プリンスナイトと神前試合1
あれから2日が経った。試合は今晩なのだが、いま真白は非常に緊張している。
水瀬家の人達に陰陽術を習い、術を取得することはできた。
陰陽術に携わる2つの大派閥が、それぞれの威信を懸けて争う重要な一戦で、それぞれの派閥から3名の術師が選ばれて戦うチーム戦らしい。
「代表だからといって気負うことはないぞ。たとえ負けたとしても、誰にも文句は言わせん」
気負わなくていいとって言ってくれるが、真白にはとても無理だ。
「そろそろ時間だな。準備は大丈夫か?」
「うん、たぶん大丈夫」
「白猫様、真白様、私も同行させてもらえないでしょうか?」
「ワシは構わんが、お主はどうだ?」
「うん、もちろんいいよー」
動きやすさを重視し、必要そうな荷物はウエストポーチに入れた。そして、お面をつける。眠そうな表情をした能面だ。
セレナにもお面を渡されてお面をつける。セレナのは笑っている表情の能面だ。
認識を阻害してくれる特殊な道具らしく、背丈や声色などの個性を気にならなくさせるらしい。そのため、このお面をつけた相手をいくら観察しても、性別くらいしか印象に残らないのだそうだ。さらに、内側から見ると透明なので、視界が阻害されない。
真白は水瀬家の人間ではないため、火山家の人間に詮索されるのを防ぐために白猫に頼んだのだ。
「儂が会場まで連れて行こう。乗ってくれ」
そう言うと、白猫が闇を纏いながら膨張し、大型車ほどもある白色の獅子となった。
「本当に白猫に乗らないダメ?」
「真白様、どうされました?」
「白猫に乗るの怖い」
水瀬家に行った際に乗せてもらった際に安全ベルトなしで、不安定な虎の背中にしがみ付きながら、雲の上を飛行したのだ。その時はまさに地獄で景色を楽しむ余裕など一切なかった。
「やはり、私は遠慮しておきます」
「そう言わないでよー。セレナも一緒に行こうよー」
「いやです。離してください」
「一人にしないでください。お願いします」
「お主ら……」
セレナが辞退しようとするので真白は手を掴み逃さない。その光景を見ている白猫は呆れている。
「準備はいいか? それでは行くとするぞ」
「……こわい。もうちょっとまって」
「まだ心の準備が…….」
「飛ぶぞ」
「へ?」
白色の虎は聞く耳を持たず空を駆けた。
「ぎゃあああああああああああ!!」
「きゃあああああああああああ!!」
そして、夜の住宅街に真白とセレナの絶叫が響き渡った。
「着いたぞ、ここが会場だ」
「うぅ……もういや、二度と乗りたくない」
「……真白のバカ」
二人はひどい目にあった。地獄の末、白猫に背負われて到着したのは、ドームである。
真白のイメージでは厳かな場所でやる認識だった。
「なぜドーム?」
「スペースは十分広いうえに、安貸し切れるとかなんとか言っていたな」
「陰陽術師の世界も、世知辛いんですね」
そこそこ大きなドームである。観戦者も見やすいし、貸しきれば関係者以外は入ってこない。たしかに、試合をするには結構適した場所なのかもしれない。
「こんなところで陰陽術師の試合が行われているとか、誰も夢にも思っていないだろうねー……」
そんな事を呟きながらドームへ入ると、真白が協力する水瀬家の人達が出迎えてくれた。
「この度は我が一族に力を貸してくださり、誠にありがとうございます」
「お礼なんていいですよ。元々は僕のせいですし」
水瀬家当主の龍翠がお礼を言う。責任は真白にあるため、別にお礼を言われる必要はなかった。
「その隣の方は?」
「ええっと、助手の様なものです。彼女を観客席で見せてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
「あの、出迎えが遅れて申し訳ありません」
出迎えの人達をかき分け、巫女服を着た水瀬姉妹が出てきた。
「そういえば聞いてなかったですけど、どうしてしろ、白虎様は火山家の人に襲われたんですか?」
