プリンスナイトと噂

 真白とセレナが出かけてから二日。

 河口と山下、林田の通称、変態三馬鹿組と言われている。

 その一人の河口が真白とセレナが出かけているのを目撃していた。


「なあ、神原が美人な人と歩いていたって、それ本当なのか?」

「本当だぜ。俺、見たんだよ。結構美人でスタイルが良くて、学校では見たことない人でさ。他校の人なんじゃないかって」

「なんとそれは羨ましい! ぜひ紹介してくれないだろうかねー」


 玲二は変わった事はないかと周囲に視線を移動させて、会話する三人組男子が真白の話をしていることに気がつき、話に耳をそばだてる。



 真白がセレナと一緒にいることを目撃して、噂をされていることを知らない真白は教室に入ってきた。

 教室に入ってくると、真白に注目が集まる。なにやら妙な雰囲気が流れることに気づく、真白は居心地の悪さを感じつつも自分の席に着いた。


「おはよう、神原。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」

「おはよう、河口君、山下君、林田君。どうしたの?」

「ショッピングモールで神原が超美人な人と歩いているのを見たんだが彼女か?」

「ああ……彼女じゃなくて友人だよ」


 セレナとは彼女ではないのできっぱりと否定する。真白にとってセレナは頼りになる相棒みたいな感じだ。


「どうか紹介してください。お願いします」

「なんでもしますので、会わせてください。お願いします」

「どうか連絡先を教えてください。お願いします」


 河口、山下、林田の三人組は土下座する勢いで頼みこむ。

 その三人組を見て女子達は呆れた表情を浮かべて「男子ってやーね」と言っていた。


「ほらほら、そこまでにしとけよ。真白が困ってるだろ」

「白鳥は気にならないのかよ?」

「俺は彼女がいるから別に気にならないな」

「くっそー、リア充め」

「勝ち組が」

「リア充め爆発しろ」

「ははは、お前等は普段の行いを改めないとダメだからなー」


 玲二はお調子者であるが、見た目はやや軽薄な雰囲気を感じさせるもののイケメンの分類に入る。

 こうして真白が困ってる時はすぐに助けに入ってくれるのだ。

 玲二に助けられて真白はホッとする。


「お前等ー、気になるとは思うが真白が困るから聞きにくるなよー」


 玲二は耳をそばだてていた男子達に釘を刺す。

 男子達はギクリとしてしていて、女子達からは呆れた表情を浮かべていた。


「助かったよ玲二。ありがと」

「いいってことよ。しばらく噂はされて大変だと思うが、噂が収まるまでは我慢してくれ」

「うん、わかった」


 しばらくは噂や好奇心な視線を受けるかもしれないが、収まるまで待つしかなかった。




 放課後。

 喫茶店に寄り、玲二が奢ってくれるとのことで真白はついてきた。玲二に誘われて、由紀とひなたに潤、ウェンディも一緒だった。

 噂や好奇な視線を注がれて精神的に疲弊して、真白はだらしなくテーブルに突っ伏した。


「神原くん。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。噂が収まるまでの間、我慢すればいいから」


 心配する由紀に少し癒されながら真白は平気だと伝える。


「話は聞いてたけど、彼女ができたわけじゃないんだよね? 嫌だったら答えなくても大丈夫だよ」

「彼女じゃないよ。ただの友人だよ」


