第2話 スキル獲得

「スキルを獲得するって言っても、何のスキルを獲得すれば良いのか、全く分からないんだけど」

『そうですね。まずは、相手の情報を得るためにも「鑑定」というスキルを獲得するのが良いでしょう』


 鑑定。そのスキルを真っ先に思い付かなかったのには訳がある。

 確かに、僕が良く読むネット小説や様々な異世界系、能力系の小説、漫画にも鑑定のスキルを駆使して戦う物はよくある。


 しかし、僕が生きているこの世界において、鑑定というスキルは、それほど価値の高いスキルではないのだ。

 何せこの世界では、様々なモンスターの情報が上級冒険者の手によって公開されているのだ。勿論、どこからでも制限なく閲覧することも可能となっている。


 そんな中でわざわざ戦うことも出来ない鑑定のスキル持ちをパーティーに入れるはずもなく、鑑定持ちが活躍する場と言ったら、生まれた子供に何のスキルが宿っているのか確認する時となっていた。

 そのため、この世界においては自分の細かいステータスを知っている者すら少ないというのが真実であった。


「分かった。鑑定だね。でも、どうやって獲得すれば良いの? シエラみたいに、「申請」って言えば良いのかな?」

『いえ、ご主人様の場合はただ、そのスキルが欲しいと願えば良いだけです。私がスキルを獲得した時は、ご主人様の代わりにという事だったので申請が必要だっただけです』


 そう言われた僕は、自然と目を瞑り、シエラの言う通り、心の中で誰に言うでもなく願い始めた。


(鑑定スキルが欲しい)


 すると一瞬の後、僕の身体に何かが流れ込んでくる感覚があった。恐らくこれが、スキルを獲得した時の感覚なのだろう。


 それならば、シエラがスキルを獲得した時には何故何も感じなかったのだろうと疑問に思ったが、あの時はケルベロスによる身体の損傷と能力覚醒による混乱で分からなかったのだろうと結論付けた。

 やがて、流れ込んでくる感覚が終わると、僕はシエラに確認も含めて話しかけた。


「これで、スキルを獲得出来たってことで良いの?」

『はい。大丈夫です。もし心配でしたら、確認も含めてご主人様のステータスを鑑定してみるのがよろしいかと。それとご主人様。スキルの獲得は、何かが流れ込んでくる感覚がした時には既に終わっています。今のように、長く目を閉じていなくても大丈夫ですよ』

「分かった。次からは気を付けるよ」


 シエラのアドバイスを有難く受け取ると、僕は早速自分のステータスを鑑定した。


 そこには、シエラが獲得したスキルとは別に、しっかりと「鑑定」という文字が表示されていた。

 また、スキル一覧には、「会話」という文字も表示されていたが、今はケルベロスの前。無駄な質問は後にしようと一度無視することにした。自分のレベル表記が3だったことも含めて。


 そんな現実逃避に気付いたのか否か、シエラが無情にも僕の意識を現実へと引き戻す。


『ご自分のステータスは確認できましたか?』

「お陰様で。しっかり鑑定を獲得出来てたよ」

『そうですか。それは良かったです。では早速、ケルベロスを鑑定しましょう』


 その言葉に従い、僕は鑑定をケルベロスへと使用する。

 そして、目の前に映し出された内容に、その事実に、改めて絶望した。絶望するしかなかった。


 ケルベロスのレベルは900。攻撃、防御共に10000を超え、スキルは火、水、雷の三属性魔法に加え斬撃やその関連スキルまで持っていた。


「シエラ、この情報に間違いがあったりとかはしない?」

『残念ながらございません。鑑定スキルは相手がステータスに隠蔽を行っていたとしても、正しい情報を表示します。ご主人様のに限りですが』

「そうなんだね。何だか嬉しいような悲しいような」

『お気持ちはお察ししますが、ここで挫けていては何も成し得ませんし、始まりませんよ。ご主人様は、ケルベロスを倒し、ここから生きて出たいのでしょう?』


 シエラのその言葉で、僕の中にあった不安や絶望、諦めなどといったネガティブな気持ちが少し薄れた。

 そうだ。僕はここから生きて帰るんだ。そのために、生きたいと願ったはずだ。


「ありがとう、シエラ。そうだよね。こんなとこで挫けてちゃいけないよね」

『その調子です。ご主人様。では早速、ケルベロスに対抗するためのスキルを獲得していきましょうか』

「さっき鑑定した情報を基に、やっていけば良いんだよね」

『その通りでございます。まずは、三つある頭それぞれから使用される三属性の魔法を攻略するスキルを獲得しましょう』


 この世界にも、ゲームと同様、属性相性が存在する。

 火は雷に、水は火に、雷は水に強いといった感じだ。しかし、唯一ゲームと違うのは、これが現実という点だ。ここでは、特にこの戦いにおいては、一つでも攻撃を食らえばただでは済まない。最初のような奇跡も、もう起きないだろうと仮定するならば、僕に残された道は確実に死のみだ。