「土地神である白虎様が居なくなれば悪霊の巣窟と、なりそうなれば、我ら水瀬(みずせ)一族の権威は失墜することになります。そして、水瀬家は火山家頼らざるをえなくなります。それを狙ってのことだと思います。それと、とても言いにくいのですが……火山家の当主はうちの娘を舞花を好いておられるのです」
「うわぁ……私欲で白虎様を襲い、水瀬家に神前試合を申し込んだと?」
「はい……恥ずかしながら」
火山家の当主様はどうしようない人だったようだ。
水瀬家と仲のいい白猫を苛めたうえに、私欲で行動するとは酷い。真白はそんな火山家の当主に呆れて、龍翠は頭を悩ます。
無理はしないようにと思っていたが、多少無理してでも勝ちにいこうと真白は思う。
「今思ったんだけど、白猫が出ることはできないの?」
白猫に小声で聞いてみた。
白猫は今、虎くらいの大きさになっている。というか、ほとんど虎だ。この状態でも相当強そうだし、二人を運んできた時の姿ならもっと強いだろう。
「こう見えても、儂はそこそこ名の知れた妖でな。神前試合の平等性を欠いてしまうが故に、出られんのだ」
「なるほど。っていうか、水瀬家の当主は出られないの?」
「龍翠は重い病を患っていてな、無理はできんのだ。他の術師たちには、今回の試合に相応しいほどの実力者はいない」
「なるほどね。白猫は水瀬家の守神だから出られなくて龍翠さんは病気で出られないのか。この試合に相応しい実力者は水瀬さん姉妹ということだね?」
「うむ、そうじゃ。水瀬家で最も強い術師は彼女たちだけなのだ」
「僕もできる限り頑張るよ。でも負けたらごめん」
「お主なら大丈夫だ、自信を持て。水瀬の巫女たちを、よろしく頼む」
「うん任せて」
「真白様、頑張ってください」
「うん、セレナは応援よろしくー」
そろそろ時間だ。ウエストポーチの中身を確認し、ドーム内に設営された試合場へと向かい、セレナは観戦席へ向かった。
「火山様、準備はできましたか?」
「剣城か、とっくに準備はできている。なにしろ、この時をずっと待ちわびていたのだからな!」
暁の耳には、剛健が敗北したという情報は届いている。にも関わらず、この神前試合に一切の不安を抱えていない。その事を思い、燐は眉をひそめた。
試合の出場メンバーは、当主である火山暁に、筆頭陰陽術師である剣城燐と火竜剛健である。
当主は抜きにしても、筆頭陰陽術師である自分と剛健の2人であれば、大抵の陰陽術師には負けない自信が燐にはあった。しかし、剛健を倒した術師が相手にいるとすれば、試合の結末は誰にも予測できない。
「ふっふっふっ、舞花に俺の恐ろしさをたっぷりと味わわせてやる」
楽観的な主の姿に、燐は頭を抱える。
「火竜、試合が始まったら手筈通りに頼むぞ」
「チッ。納得はしちゃいねぇが、てめぇの策は信用できる。従ってやるよ」
その言葉を聞いた燐は少しだけ気力を取り戻し、試合場へと歩みを進めるのだった。
「両者、揃ったねぇ〜。ほらほら、並んで並んでー」
特設会場の中央には、緑色の髪をなびかせる糸目のグラマラスな美女が立っていた。
「あの人は誰ですか?」
「あの人は、五大陰陽一族の一角、
五大陰陽一族っていうのを真白は初めて聞いた。名前的に水瀬家と火山家もその一角だろう。知らなかっただけで、現代も結構ファンタジーだったようだ。
気怠げに答えながらも舞奈はわざわざ教えてくれた。
「この試合には私たちの一族の未来がかかっているので、あなたには頑張ってもらわないと困ります。なので頑張ってください」
「あ、はい」
舞奈は戦うのがめんどくさそうで、気力が感じられない。
姉の舞花は真面目でお嬢様といった感じだが、妹の舞奈は姉と違い面倒くさがり屋な人だ。
「さてさて、並んだかなぁ〜?んじゃ、これ貼ってね〜。ちゃんと素肌に貼るんだよー、湿布みたいに。あ、燐ちゃんと舞花ちゃんには2枚ね」
そう言いながら、試合の出場者それぞれに人型に切り取られた紙を渡してきた。
「これは『身代わり札』です。付けている人が受ける傷を肩代わりしてくれるんですよ。これを付けていれば、死に至る怪我までなら無効化できます」
