ダンジョン覚醒~最弱無能冒険者、真の力で無双する~
八孝春良
第1話 覚醒
「お父さん、お母さん、どこにいるの」
静まり返った山に、僕の声だけが木霊する。
その山には、鳥のさえずりも風で揺れる木々の音も、存在していなかった。その事実が、一層この山の不気味さを助長する。
「何で何も言ってくれないの」
自分で発したその言葉が、誰もいないことを裏付けているとも知らずに、僕はその山を歩き回った。
もう、登っているのか下っているのかも分からない。それほどまでに身体は疲れ果て、頭は回り切っていた。
やがて、僕の足は山のどこかで止まった。それは希望に満ちた休憩などでは決してなく、ただ絶望に飲まれた諦めだった。
そんな僕が、縋るように最後に発した言葉は、他力本願の救いだった。
「誰か、助けて」
その時、僕の頭に声が響いた。
『今いる場所から真後ろに、真っ直ぐ下りて行ってください』
その声の言っていることが、真実であれ嘘であれ、僕には従うしかなかった。しかし、その声に疑いをかけることはなかった。その声からは、悪意が感じ取れなかったから。
そうして僕は、暗い山の中から暖かな光が差し込む家へ歩いて行った。
家族が待っていた家に着いた頃には、その声が聞こえなくなっていたことに気が付かないまま。
******
「何で今、あんな昔のことを思い出したんだろう」
頭上に広がる丸い天井、石はないものの当然痛い地面、来る者を吟味するように荘厳な面持ちで聳え立つ門。その空間だけが切り取られ存在しているかのような場所で、僕はそう呟いた。
「走馬灯ってやつかな」
死の間際に見ると言われているその言葉を思い浮かべる。しかし、過去の記憶が目まぐるしく再生された訳でもなければ、逆に一つの記憶が鮮明に再生されていた。
それでも、過去の記憶を見るという行為自体が指す意味はどれも一つで。
「結局、死に際ほやほやってことか」
そう自覚すると、僕は力を入れるだけで悲鳴を上げる身体をどうにか起こし、目の前に意識を向ける。そこには、僕に過去を見せた張本人、ケルベロスの姿があった。
「流石にもう無理だよな。最初の一撃で死ななかっただけ奇跡だよ」
その言葉が聞こえたのか否か、ケルベロスは奇跡を踏み潰すかのように、その足を進めた。
「うん。僕は頑張った」
心を落ち着かせようと、必死に自分を慰める。
「最後までやり切ったよ。その証拠にほら、今でもケルベロスから目を背けてないじゃないか」
ケルベロスの目に射貫かれ、動けないだけの事実を、あたかも自分の意思でやっているかのように話す。しかし、そんな慰めなど意に介さず、ケルベロスはその大きな一歩を踏み出した。その度に空間は揺れ、心臓は早鐘を打ち、血液は速度を上げた。
最早、何をしようと意味はなく、無慈悲に、そして無情に死という概念はすぐそこまで迫っていた。
そしてついに、その瞬間は訪れる。
ケルベロスを前に、僕が最後に発する言葉は果たして何なのだろうか。恨み言か慰めの続きか、はたまた昔のように救いの言葉を言うのか。しかしそのどれも、僕の口から出てくることはなかった。
僕が最後に発した言葉は、ただの望みだった。
「もう少しだけ、生きたかったな」
その時、走馬灯で聞いたあの声が、僕の頭に響き渡った。
『望みを確認。能力の覚醒を申請。受諾を確認。能力を覚醒させます』
「……能力を覚醒? どういう事?」
僕の疑問など知らないというように、その声は発言を続ける。
『生きたいを生存と認識。生存関連のスキルを検索。「不死身」「不老」「超回復」「超再生」を発見。スキルの獲得を申請。受諾を確認。スキルを獲得します』
「スキルを獲得って、ちょっと待って。本当に意味が」
僕の言葉を遮り、その声は続ける。
『「不死身」「不老」はスキル合成を行った方が有用と判断。「スキル合成」の獲得を申請。受諾を確認。スキルを獲得します。続いて「不死身」「不老」のスキル合成を申請。受諾を確認。スキルを合成します。……成功を確認。スキル「不老不死」を獲得』
もう僕はついていけなかった。何の説明もなしに能力の覚醒やらスキルの獲得やら、訳の分からないことがたくさん起き過ぎたからだ。
しかし、そんな状況でも今の状態が好転することはない。ケルベロスによる死は、確定事項のように目の前にあった。
