プリンセスナイトと猫
「とりあえず、席につこうか」
空いていたソファにつく。
そこでようやく部屋の全体をゆっくり見る事になるが、やはり色んな種類の猫がいた。
シャム猫、アメリカンショートヘアやエキゾチック、ロシアンブルー、マンチカンにベンガルといった個性豊かな猫達がそこかしこに存在している。
ちょうど少し離れた隣の席ではアメリカショートヘアの猫が机の上に乗って丸まっていて、その席に座っていた女性が優しく撫でているのが見えた。
「可愛い……」
羨望も隠さない眼差しで他の客を見ているので、真白は苦笑してメニューを眺める。
ネットの口コミで見たが、このカフェは提供される飲食物も美味しいと評判らしい。
おすすめはフォームミルクで作られた猫の乗るラテアートのようだ。非常にラテアートを作るのが上手い店員が居るらしく、SNSなんかでよく写真がアップロードされている、そうな。
「注文は何にする?」
「え? あ、うん」
今は猫の方に夢中だ。
「ちなみにおすすめはラテアートみたいだよ」
「それでお願い」
「了解」
店員を呼んで真白もセレナと同じ定番のラテアートを頼んだ。
しばらくすれば店員が笑顔で頼んだものを持ってきた。
ゆっくりとした動作でラテアートを崩さないようにテーブルに置いて会釈をして去っていくのだが、セレナは机の上にのせられたラテアートに視線が釘付けだった。
「こういうの嫌いかな?」
「すごく可愛い」
「ふふ、それはよかった」
セレナの前に置かれたカップには猫が丸まって寝ている風にフォームミルクが注がれていて、ココアで猫の模様と表情が描かれている。真白の方にはカップの縁にもたれるように猫が作られている。
繊細な形状と可愛らしさは、人気になるのも頷けた。
感動を残そうとしているのかスマホで写真を撮ってほくほくとしているセレナだったが、何故か愕然とした表情になる。
「可愛くて飲めない……」
深刻そうに呟かれて、つい吹き出してしまう。
「わ、笑わないでよ」
「ははは、いや、可愛い事で悩んでるな、と」
「だ、だって……こんな可愛い猫が居るのに崩すのはもったいないというか……」
「ふふふ、飲まない方がもったいないけどね」
「ううっ」
セレナの気持ちは分からなくもないのだが、放っておいてもいずれは崩れるし、崩れたり冷めたりしない内に飲むというのが作り手としては嬉しい事なのではないかと思う。
真白も写真を撮って鑑賞を充分にした後、遠慮なくカップに口をつける。ゆっくりとカフェラテを飲んでいく。
なるべく崩さないように飲んでみたが、味もやはり美味しい。コーヒーの深い味とミルクのコクが丁度よかった。
「ん、美味しい」
一息ついてそうこぼすと、セレナは小さく唸っていたもののためらいがちにカップに口をつける。
猫を崩さないように慎重に飲んでいる姿は面白いというか可愛いというか、ついつい口許が緩んでしまう。
「わ、笑われてる気配がする……」
「気のせい気のせい。美味しいかな?」
「うん、それはもちろん」
ラテアートの施されたカフェラテを飲み終えた辺りで、猫がセレナの膝の上に飛び乗ってきた。
「……あ」
先程隣の席にいたアメリカンショートヘアの猫だ。
いきなり膝の上に来たのでセレナとしては困惑していた。急に近寄ってこられると微妙に落ち着かない。
膝の上にあるぬくもりは思ったよりもずっしりとしていて、まるでここは私の場所だと言わんばかりに堂々と丸まっている。
セレナはあまり動物に好かれないのだが、猫が自分から寄ってくることに感激していた。
続々と猫達が何故か真白の膝を陣取り出した。
猫に好かれるのか、猫を可愛がっていたらおやつも与えていないのに他の猫に群がられる事態に陥った。
「人懐っこいんだねー。この子達」
手の匂いを嗅がせながらセレナ方を見ると真白に群がっている猫達を羨ましそうにしている。
