女か……などと思いつつも、酒場に居る皆が助けに入らない理由。

 非常に単純だ、彼女が余所者であるという事もあるが。

 顔までフードで隠したその女の声は、非常に美しいモノだったのだ。

 耳に届くその鈴の様な声からして、恐らく若い。

 とはいえガキという程ではなく、とても落ち着いている様に聞えた。

 更に言うなら、フードから零れる銀色の長い髪。

 非常に目立つそれを隠した彼女に対し、どいつもこいつも興味深そうに見つめている訳だが。


「私の勝ち、ですね」


 パサッとテーブルの上に投げられた彼女の手札を見て、三人の相手がギョッと目を見開いた。

 周囲の席から眺めているだけの俺達としては、どんな手札を揃えたのかまでは確認する事が出来なかったが。

 今更ノコノコ集まって行って、周囲を取り囲むのも違うだろう。

 と言う事で、そのまま続く試合を傍観していれば。


「これで、二連勝です」


 再び、彼女はテーブルにカードを開いた。

 おいおいおい、凄いな。

 相手は三人がかりで彼女の事を潰そうとしているのだ。

 だと言うのに、その女は涼し気な声を上げたまま連勝してみせた。

 かなりの豪運の持ち主か、それとも彼女もまたイカサマをしているのか。

 しかし後者だった場合、相手三人よりも格上という事になるのだ。

 しかもコレだけ監視の目がある中で堂々と行動に移し、更には誰にも気が付かれないってのも恐ろしい。

 もしかしたら今日は、面白いものが見られるかもしれない。

 そんな期待と共に、何人かが彼女の周りに集まり始めてみれば。


「嬢ちゃん、さっきの手札……イカサマだろう?」


「では、証拠は? 私はどのような手を使って貴方方に勝利したのでしょうか? 証明できないのなら、イカサマにはならない。でしょう?」


「……」


 彼女の声に、三人は押し黙ったままカードをシャッフルし始める。

 だが……あ~ぁ、こりゃ駄目だ。

 相手も本気を出し始めた様で、明らかにカードを混ぜている時の指の動きが変だ。

 何をどうやっているのか分からないが、あの切り方をされた後は絶対に負ける。

 例えこの瞬間に声を上げようとも、カードその物に異常はない。

 だからこそ、むしろ声を上げた側にペナルティが発生してしまう。

 コレをやられたら、もう嬢ちゃんの負けは確定――


「随分と手癖の悪い事で。勝負の際にその様な無粋な手段を講じるのなら、手首を落とされても文句はありませんね?」


 女はローブの中から短剣を抜き放ち、カードを混ぜている男の手首のすぐ隣、本当に薄皮一枚という所に刃を突き立ててみせた。

 見破ったのか? アイツ等の手癖の悪さを、初見で。

 周りで観察していた連中もゴクリと唾を飲み込む中、相手の男達は逆上し。


「あぁ!? 俺が何したって言うんだよ!」


「さっき自分でも言ってたよな? イカサマだって言うのなら、証明してもらおうか!」


「もしも誤解でこんな真似したのなら、分かってんだろうな!? 素っ裸に引ん剝くくらいじゃ許さねぇぞ!」


 三人揃って怒鳴り声を浴びせていた。

 普通なら、結構な恐怖だろう。

 自らよりも大きな男達に、三人がかりで迫られているのだから。

 だというのに、女はクスクスと笑い声を上げてから。


「では、証明しましょうか」


 それだけ言ってシャッフルしていたカードを奪い取り、テーブルの上に綺麗に並べ始める。

 そのまま四枚おきにカードを裏返していき。


「コレがソチラの男性の手札になるカードです。お見事ですねぇ、初手から勝負が決まりそうな幸運の持ち主です。そして次」


 そのまま二人目三人目の分となる手札を開いてみれば、やはり此方も一手目でかなり強い役を揃えている。

 まるで三人揃って運が良かったが、それでも最初の一人に負けてしまった、と言う様な状況を作り出しているかの様。

 最後に残った嬢ちゃんのカードを開いてみれば……見事に、ブタだ。

 勝負にならない所か、派手に点数差が開いて一発で大金を毟り取られそうな程。


「こ、こんなのたまたまだろうが! 俺が何かをしたって証明にはならねぇ! だとすればアンタは、俺達にとって良い勝負になる筈のタイミングで、全部の手札を開いちまった。どうしてくれるんだよ!」


