第一章 死体役令嬢の奮闘②
「ねぇ、聞いてる?」
(ひいぃ!)
表情は笑顔のままだが、確実にこちらを
どうするべきか考えはまとまらないが、とにかく
「ジェイク
こんなに
ジェイクは作ったような笑みを一ミリも
「僕のことは知ってるみたいだね」
「と、当然でございます。ジェイク殿下を知らない者などこの国にはおりません」
「フロト……
「お
冷や
好青年ぶっているジェイクだが、実際はかなりの冷血漢だ。
自分にとって危険だったり、使えないと判断した人間はためらいなく処分し、切り捨てることができる人間だ。
この笑顔の奥で一体何を考えているのかと想像するだけで心臓が痛くなってくる。
「それで、どうして春休みにこんなところにいるのかな」
絶対に
「ええと……実は、学園の見学に来たんですが道に迷ってしまって」
「見学? 部外者は校舎内に立ち入り禁止なのに?」
まるで心の奥まで
「はい、その……入学式前に不安になってしまって……ええと……お手洗いを借りようとしたら……迷子になって」
「ふうん」
わずかに細められた目には疑いの色が混ざっているのがありありと伝わってくる。
ジェイクは天才だ。少しでもこちらの言動に
「でも今、図書室に行こうって言ったよね?」
「そ、れ、は……」
「それは?」
青い瞳がまっすぐにメルディを見ていた。
油断したら殺される。そんな予感で
ジェイクのことだ。メルディのことなどすぐに調べてしまうだろう。
(ええい、ままよ……!)
「実は、ここの図書室には貴重な本がたくさんあると聞いて、どうしても読みたくてこっそり
何せメルディの目的はここの図書室なのだ。
「図書室に?」
「はい! 私、実は三度の食事よりも読書が好きでして」
ハキハキと答えてみたものの、冷や汗がすごい。
頭の中はこの場をどう乗り切るかでいっぱいだった。
「うちの図書室に、そんな貴重な本なんてあったかなぁ」
小首を
(演技の可能性もあるけど、きっと、まだだわ)
もしもう手に入れていたとしたら、ジェイクはこんな所にいるはずがない。
気付かれないようにメルディはごくりと
(
メルディがこの学園に
いにしえの悪魔を召喚する方法が書かれた、
かつてこの世を手に入れようとした悪の魔法使いが書いたとされるその本は、何の因果かこの学園の図書室に
ジェイクはその本を、入学式の直前に図書室で発見してしまう。
悪魔召喚の書には所有者の願いを
世界のルールの書き
ジェイクの壊れっぷりはもはや人知を
そして悪魔が望んだ
そう、主人公の命だ。
ゲーム
悪魔はその魂をどうしても手に入れたいらしい。
(あのエピソードもなかなかに悪魔側の
「この学園には古今東西の本が集まると聞いておりまして、きっと私が読んだことのない本がたくさんあるはずなのです。私、どうしても
我ながら苦しい言い訳だと思うが、ここでくじけるわけにはいかない。
なんとしてでもジェイクを誤魔化さなければ。
(どうか信じてくれますように)
「なるほどね。わかったよ」
「えっ」
思わず
顔を上げれば、ジェイクは
「君はずいぶんと勉強熱心なんだね。それは
「あ、ありがとうございますぅ」
「でも図書室には君が言うように貴重な書物がたくさんあるからね。部外者を入れるわけにはいかない。入学後も学年ごとに立ち入れる区画が決まっているし、一年生の間は
ぴしゃりと言い切られてしまい、メルディはがくりと首を折った。
(それはそうよね……)
ジェイクの言い分はもっともだ。ゲーム中でも入学当初は図書室の奥に入ることは禁じられていた。だからこそ、こっそり忍び込もうとしていたのに。
「でも……見るだけなら上級生の付き
「……! ほんとですか!」
メルディはエサを前にした犬よろしく顔を見上げた。
光の加減なのか、ジェイクの青い
「とにかく、どのみち入学後かな。そのうち僕が案内してあげるよ」
「わ、わぁ、光栄です」
(無理。ぜったい無理)
心の中で悲鳴を上げつつメルディは笑顔を作る。
黒幕であるジェイクと
とにかくここは
「
これ以上一緒にいたら絶対ボロが出る。
「どこに行くの? 君、迷子だよね」
ピタリと足が止まる。
そうだった。そういえばそういう設定だった。
「えっと……殿下にお会いできたことでびっくりして道を思い出しました。入り口までは行けそうです」
「そう? この校舎、案外入り組んでるから僕が出口まで案内してあげるよ」
「いえ、そんな……これ以上ご
「気にしないで。よく言うじゃないか、情けは人のためならず、って。いつか僕に恩返ししてくれればいいからさ」
それが何より
どうやって断ろうとメルディが思案していると、ジェイクが顔をのぞき込んできた。
「それとも……僕の提案は
「とんでもない」
逆らえない。本能がそう告げていた。
「じゃあ行こうか」
にっこりとした笑顔に何もかもを見透かされている気分になる。
「……ありがとうございます」
棒読みにならなかっただけ
真っ白な灰になった気分でジェイクの案内を受け入れることにしたのだった。
「…………」
広く長い
死にたくなくて学園に来たはずなのに、未来で自分を殺す男と歩いている。
コメディにしても笑えない。シュールすぎる。
ちらりと横を歩くジェイクを見れば、まばゆいほどの顔面がそこにある。
(さすが人気キャラクターなだけあってかっこいいけど……
ちらちらと横目でジェイクの顔をついつい何度も
(それにしても早すぎない? なんでジェイク様はここに?)