そして、その足が僕を捉えた瞬間、一瞬の痛みの後、意識が弾けとんだ。
『「超回復」「超再生」「不老不死」を発動します』
そんな声が聞こえたかと思うと、死んだはずの僕は何事もなかったかのように、その場に復活していた。
「え? 何? どういう事?」
僕はただただ、意味が分からなかった。
僕は実は死んでいなかったのか? ケルベロスが攻撃を外したのか? この場で考え得る可能性を全力で模索するが、しかしそのどれもを目の前の光景が、広がる事実が否定してくる。
僕がいる部屋の壁には、僕が倒れていた地面には、そこで誰かが死んだことを示すように、黒みがかった赤がそれは鮮明に刻まれていた。
だからだろう。未だ僕を殺した感触が残っているはずのケルベロスは、目を点にして三つある頭をそれぞれ別の方向に傾げていた。
そんなケルベロスを前に、僕は頭をフル回転させる。今なお僕に起きていることの全容は把握できないが、それでも分かることが一つだけあった。それは、生きているということ。生きてケルベロスの前に立っているということ。それならば、少しは希望を持っても良いはずだ。ケルベロスを倒し、生きて帰るという希望を。
そう考えた僕は、一度ケルベロスから距離を取る。奴は未だ、殺したはずの僕が生きていたことに疑問を感じたまま動かずにいた。
そのままだったら可愛いのにと思う思考をかなぐり捨て、僕はあの声に向かって話しかける。
「なあ、聞こえてるなら返事してくれ」
『……私に話しかけていますか?』
「ああ、そうだよ。君に話しかけてるんだ。えーっと」
『私に名前はありません。どうぞ、「お前」なり、「なあ」なり、好きなようにお呼びください』
僕の言いたいことを感じ取ってくれたのか、声がそのように答える。しかし、「お前」って呼ぶのも何か嫌だし、まず命の恩人に向かってそんな風に呼びたくはなかった。
「じゃあ、シエラ。そう呼んでも良いかな」
『……分かりました。私は今からシエラです。それでご主人様。私に何の御用でしょうか』
僕をご主人様と呼んだシエラは、丁寧な口調でそう訊ねてくる。何をどこまで聞けば良いのか全く分からなかったが、取り敢えず僕の身に何が起きたのかを聞くことにした。
「僕の身に、何が起きたのか分かる?」
『能力が覚醒しました』
「……もう少しだけ、詳しく説明してくれると助かるな」
端的にそう答えるシエラに、詳しい説明を求める。長ったらしく話されるより断然マシだが、流石に今の解答は端的過ぎた。
『分かりました。まず、ご主人様の能力名は「
詳しく説明してもらっても、何も分からなかった。いや、理解しようと努力はしたのだが、逆によく分からなくなってしまったのだ。しかし、何かとんでもない能力が覚醒したことだけは分かった。そしてそれは同時に、僕にある思いをもたらした。
もしかしたら、本当に希望が現実になるかもしれない。
それを確かめるためにも、僕はシエラに質問を続けた。
「まだ完全には理解できてないし、能力も把握しきれてないけど、でも、この能力を使えば、ケルベロスを倒すことが出来るってこと?」
『ご主人様の使い方次第ではありますが、倒せる可能性は十分にございます』
その言葉が貰えただけでも聞いた甲斐はあった。
能力の使い方に関してはシエラに補助をお願いすれば良いから問題はないとして、後は、僕の力量次第ということだ。
「シエラ、迷惑をかけてしまうけど、能力の補助をお願いしても良いかな」
『承りました。それと、ご主人様に頼まれて迷惑な事など、何一つとしてありません。それだけはご承知おきください』
そう言ったシエラは、僕の返答がなかったためか、それ以降口を開くことはなかった。
しかし、その言葉が、どれほど嬉しいものだったのか、シエラは気付いているのだろうか。いや、恐らく気付いていないだろう。何せシエラの声からは、僕を喜ばせようとする意志が感じ取れなかったから。
そして、その言葉を飲み込んだ僕は、この感謝をケルベロスを倒した後に言おうと決意を固めた。
「……分かった。肝に銘じておくよ。それでシエラ、僕はどうしたら良い?」
『まずは、ケルベロスを倒すためのスキルを獲得しましょう』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます