プリンセスナイトとゲームセンター

「セレナ、助かったよ」

「真白は逆ナンパされるの?」

「あはは、たまにだよ。たまに」

「本当に?」

「本当本当」


 嘘をついても仕方がないので正直に話す。真白が一人で出かけているときはたまにあったりする。


「あのー、セレナさん」

「なに?」

「……その、腕に胸が当たってるんだけど」


 無意識だったのだろう。真白を連れ出すためとはいえ腕を絡ませていたのだ。指摘されて気づいたセレナは弾かれた様に離れる。

 頬が赤くなるのを抑えつつセレナを見れば、セレナの方が顔を赤くしているところだった。

 セレナも女の子らしい反応をするんだなと思った。


「紗希さんと瑠璃さんによく抱きつかれてるのに慣れてるんじゃないの?」

「いやいや、そんなことないよ。セレナからはそう見えるの?」

「二人に抱きつかれても平然としてるから」

「表に出さないだけで内心はドキドキしてるんだよ」


 幼馴染で姉弟みたいな関係とはいえ、真白も男なのでやっぱり異性の体は気になるし、なんなら胸は触る許可さえあれば触りたいと思うくらいには普通に煩悩があるので、紗希と瑠璃もそうだがセレナにも気を付けてもらいたい。

 真白は表情に出さないだけで内心ではドキドキしているのだ。

 自分の胸部に殺傷能力がある事にようやく気付いたらしいセレナが真っ赤な顔で唇を閉じてぷるぷるしているので、真白は苦笑してそっと距離を取る。

 そういう事を意識されている、と気付くのは恥ずかしいだろうし不快になるかもしれないので、との配慮するのだった。


「……ここがゲームセンター」


 ウインドウショッピング……というには服を買ってしまったので、正しくは普通のショッピングをした後、真白はセレナを伴っていつものゲームセンターに寄っていた。

 もうあとは帰るだけなのでゆったり出来る。


「すごく音が大きい」

「あーゲーセンは大体そうだね。で、何するの?」

「私もクレーンゲームしてみたい。ぬいぐるみとか取ってみたいかも」


 セレナがやや眉を寄せているが、慣れない人間にはこのゲームセンター独特の雑多な音が耳障りになってしまうだろう。真白はもう慣れているので平気なのだが。

 お目当てはクレーンゲームらしく、真白が連れていったクレーンゲームコーナーを見て興奮したようにそわそわと手を握ったり緩めたりしている。

 ファミリー向けに可愛らしいぬいぐるみも多く仕入れられているので、セレナが好きそうなぬいぐるみもたくさんあった。


「……真白、あれ取ってみたい」

「ん? どれ?」

「あれ、熊のぬいぐるみを取ってみたい。チャレンジしてもいい?」

「ん。このゲーセン取りやすいとは思うけど、もし取れなかったら僕が取るし」

「取れなかったらお願い」


 気合い十分でクレーンゲームに挑み出すセレナを、真白はひとまず見守る事にした。


 真白が手を出すと簡単に取れてしまうのだが、これはセレナが取りたがっているし本人の自主性とチャレンジ精神を優先した方がいいだろう。

 硬貨を入れて最初の横に移動するボタンをおそるおそる触りながら、ぬいぐるみがあるところまで移動させる。

 多少中心からずれているものの、縦軸の場所次第では取れなくはない。全部中央で捉えずとも重心やアームの力のかかり方、力が抜けるタイミングを考慮すれば落とせる。


 初心者なのに割とうまく捉えてるなあ、と感心しつつセレナを見守る。

 縦軸は慎重に移動させてなんとかぬいぐるみの上にアームを移動させてぬいぐるみをアームで持ち上げようとしていた。

 狙いはよかったが、微妙に縦長の製品なのでアームが強かろうと直ぐに重心が移動して落ちてしまう。


「むむ」

「惜しいね。これはそのものを持ち上げるよりアームの片側で動かしたり重心を利用して転がした方が取りやすいよ」


 幸い落とすスペースの仕切りはそう高さがある訳ではないので、転がして行けば落ちるだろう。

 セレナは素直に言われた通りに実行し出す。

 アームの位置とぬいぐるみの重心を考えて「ここはこうして……頭で転がして……」と試行錯誤を重ねている。

 ガラスにうつる表情は真剣そのもので、セレナにばれないように小さく笑う。


 数回の硬貨を投入してしばらくすれば、セレナがぬいぐるみをアームで落とすスペースに転がした。

 あ、という小さな呟きと同時に、取り出し口の前にぽてんとぬいぐるみが落ちる。


 一瞬の沈黙の後、セレナは少し呆けたように真白を見上げた。


「……落ちた」

「ん、お疲れ様。……はい、キミが頑張った証」


 悪戦苦闘して手に入れたぬいぐるみを取り出してセレナに差し出せば、ようやく取った事実を実感してきたらしく、みるみるうちに端整な美貌が歓喜を滲ませていく。


「と、取れた。取れたよ真白」

「ふふふ、やったね。初めてだろうけど上手かったよ」