 噂とはいえ、真白に恋人がいるということを聞いて由紀は動揺していた。

 知り合いに見られていることを考慮はしていたが、自分が噂になるほどとは思っていなかった。

 光瑠には嫌われているが、細身で、可愛らしいその容姿と体躯から学校では密かに好かれて愛でられているのだが、そんなことは真白の知る由もないことである。

 真白に彼女がいないことを聞いて、由紀はほっとする。


「由紀、よかったね。神原君の彼女じゃないってさ」

「潤ちゃん!? な、なに言ってるのかな!? わ、私は別に気にしてなんかいないからね!?」


 彼女がいないことにほっとする由紀に潤は小声でからかうように言う。

 由紀は潤にからかわれて動揺する。


「どういう子か聞いてもいいかい?」

「クールでなんでもそつなくこなす完璧な子だよ」

「ほぅー」


 やけににやっとした笑みをする玲二にやや苛つきを覚えたものの、突っ込んでも面倒くさいだけなので流しておく。

 話を逸らすためにも何か話題を変える。ゲームの話や学校の話、ウェンティの日本観とか、取るに足らない話を駄弁って時間を過ごした。


「そういやさ、最近変な噂を耳にしたんだけど。ほら、この近くに小学校があるだろう?」

「小学校がどうかしたの?」

「その小学校の校庭にさ、こないだ変な絵が描かれていたんだってよ。なんだっけ、アレ? み、み、ミステリーサーカス?」

「……ひょっとして、ミステリーサークル?」

「そう、それだ!」

「早朝に生徒が見つけたんだとさ。誰かが夜の間に侵入して落書きしたんじゃないかって母さん達が話してた」

「まあ、暇人はどこにでもいるよねぇー」

「誰がそんなイタズラしたんだろうね」

「まったく、迷惑だな」


 呆れて呟いたひなたに由紀と潤も同意して答える。


「それに便乗したのかわからないけど、その夜にUOFを見たって人もいるらしいぜ。なんか光る円盤が夜空を飛んでいったって」

「案外その見たって人が学校に侵入した犯人じゃないのかい? 自作自演で事件を広めようとかでさ。ウェンディはどう思う?」


 正面に座るウェンディに潤が話を振るが、聞いてなかったのか彼女は視線をリンゴジュースに落としていた。


「ウェンディ?」

「え? あ、ああ、ヨーロッパの方じゃけっこうあるよ、そういうのは。あっちは麦畑とかだけど。だいたい誰かのイタズラだって話だよ」


 ウェンディの言う通り、ミステリーサークルはヨーロッパ、特にイギリスとかで発見されるなどテレビでやっている。


「最近変な話を聞くよなぁ。こないだうちの母親がさ、猫又を見たって言ってたんだぜ」

「猫又?」

「猫又ってあれだよね? 尻尾が二又に分かれていて二本足で立って歩く……」

「夜だったらしく、車のヘッドライトに照らされてすぐにどっかへと逃げたらしいけど」

「それって見間違いじゃないの?」

「俺もそう思ったんだけどさ、二足歩行で立ってしかも旅人の様な衣装に長靴を履いていたんだとさ」

「ねえ、猫又ってなに?」


 由紀が何かと見間違いじゃないかと聞くが、苦笑しながら玲二が答えると、正面のウェンディが首を傾げて尋ねてきた。


「え? ああ、猫又は妖怪、モンスターみたいなものかな」


 ウェンディが目を丸くしている。説明するよりも絵で表現した方がいいと思い、リュックからノートを取り出した真白が、サラサラと猫又の絵を描いた。あっという間にコミカルな猫又ができあがった。


