プリンスナイトと神前試合2
「水瀬く〜ん、大変なことになっちゃったわねぇ。どうすんの?これ」
ドーム内の観客席は、両家の関係者で埋め尽くされている。そんな中、水瀬家当主に用意された特別席には、グラマラス美女の姿があった。
「木場か、審判として見守っていなくていいのか?」
「ちゃんと見てるよ〜。私は『木』の当主だよ?」
「そうだったな」
彼女の術を知る龍翠は、その言葉に納得する。
「それより、どうするのぉ〜?これ」
眼前で行われている神前試合を指差し、木場家当主は再度問う。
「それは問題ない。火山家前・当主には連絡を取ってある。この試合が終わる頃には、駆けつけるはずだ」
「あらあらぁ、相変わらず抜け目がないねぇ〜」
龍翠の手腕に、木場家当主は恍惚の表情を浮かべる。
「でもぉ〜、あなたならもっと早く連絡とれたんじゃないのぉ?」
「お見通しか。だが、今回の試合は潤叶と潤奈の経験になる。水瀬家を任せるにあたって、これくらいの逆境は乗り越えてもらわないと困るからな」
「ふふふっ、すっかりお父さんだねぇ〜。でも、それだけじゃないんでしょ?」
龍翠は、表情をわずかに歪ませながら木場家当主を見る。その視線には『抜け目がないのはどちらだ?』という意味が込められていた。
それを理解した木場家当主は、少し困った表情を見せる。
「だってぇ〜。剛健ちゃんを倒したうえに、白虎様に気に入られている陰陽術師なんて、気にならないわけないじゃなーい。その代わり、審判役なんて面倒なことやってあげてるんだからぁ〜。文句はやよー」
「分かっているさ、そこは感謝している。それよりも、お前の目から見て彼はどうだ?」
彼とはもちろん、単独で火山家に襲撃を行い、白虎から厚い信頼を受ける謎多き陰陽術師。真白のことである。
「霊力を、一切感じなかったわぁ」
「やはりか。握手をした際に探ったが、俺も同じことを思ったよ」
外面に霊力を纏わない者は、稀に存在する。
生まれながらに霊力の生成量が少なく、生命維持に消費する量と拮抗している者。または、高度な霊力操作の可能な者が、実力を隠すために行なっているかのどちらかである。
しかし、五大一族の当主クラスであっても、外面の霊力を隠せるほどの技量を持つ者は少ない。水瀬家当主である龍翠自身はできるが、全力の集中状態でも数分が限界である。
「わざわざ霊力を隠して試合に出場する意味がわからないよねぇ〜」
「とりあえず、彼の戦いには注目しておかないとな」
「そうねぇ〜」
五大陰陽一族の当主2人から目をつけられている事を、真白本人はまだ知らない。
でかい赤色の武者が、すごい勢いで迫ってくる。
「ほっ! わっ! よいしょっ!」
振り下ろし、横薙ぎ、切り上げ。武者の持つ大太刀から繰り出される技を、気の抜けた声をだしながら紙一重で全て避ける。
「なるほど、体術の心得もあるようですね」
「見様見真似ですけど!」
結構ギリギリだった、容赦なさすぎるだろと思う。この身代わり札とやら、本当に大丈夫なのだろうか真白は不安になってきた。
「わとっ!」
今の袈裟斬りはやばかった。
式神といえど、剣術の腕は一流らしい。いや、大太刀四振り回せる膂力と体格も考えると、一流以上だ。
そんな化け物の斬撃をなぜ真白避けれるのかというと、人気動画サイトのおかげだ。
試合参加を決めてからの二日間、真白は陰陽術を学びながらもあらゆる武術動画を見漁った。そのおかげで、初動からの攻撃予測、適切な回避と足運び、相手の攻撃しづらい立ち回り、そのどれもを高いレベルで再現できる。
これをアストラルでも活かせるんじゃないかと考えた。
そんな調子で斬撃をくぐり抜けていると、無駄だと悟ったのか、攻撃が止んだ。
今がチャンスだ。武者の間合いから離れ、この隙に真白も式神を出すことにする。
「半紙っ、半……痛っ」
直感的に避けたのだが、躱しきれなかったようだ。左肩から先の袖が、無くなった。
あわてて腕を確認するが、切れてはいない。身代わり札の効果は半信半疑だったが、効果はあったようだ。
「それにしても、なんだろう今の?」
斬られた事は確かだが、間合いからは離れていた。刀身は1メートルちょっとなので、体を傾けながら腕を伸ばしても、間合いは3メートルも無いはずだ。
それを見越して5メートルは離れていたのだがまさか、斬撃を飛ばしたのかと。