 思わずえらいな、と頭を撫でそうになったが、セレナはあまり触れられるの好きそうじゃないと思い、手を止める。

 セレナは自分で取った事に喜びもひとしおのようで、ぬいぐるみに頬をすりよせて満足そうに微笑んでいた。

 あどけない笑みでぎゅうっと抱き締められているぬいぐるみが胸にむぎゅっと押し潰されているのを見て、真白は視線を逸らす。

 セレナはご満悦の表情でぬいぐるみを抱えていたものの、ふと真白の方を見ておずおずとぬいぐるみを向ける。


「……その、これ、受け取ってくれる?」

「え、僕?」

「前にもらったから、その、お礼。……お、男の人だから、やっぱりぬいぐるみは要らない……?」

「いや、そうじゃなくてさ。セレナがあんなに頑張って取ったのに、僕がもらっていいのかと」

「真白のために頑張ったというか、と、とにかく受け取ってほしい」


 要らないなら私の部屋に飾るけど、とちょっとだけしょげたように肩を落として不安げに見上げられて、断れる訳がない。


「じゃあ、もらって部屋に飾るね。ありがとう、大切にするよ」


 セレナから丁重にぬいぐるみを受け取って、側にあったプライズ持ち帰り用の袋を一枚取って、中に入れる。


「他にも色々とあるけどやってく?」

「次はアーケードゲームをやってみたい」

「オッケー、了解」


 次はアーケードゲームがある場所に向かおうしていた。


「……お姉様」


 横から声をかけられて、固まる。

 セレナぎこちなく声の方向を向く。


「……百合奈ゆりな様」

「お姉様会いたかったですぅ!」


 セレナの知り合いらしく、ピンク髪の可愛い女の子で真白より年下くらいの子だった。

 百合奈はセレナに抱きついて胸に顔を埋めて、お姉様お姉様と鼻息荒く、百合奈はセレナの胸の柔らかと匂いを堪能していた。


「セレナの知り合い?」

「はい、そうです。この方は花園はなぞの百合奈ゆりな様です。百合奈様は昴様の再従姉妹になります。百合奈様ご挨拶を」

「……花園百合奈です。よろしくお願いします」


 セレナは百合奈を引き剥がすと百合奈は渋々と離れて不満そうに挨拶をする。

 セレナは知り合いがいるからだろうか、いつものクールなメイドに戻っている。


「よろしくね。僕は神原真白。セレナには色々と助かってるよ」


「あなたが昴さんのプリンセスナイトですか。なんだか頼りなさそうですね」

「あはは……なんとも手厳しいね」


 セレナには好き好きアピールしているのに対して、真白には塩対応な態度になる。

 わかりやすい態度に真白は苦笑いになる。


「セレナは花園さんに慕われてるんだね」

「ええまあ、ですが申し訳ありません。百合奈様が真白様に酷い対応をして」

「別に気にしてないから大丈夫だよ」

「お姉様はこの人に謝る必要なんてありません!」

「百合奈様、私の大切な友人である真白様を悪く言うのは許しませんよ」

「大切な、友人……!?  じょ、冗談ですよお姉様!  やだなぁもうっ……」


 セレナに大切な友人と言われて嬉しくなる真白。思わずにやけそうになったが表情を抑え、百合奈は真白を大切な友人と言われて動揺した。


「お姉様、今すぐに戻ってきてくれませんか? 私はお姉様がいないと寂しいです」

「申し訳ありません百合奈様。今は昴様の頼みで真白様のお手伝いをしているので、今は戻ることはできません」

「そんなぁ……! でしたらそこの貴方、お姉様を説得してください」


 百合奈にセレナを説得するよう言われるが真白は困った反応になる。


「んー、本人がこう言ってるしたぶん僕が言っても無理なんじゃないかな。君の頼みを聞いてあげたいのは山々なんだけど、僕にとってもセレナは頼りになる相棒なんだ」

「真白様……」

「…… なんでこんな人にセレナお姉様は……。私は絶対に諦めませんから!」


 キッと真白を睨んで百合奈はこの場を離れていく。


「なんだか花園さんに嫌われちゃったな」

「真白様、申し訳ありません。その……百合奈様は私に対しての奇行に走ること以外を除けば、優しく優秀な方なのですが……」

「なんだかセレナもセレナで大変そうだね」


 セレナに抱きついてきた百合奈を見た時、真白はなんとなくちょっとヤバい娘なんじゃないかと思ったのだった。

 微妙な雰囲気を飛ばすため、しばしゲームセンターで遊んだ。

 ゲームセンターで遊んだ後、真白とセレナは帰ることにした。帰り道、昴と初めて出会った公演に一台のクレープ屋があった。


「クレープ屋なんてあったけ?」

「あれは昴様の屋台」


 追われてる身なのに全然世を忍ぶ感じじゃなく、真っ赤な屋台で見つけてくださいって言ってるようなものだった。


「とりあえず行ってみよう」

「うん」

「いらっしゃいませー。あれ? 少年たちじゃーん! 元気にしてるー? おやおや? もしかして今日はデート中かな?」

「デ、デートっ!? いや、今日はそんなのじゃないです!」