 諦め悪く未だ潔癖を喚く一人に、彼女は大きなため息を溢してから。


「なら、私も同じ事をやって証明してみせましょうか」


 彼女は再びカードを混ぜ合わせ、綺麗な白い指に幾度もシャッフルしていく。

 そして順番にカードを配っていき、全員が手札を開いた瞬間。


「はい、これで証明出来ましたか? 私一人だけ、初手から大勝ちです」


 男三人の手札は見事にバラバラ、まさにブタ。

 そして彼女が開いた手札は、このゲームにおいて一番得点の高い、普段だったらまず見る事が無いであろう役が揃っていた。


「シャッフルの仕方も独特ですし、無駄に長い。特定のカードを揃えているのが丸わかりです。更に言うのならこのカード、裏面の模様が微妙に違いますよね? そして傷も多い。一勝負すれば、この程度なら見破れますよ?」


 クスクスと笑う彼女に対し、男達は青ざめていた。

 それはそうだろう。

 こんな賭博で、しかも店の客にも今までやって来た手品のネタが割れてしまったのだ。

 俺を含めて、コイツ等に巻き上げられた経験がある者は少なくない。

 そんな訳で、今度はお嬢ちゃんではなく男達の方に人が集まっていく。


「イカサマが発覚した場合は即敗北が決定する、で良かったんですよね? さぁ、全て差し出して下さい。身ぐるみを剥がされたのは、そちらになってしまいましたね?」


 女が笑えば、彼等は舌打ちを溢してから財布をテーブルの上に放り投げた。

 それらの中身を彼女が確認してみれば。


「最初お約束頂いた掛け金が、そもそも足りていない様ですが」


「もうねぇよ……正真正銘全財産だ……」


 コイツ等……どこまで馬鹿なんだ。

 持ってもいない掛け金を吹っかけて、相手をカモにしようとした結果。

 逆に大負けして、ここまでの醜態を晒すとは。

 このお嬢さんが未だどんな人物なのか掴めないが、普通ならそれこそ身ぐるみ剝がされたり。

 借金として、その後しつこく執着されたり。

 家族が居るのなら、担保代わりに連れて行かれたりと色々だ。

 もっと最悪の場合、コイツ等にどうしても支払い能力がないと判断された時は……。


「そうですか、では足りない分として御三方の腕を頂きましょうか。勿論両手です、そしたら今後悪さも出来ないでしょう?」


「は、はぁ!?」


 彼女は、あっさりと一番重い対価を要求した。

 金額次第ではあるが、今この場で首を落とされなかっただけマシ……とも言えるが。

 それでも、喜んで腕をぶった切られる奴は居ない。


「か、勘弁してくれよ! そんな事されたら、普通の仕事も出来ねぇ!」


「ほ、他の事ならなんですもする! だから、な!? 頼むよ!」


 三人の内二人が、必死で懇願するが。

 彼女は未だクスクスと笑っているだけで、返事をしない。

 それどころか、さっさとしろとばかり先程の短剣をテーブルに放り投げたではないか。

 若い女だってのに、恐ろしいもんだ。

 思わずゾッとしながらローブの女を眺めていれば。


「ちょ、ちょっと待っててくれるか!? あんまり表立って言えるもんじゃねぇが……ちゃんと価値のあるモノを持ってくる! だから一度家に帰してくれ! な!? 絶対戻って来るから!」


 馬鹿かと、誰もが思った事だろう。

 そんな言葉をこの状況で信じる奴が居たら見てみたい。

 どう考えても、仲間達を見捨てて逃げる気だ。

 だからこそ仲間二人からも、周囲に集まっている男達からも鋭い視線で睨まれるが。


「いいですよ? 但しこのお店に居る誰かに付いて行ってもらいましょうか、特に貴方を恨んでいそうな人に。それともう一つ、一時間経つごとに仲間達の指を一本ずつ斬り落とします。どうせ腕ごと無くなるんですから、先っぽくらいどうでも良いですよね?」