「ふむふむ、刀身に霊力を纏わせて、斬撃と共に飛ばしたのか。威力は距離に応じて減衰していく感じね。なるほどなるほど。面白い」
神様のくれた習得能力、改めてすごいなと思った。技をちゃんと見ていなかったために理解が遅れたが、技の発動後でもある程度理解し、習得できるらしい。
だが、ピンチなのは変わらない。いくら減衰するとは言え、あの膂力なら試合場の端から端まで斬撃を飛ばしても充分な威力になるだろう。
「うわあっ! またか……っ、半紙! 筆ペン!」
また斬撃が飛んできた。だが、狙いは半紙と筆ペンだったらしい。真白に術を使わせないつもりだ。
「『分身』『機神」
真白は十体の分身を出した。アストラルでは最大八人までだが、現実だと何体でも出すことが可能だった。
アストラルではスキルのクールタイムが存在するが現実だとクールタイムなしで使用が可能だ。
分身に一斉攻撃を仕掛けるように命じる。その隙に術を書こうとした。
炎の壁の向こうから聞こえてくる戦闘音で真白は気づいた。もしかしてあれも術式だったのかと気がついた。
「半紙に術式を描く暇など与えませんよ」
「いや、意地でも描かせてもらいます!」
真白と燐の攻防は続く。
「炎魔、壁を維持しとけ」
「ガウッ!」
剛健の命令を受け、炎魔は炎の壁へと霊力を流し始めた。
「あれが、爆炎の鬼……」
「安心しろ、炎魔は壁の維持で使えねぇ。相手は俺だけだぜ」
舞花の言葉に、剛健が答える。
「お、俺もいるぞ!火竜!」
「あー……そうだな。とりあえず、当主様は後ろに下がっててくれや」
「わ、わかった。危ない時はいつでも呼べ、加勢するぞ!」
「へいへい」
自らの主を適当にあしらい、剛健は水瀬姉妹へと向き直る。
「待たせたな、……へぇー、あの時のカラスじゃねえか。なんだ援護しに来たのか。面白え! 早速いかせてもらうぜ。『火炎弾』!」
「ディーネ、お願い!『ウォール』!」
迫り来る炎の散弾を、舞奈は水の壁を出現させることで防いだ。
「それが西洋の『精霊術』ってやつか。お前の周りを飛んでる青い玉が、精霊ってやつなのか?」
「精霊じゃなくて妖精です」
剛健の疑問に、訂正を加えつつ舞奈は答えた。
水瀬舞奈は、水の妖精『ディーネ』を介して精霊術を行使する精霊術師なのである。
「ま、精霊だろうが妖精だろうが、どっちでもいいけどな。さっさとお前らを倒して仮面野郎とやりたかったんだが、お前の術も中々面白そうだ。せいぜい楽しませてくれや!」
「余裕でいられるのも今のうちです。ディーネ、『ランス』!」
空中に巨大な水の槍が生成され、剛健へと放たれる。カラスもそれに続いて霊力波を放つ。
精霊術にはいくつかの欠点がある代わりに、少ない霊力で強力な術を行使できる特性があるのだ。
「『火炎弾』!!』
水の槍と霊力波を、剛健は炎の弾で迎撃する。
精霊術による強力な一撃。さらに、火と水による相性の優位性。さらに真白による強化。
強化がなしだとその程度の火術で防ぐことが可能だったが、強化により舞奈の力が上がったのだ。
「へぇー、面白えじゃねえか」
「強化の力すごい……」
相殺しきれなかった水の槍を剛健はギリギリで躱したが、カラスが放った霊力波は避けきれず右足に当たり、身代わり札を消費した。
この二日間、強化された力も使いこなせるように練習もしてきたのだ。最初は力を制御できなかったが、なんとか使えこなせるようにはなった。
「舞奈、よくやったわ。次は私の番です」
妹の肩を叩きながら、舞花が札を取り出す。
「『水流槍(すいりゅうそう)』!」
舞花も水の槍を生成し、剛健へと放つ。その数は十本。だが、1つ1つの大きさは舞奈が生成した槍よりもはるかに小さい。
「おいおい、舐めてんのか?」
先ほどと同じく、炎の散弾が十本の槍を迎撃した。
「火竜!」
「あ? ぐあっ!」
剛健のはるか後方にいた暁が異常に気づき、声を上げる。だが、遅かった。
剛健の体を、背後から迫る五本の槍が貫いた。
「『火炎弾』」
試しに1発と思ったら、すごい威力だ。
鎧武者の肩上を吹き飛ばすことができた。
「それは、火竜と同じ術! なぜそれを使える!?」
「企業秘密です」
実際に使ってみたからこそわかるが、この術は結構難しい。「さっき覚えた!」と言っても信じてもらえないだろう。つくづく、神様の習得能力はチートだと真白は実感させられる。
「左腕の術式、先ほどはありませんでしたね。半紙に描くと見せかけ、腕に術式を刻んだのですか」