 まあ、シエラが獲得してくれたスキルがあるため、決して死ぬことはないのだが。それでも攻撃をもらわないに越したことはない。

 それならば僕が獲得するスキルの一つはこれで決まりだろう。


「シエラ、攻略するためのスキルではないけど「属性吸収」ってスキルはどうかな」

『素晴らしいと思います。それに、決して攻略出来ないスキルではないと思いますよ』


 その言葉が何を示しているのか、僕にはさっぱり分からなかったが、シエラには何か考えがあるようだった。


「どういうこと?」

『スキル合成を行えば良いのです。確かに、属性吸収だけでは何も出来ませんが、そこに「ストック」というスキルを合成すれば』

「……そうか! 任意で発動できる属性魔法攻撃になる!」

『その通りです。それも、ケルベロスの威力そのままに、です』


 それまで、ただ属性魔法攻撃を吸収するだけだったスキルが、一瞬にして攻撃スキルへと変貌を遂げた。

 それは僕一人では決して成し得なかったこと。シエラがいたからこそ出来たことだった。


 僕は早速、意識を集中させスキルの獲得を行う。これが自分のスキルだと自覚してしまえば案外容易いもので、最初よりも大分スムーズにスキルを獲得することが出来た。

 しかし、これで終わりではない。まだ考えなければならないことや、獲得しなければならないスキルも山ほどある。


「シエラ、次は何をしたら良いかな」

『そうですね。ケルベロスの説明欄をお読みになってはどうでしょう。恐らく、ケルベロスのステータスに驚いたあまり、読んでいないと思いますから』


 その返答に何も言い返すことが出来なかった。図星を突かれた時には何も言えないというのは、あながち間違っていなかったようだ。

 そんなことを思いつつ、僕はケルベロスの説明欄に視線を落とす。そこには、当然ケルベロスの様々な情報が記載されていた。


原初のダンジョン最奥への門を守護する魔犬。9人の主に認められた者が王に謁見する資格を有しているのか見極める役割を担っている。

三つある頭はそれぞれ火、水、雷の属性魔法攻撃を使用し、その強靭な足からは重く鋭い斬撃と踏み潰しを放つ。

三つある頭が潰されても胴体を切られなければ死ぬことはなく、胴体を切られても三つある頭のどれか一つでも生きている限り死ぬことはない。胴体は魔法攻撃無効。

また嗅覚に優れているため、標的がどのような方法で身を隠しても関係なく見つけることが出来る。


 所々気になる文章はあったが、全体を通して弱点らしきものは見当たらず、逆にケルベロスの強さを証明する結果となった。

 一体ここから、どのような対抗策を見つけろと言うのだろうか。


『ご主人様。やはり説明欄を読んで正解でしたね。無事、一つの対抗スキルが思い浮かびました』

「本当に⁉」

『はい。説明欄の後ろの方をご覧ください。嗅覚に優れていると書いてあるでしょう。それは言い換えれば、どんな匂いも敏感に嗅ぎ取ってしまうと言うことです。そんな魔犬相手に、魔犬だけがダメージを負う異臭を放つことが出来たら』

「ケルベロスに継続ダメージを与えることが出来る!」

『はい。長所は時に弱点となり得るという事ですね』


 シエラのお陰で新たなスキルを得た僕は、順調にケルベロス攻略へと歩を進めていることに喜びを感じていた。そして同時に「世界を統べる者」の万能さを実感していた。


 しかし、説明欄を読んだことで、読み返してしまったことで、僕はとあることに気付いてしまった。

 僕には、胴体を切る手段がない。


 いや、待てよ。それこそ「世界を統べる者」の出番ではないだろうか。武器生成と斬撃関連のスキル、ダメージ増加も付けてしまえば、ケルベロスの胴体を切ることが出来るのではないだろうか。


 そう考えた僕は、早速スキル獲得へと取り掛かる。先ほどと同じように意識を集中させ、ようとした途中でシエラが静止の声を上げた。


『少々お待ちください、ご主人様』

「どうしたの、シエラ。僕はスキルを獲得しようと思って」

『はい。それは存じております。しかし、そのスキル獲得はお止めになった方がよろしいかと』

「どうして?」


『まず、武器生成と斬撃関連のスキル獲得自体は素晴らしいと思います。ですが、ご主人様のレベルを思い出してください。ご主人様のレベルでは、到底ケルベロスの防御力を前に、ダメージを与えることは出来ません』

「うん。だからダメージ増加のスキルも獲得しようと思ったんだ」

『そこです。ダメージ増加スキルは、自分の攻撃力を倍にするというものです。そしてその効果がより濃く反映されるのは、攻撃力が強い場合です。10000を倍にすればより強くなりますが、1を倍にしても弱いままでしょう。ご主人様が行おうとしていることは、そういうことなのです』