 昴はからかう様に言われてセレナはひどく動揺している。


「デートじゃなくてお出かけですよ。そんなことより昴さん前に追われてるとか言ってませんでしたか?」

「そうだよー。それより早く注文! クレープ食べに来たんでしょ?」

「別にクレープを食べにきたわけじゃないです」

「まあまあそう言わずに、いやー、クレープってのは奥が深いんだよ。シンプルな材料で簡潔かつ複雑な味を実現する、魅惑の食べ物っ!」

「私はフルーツミックスを」

「僕は別にクレープの話を聞きたいわけじゃなくて。 追われてる身なのに呑気にクレープ屋をやってて大丈夫なのかと思って。僕はチョコバナナを」

「ふふ、少年心配してくれてありがとうねー。そこは大丈夫、足取りが見つからない様にしてあるから」


 昴はトップレベルの力と技術を持ち、 医学、物理学、あらゆることを完璧にこなす天才で七冠の称号を持つ人間なので心配する必要はないのだが、それでも真白は心配だった。


「昴さんは実家の桐生院家を頼らないんですか? 頼れば手助けをしてくれそうですけど」

「んー、まあ実家には迷惑をかけたくないし巻き込みたくはないんだー。実家を頼るのは最終手段だよ。はい、完成。さあ召し上がれ♪」

「いただきまーす。……うーん、普通ですね」

「……普通ですね。昴様はなんでも完璧にこなすのですが、料理の方はなぜか味が普通なんです」

「やったー! どうだい少年。 普通の味を作るほうが一番美味しいものを作るより難しいんだよ?」

「普通じゃなくて 美味しく作ろうとしてくださいよ。僕には昴さんが何をしたいのかさっぱり分からないよ……」

「分かり合えないのは悲しいなー」


 天才というのは考えがよくわからないものだった。


「少年、ちょっといいかい?」

「はい、なんですか?」

「セレナ、ちょっと少年を借りるよー」


 真白と昴はセレナから話が聞こえない距離まで離れていく。

 セレナのことについてだろうかと思う。


「もしかしてセレナのことですか?」

「うん、そうそう。察しが早くて助かるよ」

「それで一体どんな話ですか?」

「少年にはどんなことがあってもセレナの味方でいてほしい。そしてセレナの助けになってほしいんだ」

「もちろんそのつもりです。セレナには助かってますし、僕にできることならなんだってしますよ」


 セレナには色々とお世話になっているし、何があってもセレナの助けになるつもりでいた。


「昴さん、セレナって高貴な感じがするんですけど、やっぱりどこかの国の貴族だったりするんですか?」

「まあ、そうだね。私からは話せないけど、もし彼女が話す気になったら聞いてあげてほしい。あと、秘密を知っても態度を変えないでほしいんだ」

「わかりました。何があってもセレナの助けになって守ります」

「その言葉を聞けて良かったよ。」


 真白は昴の目をまっすぐ見つめ、ふっと昴は笑いかける。


「さてセレナのところに戻ろうかー」

「はい」


 話が終わりセレナのところへ戻ってきた。


「おかえりなさいませ。お二人は何をお話をしていたのですか?」

「ちょっとした世間話さ。ですよね昴さん」

「そうそう。別に大した話じゃないさ」


 ねー、と言って顔を合わせる二人に、セレナはこれ以上追求しても無駄だと思ったのか、不満そうにしながらもそれ以上聞くことはしなかった。


「さて、私はそろそろ行くよ。何か聞きたいことがあればクレープ1個で1つ答えるよ。じゃ、まったねー」


 クレープ屋台を片付けると昴はあっという間に姿を消した。


「僕達も帰ろうか」

「うん。……真白、今日はありがとう。とても楽しかった」

「ううん、こちらこそセレナと一緒に遊べて良かったよ」


 セレナが楽しんでくれて良かったと思いつつも、家に帰ったらクールなセレナに戻るのが少し寂しいと思った。

 クールなセレナも良いが、やっぱり素のままでいてほしい思いもあった。


「……私は真白には言ってないことがあるの」

「そうみたいだね。セレナには何か秘密があるんでしょう?」

「知ってたの?」

「何かあるんじゃないかなってぐらいだよ」


 真白はセレナは何か秘密があるんじゃないかと感じていた。


「今はまだ話せないけど、覚悟が決まったら私の話を聞いてくれる?」

「うん、もちろんだよ。でも別にに言わなくても大丈夫だよ。秘密なんて誰にでもあるし、秘密を知ったからって別に僕達の関係は変わらないでしょ?」

「うん、けど私は真白に秘密を知ってほしい」

「そっか……わかった。気長に待ってるよ。さて帰ろうか」

「はい」


 セレナには秘密があるみたいだが、なにがあっても彼女に対する態度は変えないつもりでいる。

 二人は名残惜しくもゆっくりと帰宅するのだった。


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