そのとおりだ。インクでベトベトにされた右手だ。
タトゥーだと思っていた模様が術式だったとは真白はお陰で気づくのが遅れた。
分身に任せてその間、真白は腕に術式を刻んだのだ。分身は全て全滅したが、なんとか書き上げた。
「火竜よりも強力な一撃……火の適性があるようですね」
火の適性、火の陰陽術の才能があるってことらしい。真白は知らなかった。
「本気を出さなければ、火竜が来るまで持ち堪えられそうにありませんね。接続」
そう言うと、燐の左手と武者が霊力の糸で繋がった。
あの武者、今まで自動操縦だったみたいだ。
「いきますよ」
「ちょっ、まっ、おわっ!」
先ほどよりも遥かに速く、鋭い。だが、ギリギリ避けられる。
飛ぶ斬撃は霊力を刀身に纏わせる必要があるため、事前に予測できる。
「『火炎弾』」
威力も上々で。避けられたが、武者の脇腹を少しだけ削り飛ばせた。
「お互い、ジリ貧ですね」
「そうでもありませんよ」
ふと違和感を感じて脇腹に触れると、衣服が薄く裂かれていた。
いつの間に真白は斬られていた。
「斬り裂いたのは私です」
言われてから気づいた。いつの間にか、燐の刀が抜かれている。
僅かだが、霊力を纏わせた形跡がある。武者とやり合っている隙をついて、あの刀で斬撃を飛ばしていたみたいだ。
「それだけではありませんよ」
そう言うと、武者が右足を上げて構えをとった。真白は嫌な予感がした。
「うわぁっ!」
直感で慌てて伏せると、頭上を何かが通過した気がした。
その直後、ガラスの割れるような音が鳴り響き、会場がどよめく。振り向くと、三重になっている結界の一番内側にある1枚に、大きく切り裂かれた跡があった。
「ざ、斬撃!?」
蹴りで、斬撃を飛ばしたのか。威力がやばかった。
「四本の大太刀と左右の足から繰り出される斬撃。これこそが、『阿修羅』本来の姿です」
エグすぎる。燐の攻撃も合わせると、単純に相手の手数が倍になったわけか。躱すのはさっきまででギリギリだった。このままだと、確実に負ける。
「こっちも手を打たないとダメか……」
思い付いた手は1つだけあるが、正直、上手くいくかはわからない。
守りに入ってても負けるだけだし、悔いの無いようやってみようと思う。
「いきます『分身』『機神』『火炎弾』『火炎弾』『火炎弾』『水流槍』『水流槍』『水流槍』」
「なんとデタラメなっ! 水の適正もあるのか!?」
攻撃は最大の防御なり。分身を十人以上出して、全方位からの一斉攻撃。
今のうちに、ウエストポーチから半紙と筆ペンを取り出しておく。
「させません!行け、阿修羅!」
身をボロボロにしながらも、武者が炎の散弾と水の槍の中を突っ込んできた。連射しているせいで威力が落ちていて機神の攻撃も威力は低い。このままだと辿り着かれる。
「『火炎弾』!!」
最後の一発は武者ではなく、床を狙って煙幕を生み出す。
「無駄です、位置は掴めていますよ!」
煙幕の中を、なおも武者が突き進んでくる。だが、真白の狙いは目くらましでは無い。
「なにっ!?」
最後の散弾はできるだけ収束させながら、気合を入れて放った。そのため、床には1メートルほどの落とし穴が出来上がっている。
武者の体格なら一瞬の足止めにしかならないだろうが、充分だ。
「よし、術式描き終えた」
「馬鹿な!? 式神の術式をそんなにはやく描ける筈はありません!」
「知ってますよ。だから、描いたのは普通のお札の術式です」
札の術式は簡単だ。「火」のような模様を中心に描き、四つ角をちょこっとデコれば完成である。
通常の陰陽術は、この札を媒介にして使用するらしい。
「炎、放、多、重、連、弾、『火炎障壁』」
「なっ、その術までも使えるのですか!?」
札が燃え上がり、巨大な炎の球が現れた。真白の詠唱は成功したらしい。
「ここに壁作るように、飛んでけ」
炎の球は、ある程度なら飛ぶ軌道を操作できるようだ。弧を描くようにして飛ばし、真白と燐を隔てるように炎の壁を発生させる。もちろん、武者も壁の向こうだ。
この隙に式神の術式を描く。壁を破られる前に完成させられれば、少しは状況が良くなるはずだ。
震える手を抑えながら、真白は半紙に筆ペンを走らせるのだった。
To be comtinued
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