一回だけ死を無効化することができる。。死んだ経験のある真白としては、是非とも一般向けに販売してもらいたいほどの代物だ。
「ですが、これを製作するには五家それぞれの当主が長い時間をかけて霊力を注ぎ込む必要があるんです。なので、神前試合などの特別な儀式以外では使用されることがありません」
「なるほど」
量産はできないみたいで貴重なものだそうだ。作れないだろうけど、真白は一応術式は覚えておく。
「はーあーい!みんな準備は出来たかなぁ〜?じゃ、そろそろ始めよっか」
緊張感のない審判の掛け声と共に、両者が整列する。
赤髪の生意気そうな青年が、見下すような目で舞花睨んでる。あの人が火野山の当主様っぽい。
その隣には、スーツのイケメン男装女性がいる。腰には日本刀を帯刀しているようだ。
その横にいるのが、式神に襲われて病院送りになった剛健って人だ。真白のことめっちゃ睨んでる。腕には厳ついタトゥーも入ってるし、怖かった。
「舞花、大人しく自分達の非を認めるなら、試合を棄権してもいいんだぞ?俺はお前を傷つけたくない」
「なにを言ってるんですか? 白虎様を襲ったうえに、変な言い掛かりを付けてきたのはあなたたちのほうじゃないですか。それと、気安く舞花って呼ばないでください、火山さん」
「なっ!」
会心の一撃で暁がたじろいだ。
暁はやはり好意があった。それなのに嫌がることして、カッコつけて、そりゃ嫌われるものだ。
「がっはっはっは!」
「笑うな火竜! おい審判、さっさと始めろ!」
「ふふふっ、わかったわよ〜。それじゃあ、ちょっと離れてー、距離とってー」
試合場の広さは50メートル四方なので、そこそこ広い。
両者整列しながら、少しだけ距離を取る。正面の相手まで大体10メートルくらいだろうか。
真白は手が震えて緊張している。
「手が震えてますけど、怖いんですか?」
「うん、怖いよ」
妹の舞奈は真白の手が震えているのに気がついた。
「力を持っているのにですか?」
「力があっても怖いものは怖いんだ」
「ふーん、そうなんですか。負けたらうちはやばいので頑張ってください」
「うん、足を引っ張らないように頑張るよ」
ゲーム内なら人と戦うのは大丈夫だが、現実だと痛みがあるため喧嘩も戦いも苦手だった。
とりあえず真白は水瀬姉妹の足を引っ張らないようにする。
「術師のみなさ〜ん。結界はってー」
審判がそう言うと、試合場の外が三重のガラスのようなもので覆われた。
「敗北条件わぁ、身代わり札が破れちゃうか〜会場の外に投げ出されたら終わりねー。それじゃっ、開始っ!」
「炎、放、多、重、連、弾、『火炎障壁』!」
開始の合図と同時に、剛健が札を持ちながら何かを呟いた。すると、札が燃え上がり、巨大な炎の球が出現した。
真白もまた水瀬姉妹にプリンセスナイトの強化を使った。
「くらえやがれ!」
出現した炎の球を、真白に飛ばしてきた。
だが狙いは外れ、真白と舞花の間を通過する。
「びっくりし……おお!?」
しかし、通過後に相手の狙いが分かった。
飛ばした炎は通過した軌道上を勢いよく燃やし、炎の壁を生み出したのだ。水瀬姉妹と完全に分断されてしまった。
「あなたの相手は私です。お手柔らかにお願いしますね」
前を見ると、燐という陰陽師が立っている。燐も壁のこちら側にいた。
「顕現せよ、『
大太刀を四振り備えた赤色の武者が現れた。でかく、三メートル近くはありそうで燐の式神みたいだ。
「あちらも始まったようですね」
耳を傾けると、壁の向こう側から爆音が聞こえてくる。
「カラス、水瀬姉妹の援護お願い!」
白いカラスに舞花と舞奈の援護を頼んだ。
「では、私もいかせてもらいましょう」
真白と水瀬姉妹、炎の壁に隔てられながら、それぞれの戦いが始まった。
To be comtinued
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