 えらく恐ろしい事を言い始めた女に対し、男はブンブンと首を振ってから店を飛び出した。

 ソイツに恨みを持っている奴等数名が、慌てて彼の後を追って走りだす。

 いやはやとんでもない事になったモノだ。

 皆何と声を上げて良いのか迷い、店の中にはやけに静かな空気が広がった所で。


「店主、お騒がせ致しました。“コレ”で、他の皆様にも一杯ご馳走してあげて下さい」


 なんて事を言ってから、ローブの女は先程手に入れた財布の一つを店主に向かって放り投げた。

 中身を確認してから、ニッと口元を吊り上げる店主。

 と、なれば。


「皆様、私の奢りです。その財布がすっからかんになるまでは、お好きに飲んでくださいな」


 その一言に、店に居た全員が雄叫びを上げた。

 各々好きな酒を注文し、受け取ってからまた彼女の周りに集まっていく。

 こういう時の通例だ。

 奢って貰ったからには、奢った奴に乾杯の音頭を取って貰わなくては。

 そんな事を思いながら、皆ジョッキを片手に彼女の言葉を待った。

 すると。


「ま、待たせた! ホラ、これでどうだ!? 売っても金になるし、お前が使っても良い。見た目も良いから、売ればかなりの金になるぜ!? どうだ? これで三人分になるか!?」


 先程の男が、店に戻って来て彼女に差し出したモノ。

 思わず舌打ちを溢してしまいそうになるが、ソレは……。


「違法奴隷、ですか。まだ正式に奴隷商を通していない様ですが」


「あぁ、たまたまコイツが運搬されている馬車が事故にあってな。その時の生き残りだ。見た目も良いし、まだ若いが男だ。男娼として売っても、育ててから労働力として売っても金になる。コイツをやるから、どうか……どうか勘弁してくれ!」


 それだけ言って、男は地面に額を擦りつけた。

 彼の隣に立っているのは、銀髪の少年。

 痩せこけてはいるが、確かに綺麗な顔をしてる。

 その真っ赤な瞳に、力は感じられなかったが。

 たく、どうかしてるぜ。

 賭けに負けたからって、差し出すモノが違法奴隷とは。

 こんなの表立って売っぱらえる訳でも、確実に金になると保証が付けられる筈もない。

 せっかく盛り上がって来たと言うのに、コイツの登場で水を差されてしまった。

 もはや店の中全体から殺気が向けられ、気が立った誰かが居ればぶっ殺してしまいそうな程だったというのに。


「良いでしょう、ではその子を貰います。正式なモノではなくとも、奴隷契約書も忘れずに。ソレが無いと私の物になりませんから。そして……皆様、お待たせいたしました。今宵の私の勝利に、そしてこの場に立ち会った幸運な皆様に。共にお酒を楽しみましょう? 乾杯」


 ローブの女は、その少年をスッと抱き寄せた後。

 何事も無かったかのようにグラスを掲げてみせた。

 誰しもその異常な光景に、一瞬だけ反応が遅れてしまったが。

 でも彼女が“ソレ”を認めたのだ、俺達が口を挟む事ではない。

 と言う事で、彼女の声に答えて此方も皆声を上げた。

 ジョッキを持ち上げ、彼女に賞賛の声を上げ。

 皆、潰れるまで飲み続けた。

 だというのに、件の彼女は。


「あれ? おい、あの嬢ちゃん何処に行った?」


 気が付いた時には、姿が消えていた。

 俺の声を風切りに、皆が彼女を探し始めるが。


「会計はもう貰ってるよ、女のアレコレに踏み込む男は嫌われるぞ?」


 店主の声に、誰もが笑い声を上げた。

 確かに、その通りだ。

 素性の全く分からないペテン師みたいな女ではあったが。

 でも、今日俺達は凄い奴を見た。

 それだけは、確かなのだろう。


「誰か今度見かけたら、この酒場に誘って来いよ? 俺も勝負してみてぇ」


「バァカ、お前じゃすぐさまスカンピンになるだけだ」


「うっせ、お前だって似た様なもんだろうが!」


 下らない会話をしながら、夜は更けていくのであった。


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