 確かにその通りだ。いくら武器生成と斬撃関連のスキルを獲得したところで、攻撃力がなくちゃ意味がない。特にケルベロス相手にはそれが顕著に表れる。そんな単純な事にも気付いていなかったのか。いや、それほどまでに「世界を統べる者」を持つ自分に溺れていたということなのかもしれない。

 強いのは僕ではなく、「世界を統べる者」なのに。


『ご主人様。そんなに自分を卑下することはありません。今は「世界を統べる者」の方が強くとも、ご主人様がより強く成長すれば、「世界を統べる者」しかご主人様に相応しいスキルがなくなりますから。それに、ダメージ増加スキルを獲得するという考え自体は素晴らしいものです』

「え、そうなの?」

『はい。正確には、「パリィ」と「カウンター」も獲得すれば、となりますが』


 追加で獲得を提示された二つのスキルを聞き、すぐに一つの結論に辿り着く。それは既に、シエラから聞かされていたものだった。


「スキル合成をするってことだよね」

『その通りでございます』


 パリィとカウンターとダメージ増加、この三つを合成したら果たしてどんな効果を持つスキルになるのだろう。そんな少しの興味と期待を胸に、僕はスキルを獲得した。

 そして、そのスキルの効果を読んだ時、ようやくシエラの狙いが分かった。


『そうです。ご主人様。自分の攻撃力が低いならば、相手の攻撃力を利用すれば良いのです』


 シエラがさせようとしていたこと。それは、パリィをした相手に対して、その相手の二倍の攻撃力でカウンターを行うというもの。そしてそれこそ、ケルベロスの胴体を切る手段であり、僕の必殺技だった。

 しかしこれには、一つの問題点も発生していた。それは、パリィを行う武器が僕の腕だということ。


「ねえ、シエラ。パリィをするのは、僕の腕じゃなきゃダメなの? それこそ武器生成で作った武器とかじゃいけないのかな」

『不可能ではありませんが、出来る事なら止めておいた方が良いでしょう。恐らく、パリィを行う前に武器の方が壊れてしまうでしょうから』

「そういう事か。でもそれなら、僕の腕だってパリィをする前に、使い物にならなくなるんじゃない?」

『その心配はありません。ご主人様には「超回復」と「超再生」がありますから』


 その安心させるような声が指していた意味はたった一つ。それは、部位損傷を前提としたスキルであること。

 しかし、シエラも残虐性を持ってこのスキルを獲得させた訳でないことくらい分かっている。恐らく、これしか奴を倒す手段がなかったのだろう。

 それならば、僕が出来る最大限の恩返しは、このスキルで勝つことだけだ。


「ありがとう、シエラ。これでケルベロスを倒すスキルは全部獲得出来たってことで良いのかな」

『そうですね。後は、入ってくる経験値を増やすために、「成長促進」を獲得しておいても損はないでしょう』

「分かった」


 そうして獲得したスキルを以って、ケルベロス戦の準備が終わった。

 現在、僕が保有しているスキルは10個。


「会話」「超回復」「超再生」「不老不死」「スキル合成」「鑑定」「属性吸収(ストック)」「異臭(対魔犬)」「パリィカウンターⅡ」「成長促進」。

 そして固有スキル「世界を統べる者」。


 全てのスキルを確認し終えた僕は、最後に気になっていたことをシエラに聞くことにした。


「ねえ、シエラ。僕がスキル合成を発動していないのに、合成後のスキルが獲得出来てるのはどうして?」

『ご主人様がスキルを獲得した瞬間に、私がスキル合成を発動していたからです』


 なんとなくそんな気はしていたが、やはりそうだったのか。

 これで確信した。シエラは凄く賢くて有能。


 そうこうしている内に、ケルベロスはようやく事態を理解したのか、標的である僕へと視線を移す。

 その鋭い眼光に射貫かれると、今でも身動きが取れなくなりそうだが、もう殺された時の僕とは違う。

 今は獲得したスキルたちと、何よりシエラがいる。


『ご主人様。大丈夫です。ご主人様なら、絶対に勝てます』

「ううん。違うよ。僕とシエラなら。でしょ」

『……私は本当に幸せ者ですね。ええ。私とご主人様で、勝ちましょう!』

「ああ!」


 そう。何が何でも勝つんだ。この戦いに敗北はいらない。ここで死ぬのはケルベロス一体だけでいい。元より負けてやるつもりなど毛頭ない。


「さあ、ケルベロス。もう一度勝負だ」


 その言葉が聞こえたのか、僕とケルベロスが攻撃態勢を取ったのは、ほぼ同時だった。

 そして鳴り響く。ケルベロスの咆哮と共に、戦闘開始のゴングが。

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