嗅ぎ終えたがマンチカンが真白の掌に顔を擦り寄せたので、撫でてほしいとせがまれている様で顎の下を擽るように撫でてやった。
「真白は猫に好かれやすいの?」
「んー、なぜかわからないけど動物に好かれやすい体質なんだよねー」
「……それは羨ましい。私は今まで動物に好かれたことがない」
セレナは羨ましそうに言う。
彼女は動物に好かれにくい体質で、仲良くなるのに時間がかかるのだ。
真白は毛づやを整えるように撫でておく。
手入れが行き届いているのか、毛並みはふわふわつるつる。嫌な臭いもせず猫特有の匂いがほんのりとする程度で、店員達にも大切に愛されてるんだなあとつくづく思う。
どの猫も毛づやも顔色もよいし極端に体型が太っていたり痩せていたりする子も居ない。体調と体型の管理をされた猫達はどの子も自由そうに歩いていた。
真白は一度席を立つ。すると真白が席を立つと足元にいた猫達もついてくる。
壁際に本棚があって雑誌や漫画が置かれているので、幾つか席に持っていこうという魂胆だ。
猫カフェといっても常に猫と戯れている訳ではないだろうし、猫の居る空間でゆったりと過ごすという事が目的なのでこうやって寛ぐのもありだろう。
セレナが猫に夢中になっている間に本棚から適当に本を見繕う。
「アメリカンショートヘアの子は?」
「猫は自由気ままな生き物ね……」
どうやらどこかに行ってしまったらしい。
カフェを見回せば、アメリカンショートヘアはキャットタワーの二段で丸まっていた。先程までセレナに触らせていたが、気分が向かなくなったのだろう。
真白は見繕ってきた本でも読んで寛ごうとするとロシアンブルーが膝の上に乗ってきた。
人差し指を鼻に近付けてみると、やはり挨拶としてくんくん匂いを嗅いでくる。
この仕草も可愛いのでついつい頬が緩んで眺めていたら、みゃおんとマンチカンとはまた違う高い鳴き声を上げる。
高貴な雰囲気ではあるがやはり人慣れはしているらしく、おさわりを許してもらったので撫でてみたらご満悦の表情を浮かべている。
喉を鳴らしてすり寄ってくるので、これはもっともふれという合図だという事なのだろう。お望みのままに優しく丁寧に指で撫でさすった。
(ふふ、可愛いなあ)
ごろごろと喉が鳴っているのを感じて、ふわりと口許が弧を描いた。
「ずるい……私も触りたい……」
「まあまあ、ほらセレナも遊ぼうよ。受付に言ったらおもちゃ貸してもらえるらしいみたいだよ」
セレナはおもちゃを借りるべく受付に向かっていった。
しばらくセレナが猫と戯れていると、猫満喫タイムを終えることになった。
互いにコロコロで猫の毛を取ったり手洗いをしたりしつつ、セレナが手を洗っている隙に会計を終えてしまえば不満げな顔で見られる。
「そういう気遣いしなくていいのに」
「気遣いじゃなくて自己満足だから安心して」
こっちが勝手に払っているのだから、気にする必要はない。
「むしろこっちとしては、猫カフェに行けて良かった、という事で感謝してるくらいだし。ね?」
「……でも」
「こういう時は甘えとくもんだよ。納得いかないなら……そうだねー、今度は紗希姉さんと瑠璃ちゃんも連れて一緒に来てもらうって事でチャラはどう?」
「……それ、私は得しかしてないよ? 」
「僕も得だからウィンウィンだね」
「また私と一緒に来てくれるの?」
「うん、セレナが良ければだけどね。次は紗希姉さんと瑠璃ちゃんも連れて一緒に来ようよ」
「……うん」
問題ないね、と笑えば、セレナもまた笑っていた。
あらかじめ調べて選んでおいた評判の良さそうなレストランで昼食を済ませて、真白達はショッピングモールにやって来た。
休日という事だけあって平日と比べて客の数がかなり多いので一度壁際に寄って、これからの予定を決める事にした。
「そういえば、ショッピングモールで何する? 買い物って言ってたけど何か買いたいものある?」
「これといってないけど、その、一緒に見て回るのとか楽しそうだなって……だ、駄目?」
「いやいいよ。僕は割とウインドウショッピングとか平気だし」
よく紗希と瑠璃、それから二人の両親に連れ回されることが多かったした、のんびり見て回る事も多かったので男性が割と苦痛に思うような事には耐性がある。
それに、セレナが見たいものを見るというのも、悪くない。
この大型ショッピングモールは数えきれないほどの服飾店や飲食店、雑貨屋、アミューズメント施設などが併設されていて、一日では回りきれないくらいには広く多様な店が入っている。
流石に全部を見て回るというのは無理なので、行きたいところをある程度絞らなければならないのだ。
「セレナは姉さんの服を借りてるみたいだけど、新しい服を買うつもりはないの?」
「そうね。紗希さんの服を毎回借りるわけにはいかないから、いいのがあったら買いたいかな」
「じゃあ決まりだね」
セレナの服を買いにレディースファッションのフロアに向かう。
道沿いに並んだ店を眺めながら目的地に向かうのだが、改めて思ったのはセレナはやはり人目を惹くという事だ。
一目を惹く容姿もあって男の人達はセレナに見惚れているのだが、横にいる恋人達は怒りを露わにしたり呆れていたりしていた。
セレナは控えめに微笑むのも綺麗だが、こうして感情を表に出して喜びに満ちた笑みを浮かべている方が、クールな姿も良いが今の彼女はよりずっと可愛く見える。
「どうかした?」
「いやー、セレナと歩くと視線の量がすごいなってね。セレナは気にならない?」
「慣れているから別に」
セレナは自分に視線が注がれているが、気にした様子はない。
男女共に視線がこっちに向いてるので、セレナの美人さを思い知らされているのである。
話しているうちにレディースファッションのフロアに着いた。
服を見ていきセレナはいくつか服を選んでいく。
「ちょっと試着してくる」
鞄を預かれば、彼女はすぐに試着室に消えていく。
試着室に消えていったセレナを待っていると。
「ねえ、そこの君、ちょっといいかな?」
セレナを待っているといきなり女の人に声をかけられた。
「えっ? 僕ですか?」
「そうそうそこの可愛い君」
「僕に何か用ですか」
「暇してるなら一緒にお茶でもしない?」
「今一緒に来てる人を待ってるのでごめんなさい」
「そっかぁ…残念。でも君みたいな可愛い子が一人でいると悪いお兄さんやお姉さんに狙われるから気をつないといけないよー?」
「わかりました。忠告ありがとうございます。気をつけますね。ちなみにお姉さんは悪い人なんですか?」
真白はお礼を言うとなぜか女の人は一瞬胸を抑えると深呼吸した。
「危うく今なるところだったよ……君は言動に気をつけた方がいいよ。そうじゃないと君みたいな性癖の欲張りセットな子がいたらあわよくばって考える人間が多いんだよ! 私が声かけなかったら確実に2、3人は来てたと思うよ?」
「ええー、僕は一体なんだと思われてるんですか?」
「男装したボクっ娘」
「いや、僕男ですよ」
「えっ?」
「よく間違われますけど、生物学的に男ですよ」
「ねえやっぱりお姉さんといいことしない?」
「うわぁー……お姉さん変わり身早すぎませんか?」
真白はお姉さんの変わり身の早さにドン引きして押しに抵抗していると。
「お待たせして申し訳ありません」
「うん、大丈夫だよ」
「失礼します。さあ行きますよ」
「うん」
セレナは真白の腕を掴んで女性から離れていく。
「やっば〜めっちゃ美人さんすぎる〜っ」
セレナを見て女性はこれは勝てないなと思うのだった。
「……あれはお姉様?」
レディースファッションの場を離れていく。セレナを知る人物が知らない男と腕を組んでいる姿を目撃したのだった。
To be comtinued
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