「……これが猫又?」

「そうだよ。尻尾が2又に分かれていて二足歩行で立つ。日本に昔から伝わるモンスターの一つだよ」

「……可愛い」


 真白が描いた猫又のイラストを食い入る様にウェンディは眺めて、由紀達からの反応も良かった。


「さっきのミステリーサークルも猫又の仕業だったりするかもね」

「それは迷惑な猫又だな」

「猫又は迷惑なもんでしょ? 妖怪だし」


 玲二のツッコミに潤がそう返す。

 ウェンディはまだ真白の描いた猫又と睨めっこしている。


「それ気に入った?」

「え? あ、うん。なんかね」

「じゃあそれウェンディにあげるよ」


 ノートのページをビリッと破り、真白は猫又のイラストをウェンディに手渡す。


「ありがとう。真白」


 渡されたページを丁寧に折りたたみ、ウェンディはそれをバッグにしまった。


「雨が降ってきた」


 喫茶店を出ると少し雨が降っていた。真白と玲二は気にしないが、由紀とひなた、ウェンディに潤はそうもいかない。

 傘を持ってきてない由紀と潤、ウェンディ。真白は予備の傘を持っていたので由紀に傘を貸すとお礼を言って、潤と相合傘をして帰っていった。

 真白とウェンディは家がお隣同士なので相合傘をして帰るのだが、ウェンディが美少女ということもあって真白はいささか緊張している。


「入れてくれてありがとね。寝坊しちゃってバタバタしてたから」

「どういたしまして。家がお隣同士で良かったよ」


 お互いたわいのない話をしながら、曇天模様の空の下を歩く。ウェンディも日本に慣れて、色々と行動しているらしかった。

 二人で川沿いの道を歩いていた時、土手の下にある薮の中からガサガサと音が聞こえてきた。


「え、なに?」

「……下がってて」


 野良犬かもしれないと思いウェンディの前に真白は足を踏み出す。



 次の瞬間、真白の目の前に映ったそれは長靴と旅人衣装風のーーーーー。



「……あれ?」

「よかった、気がついた?」


 気がつくと土手の斜面に真白は横になっていた。しとしとと降る霧雨が冷たく、全身泥だらけで濡れていた。

 真白は起き上がろうとすると、身体はあちこち痛かった。


「なにがどうなったの?」

「薮からでてきた野・良・犬・に驚いて、足を滑らせて土手下に落ちたんだよ。頭を打ってたから救急車を呼ぼうかと思ってたんだけど、大丈夫?」


(野良犬? ……あれは玲二の言ってた猫又だったはず。なんで急に意識がなくなったんだろう?)


 ウェンディは犬と言っていたが真白が見たのは旅人風の衣装に長靴を履き、尻尾が2又に分かれていた猫又だった。

 なぜ自分が急に意識を失ったのか疑問になる。


「あーあ、傘をさした意味がなくなちゃったなー」

「はやく帰ってお風呂に入った方がいいよ。風邪ひいちゃうから」


 ウェンディの言う通りで真白は意識したら寒くなってきた。

 なぜ自分が急に意識を失ったのか疑問になるがずぶ濡れで気持ち悪いので、急いで家に帰り着いた。

 ウェンディと自宅前で別れた真白は、すぐさま風呂を沸かそうと風呂場に行くと、セレナが風呂から出た後なのか髪から滴が滴り落ちてくる。幸い裸ではないのはよかったが下着姿だった。

 年頃なりの細い腰と、似つかわしくない予想外に発育の豊かな胸を黒い下着が包んでいる。

 真白はこの場合どうすればいいのか思考を加速させる。

 大抵の主人公は謝って慌て目を逸らしてヒロインに殴れるまでが定番だ。

 しかし真白の場合、どっちにしろ殴れる運命なので真白は慌てず、逆に見てお礼を言う。


「ありがとうございます。そしてごめんなさい」


 真白はお礼と謝罪して目を瞑りセレナに殴れるのを待つ。


「ん、覚悟はできてるから殴っていいよ」


 しかし、少し待ってもこないので恐る恐る目を開けるとセレナは羞恥に顔を赤らめている。


「真白様、さっさと出て行ってください」

「ご、ごめーん!」


 慌て真白は脱衣所から出る。

 少し経ってセレナはパジャマ姿になって戻ってきた。真白はセレナに正座と土下座して待っていた。


「すみませんでした!」

「はぁー、ちゃんと反省しているなら怒る気はありません。次からは気をつけてください。」


 時間を確認してみると九時を回っていた。


(あれ? もう九時? 喫茶店を出たのが五時前で、家まで三十分くらいなのに、てっきり六時過ぎくらいかと思ってたのにどういうことだろう?)


「真白、どうかなさいましたか?」

「んー……ああいやなんでもないよ」


 真白はセレナに言うか迷ったが、真白にもなにが起こったのかわからないので誤魔化しておく。

 セレナの作ってくれた晩御飯を温め直して、真白は食べるのだった。





「はい、そうです。マスカニャ星の。たぶんどっかで違法に飼っていたのが逃げたんじゃないかと思います。……はい? それはそっちで処理してくださいよ。これ、私の管轄外ですよ!? ちゃんとしてくださいって上に言っといてください。じゃあ、転送お願いします」


 とある家の庭でそんな会話が聞こえてくる。ピッと会話をしていた人物が、腕に取り付けてあったブレスレット型万能通信機の通話を切った。

 と、同時に庭に置かれてあった檻がブレ始める。

 中にいた猫のような生物ごと、空気に消えるように銀色の粒子となり、小雨降る夜空へと昇っていった。


「はぁー、地上に降りるならルールを守ってよね。なんで私達が【同盟】の尻拭いをしなきゃならないわけ? たく……」


 ぶつぶつと言いながら声の主は家の中へと入っていく。

 この日以来、猫又の目撃情報はぷつりと途絶えのだった。


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