杏野屋の響き~めがねはどこ?~
水長テトラ
杏野屋の響き~めがねはどこ~?
「祖父の様子がおかしくなってしまって」
そう言って高橋と名乗る相談者の男性はため息をついた。
俺の名前は
「最初に祖父が老眼鏡を頭にずり上げたまま『眼鏡、眼鏡……』と探し回っていたときは、皆笑ったものです。おじいちゃん、眼鏡は頭の上だよって。でも次の日も、その次の日も、祖父が同じことを繰り返して眼鏡を探し回るものだから、段々皆心配になってきて。認知症が始まったんじゃないかって……。けど祖父は眼鏡のこと以外はしっかりしていて、医者に見せても認知症の初期症状とは違うと診断されて、ますます訳が分からなくなってしまって……」
杏野屋の店主、スズさんは顎に指を置いて思案する。
「ふむ……高橋さん、お爺様が眼鏡を探し回るようになる直前に、何か変わったことはございませんでしたか? 変なものを持って帰ってきた、とか。変な話をした、とか。どんな小さなことでも」
「そういえば……祖父は散歩の度に近所の神社にお参りする習慣があるのですが、こうなる二、三日前に『急に霧が立ち込めて投げたお賽銭が上手く賽銭箱に入らなかった』
「なるほど……高橋さん、もしよければ明日お家にお伺いしてもよろしいですか?」
〇 〇 〇
俺たちはリビングで待機することになった。廊下を挟んで向かい側がお爺さんの部屋だ。
依頼主の高橋さんはお爺さんの部屋の襖に耳を押し当て、様子をうかがっている。
「お爺さんの異変は怪異に憑りつかれたのが原因だ。高橋さんから合図が送られてきたらお爺さんの部屋に入って除霊する。そのときが来たらコヨ君、君はこのタオルでお爺さんを目隠ししてくれ」
スズさんがタオルを手渡してくるが、俺にはそれが何の役に立つのかさっぱりだった。
「目隠し? 何のためにですか?」
「それはだね……」
「始まりました!」
「話は後だ! 出るぞコヨ君!」
理由を聞けずじまいのまま、俺とスズさんは飛び出す。
お爺さんの部屋に入ると、聞いていた通りお爺さんが手を空中に振って「眼鏡、眼鏡……」と虚ろに探し回っている。
「失礼します」
お爺さんの背後に回った俺は、一応一声かけてからタオルで目を覆い隠した。
スズさんが呪文を唱えると部屋の空気が一気に
「これでも喰らえ!」
スズさんが着物の裾から御札を何枚も引き出して怪異に張り付けると、怪異は地の底からの地響きのような低い叫び声をあげて消滅した。
「これでよし、怪異は去りました。突然お邪魔して失礼しました。コヨ君、目隠しを外してあげなさい」
俺がタオルを外すと、お爺さんはずり上げていた眼鏡をかけ直して大きく深呼吸をした。
「あぁ怖かった。眼鏡をずり上げる度にあののっぺらぼうの怪物が目に入るもんだから。眼鏡をかけたら忘れてしまうから、人にもなかなか言えなくてな……」
「のっぺらぼうって、じゃあ『眼鏡、眼鏡』って眼鏡を探してたんじゃなくて目が無ぇ……ってことですか!?」
「正解。おおかた神社に化けて参拝客を誘い込み、その生気を吸い取っていたんだろう。お爺さんではなく眼鏡に憑りついたのは、他の家族……例えば若い高橋さんの生気も狙ってたのかもね。放っておくと危ないところだった」
〇 〇 〇
異変が解決して高橋家を去ると、頭上をとっぷりと黄金を
「そういえば俺のおじいちゃんおばあちゃんも何ですけど、なんでお年寄りって眼鏡を頭にずり上げるんですか?」
「老眼鏡は近くのものを見るための眼鏡だからね。遠くを見るときは外した方が見えやすいって人も多い。いちいちケースにしまうのが面倒なんだろう」
「ああ、この前スズさんが景色見るときサングラスを上にあげたような……」
そこまで言いかけて俺は己の過ちに気付いた。いつも涼しい顔のスズさんの、髪と同じ栗色の瞳がめらめらと燃えている。
「私のサングラスはファッションだ! オシャレを理解できない若造が生意気な口をきくんじゃない!」
「いやっ、そんなつもりで言ったんじゃなくて……っていうかスズさんっていったい何歳なんですか~!?」
杏野屋の響き~めがねはどこ?~ 水長テトラ @tentrancee
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