第9話 過去の出会いは未来のために
「そうだ。そうだよ! シエラは会話スキルだったじゃん!」
『気付いていらっしゃらなかったのですか?』
「いや、気付いてはいたんだけど、今まで色々なサポートをしてくれてたから、会話スキルである事を意識してなかったんだよね」
『確かに今までの事を考えれば、そう思われても致し方ありませんね』
しかし、シエラが会話スキルであったことを思い出したことで、僕のやりたい事が実現可能になった。クロと出会ってから、いや、昔から思っていたある事が。
「ねえ、シエラ。会話スキルであるシエラを保有しているのが僕って事は、僕もクロと喋ることが出来るの?」
『はい。勿論可能でございます』
「やっぱり! どうすれば良いの?」
『私をクロに適用していただければ、会話が可能です』
僕は、未だに尻尾をブンブン振りながら走っているクロに止まるよう促す。数瞬の後大人しくなったクロに、シエラの指示通り、会話スキルを適用させる。思っていた以上にスムーズに適用を終える事が出来た。
僕も能力を使用するという行為に慣れてきたためだろうか。何はともあれ、これでクロとも話せるようになったはずだ。
僕は早速クロへと初めての言葉を紡ぎ始めた。
「クロ、聞こえる?」
『うん! 聞こえるよ、主!』
目をキラキラと、尻尾をブンブンと振りながら僕と話すクロ。僕もそんなクロと同じくらい興奮していた。何せ動物と話せてしまったのだから。
「良かった。しっかり適用出来ていたみたいだね」
『はい。成功して何よりです。こんなにご主人様に喜んでいただき、スキル冥利に尽きるというものです』
「やっぱり、バレてた?」
『それはもう、大興奮していましたからね』
表情や態度には出さないように、最大限気を付けていたのだが、どうやらシエラにはバレバレだったようだ。
そもそもシエラは僕のスキルとして僕の中にいるため、感情や起伏の変化を鋭敏に感じ取れるという事は、よく考えれば分かることだった。しかし、それに気が付かない程、興奮していたのだ。
相手がシエラだったため恥ずかしくないというのが唯一の救いだった。
『主、クロと話せて嬉しかったの?』
「それはもう! 感動で前が見えなくなるくらいには嬉しいよ!」
『……』
その言葉を聞いて口を閉ざすクロ。あんなにはしゃいでいたのに、今は借りてきた猫のように大人しくなっている。
どうしよう。流石にさっきの発言はキモかったか?
そんな不安に苛まれていると、僕の心配とは裏腹にクロの顔はどんどんと輝いていき、飼い主にとって最高の言葉をぶつけてきた。
『クロも嬉しい!』
「――僕も大好きだよ!」
クロを抱き上げ、思いっきり抱きしめる。モフモフの身体に、その心に僕を想う愛があると思うと、我が子のように可愛くて仕方なかった。
子供を溺愛する母親の気持ちが分かった気がする。
「そう言えばクロ、さっきの言葉の前に間があったけど、どうかしたの?」
『えっと、クロはダンジョンで主を一回殺しちゃったじゃん。だから、クロは主のこと大好きだけど、主がクロのこと好きかは分からなくて、それで』
「好きって分かったから、嬉しくて言葉が止まったってこと?」
『うん』
「そうだったんだね。確かにあの時は凄く怖かったよ。もうこの家には帰ってこれないと思ったし、死ぬ瞬間は心から恨んだ。でもそれは過去の、ケルベロスとの話。今僕の目の前にいるのは、家族のクロだよ。だから、恨んでもないし、憎んでもない。それに、殺したって面で言えば、僕も同じだからね。逆に聞くけど、クロは僕何かが主で本当に良いの?」
『ううん。主が良いの! クロはね、クロが認めた強い人しか主にしないの! だから、クロの主は主しかいないの!』
「……そっか、じゃあこれからはお互い恨みっこなしだね」
『うん!』
もしかしたら、クロは最初から僕の事を恨んでなんかいなかったのかもしれない。僕だって、ダンジョンから帰ってきた時も、クロがケルベロスだって分かった時も、恨む気持ちなんて微塵も持っていなかった。
だとしたら、傍から見て、この会話も行為も無駄なものだったのだろう。それでも、お互いの想いをぶつけ合ったことは、気持ちを確かめ合って絆を紡げたことは、決して無意味な事ではなかったと思うから。だからこれからも僕は、無駄を、無意味を大切にしていきたい。そう、強く思えた。
「そう言えばクロ、どうして最初にシエラに話しかけたの?」
『爺に言われたの。こっちの世界に来たら、最初に主の中にいるもう一人の意識に話しかけろって』
爺というのは、恐らくダンジョンの主の事だろう。話ながらシエラの事に気付いたり、クロに最初にするべき事をアドバイスしたり、本当に万能だな、あの主。
僕も負けないように、立派なクロの主になろう。
そう思いを新たにし、もう一度強く、クロを抱きしめた。
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