ファンディスク収録の前日
だが、入学式まではあと六日もある。
ジェイクが学園に来るのは前日だけだと信じていたからこそ、学園の見学を急いだというのに。
見つかった以上、
(明日また見学に来る? ううん、さすがにもう無理かも)
絶望的な気持ちになりながら、メルディはとぼとぼと廊下を歩く。
せっかく勇気を出してここまで来たのに、何も成功しなかった。
このままゲーム通りジェイクは悪魔召喚の書を手にしてしまい、メルディは入学式の日の夜に殺されるのだろうか。
出口へと向かう長い廊下が、まるで
「どうしたんだい、変な顔して」
「えっ、あっ、いえ……」
落ち込みすぎてしまったらしく、ジェイクが
「ところで殿下はどうして春休みに学園に?」
その場を
「生徒会の仕事でね。僕、生徒会長なんだよ」
「そうなんですね!」
ゲーム
「学園が始まってしまうと、何かと
「へぇ……」
(でも大変だよね。こんな大きな学園の生徒会長してたら、忙しそう。勉強だってあるし、公務だってあるだろうし)
キャラクターとしてのジェイク像しか知らなかったが、よく考えれば彼は生身の人間なのだから、いくら
「ジェイク様って努力家なんですね」
休日を返上しても職務に向かう姿勢を
「私だったら、休みは休みたいですもん」
前世は休日ともなればかなりぐーたら過ごしていたものだと目を細めていれば、なぜかジェイクから強い視線を感じた。
「殿下?」
何か失言をしてしまったかとどきどきしていると、青い目がなぜか楽しげに細まる。
「そう言いながら君も休日に学園に来てるじゃないか。勤勉だね」
「えっ? あ、そうですね。えへへ」
「君みたいな
「本当ですか? 私でよければお手伝いしますよ」
なーんて、と続けようとした瞬間、ジェイクがメルディの手をすくい上げるように
「そう言ってくれて助かるよ。じゃあ
「えっ、えっ」
「難しい仕事じゃないんだけど、一人でするよりはずっと効率が良いだろうからね。
いや、待って。
手伝いがほしいというのは社交辞令じゃないのだろうか。
目上の人から
「それにさっき恩返ししてくれるって言ったじゃない」
言ってない。むしろ勝手に決めたじゃないか。
そう反論したいのに勝てる気がしなさすぎてメルディは
(……そうだ)
だが、ある考えがひらめく。
先ほどとは
(これってチャンスなのでは?)
図書室にこっそり
入学式までジェイクがあの本を手にしなければ、少なくともその入学式の夜にあの
入学後にこっそりと
そうすれば、誰も傷つかないですむではないか、と。
「よっ、よろしくおねがいします!」
なんとしても死体役
ジェイクに連れられ校舎の外に出たメルディに、血相を変えたメイドとマルタが
「お嬢様!」
「ミス・フロト!」
やばい、と思い青ざめるメルディの前にさっとジェイクが進み出る。
「窓の外から具合が悪そうにしているのが見えたので、校舎内で休ませていたんです」
あまりにも自然にさらりと
「
マルタに
さっき、手伝いをすることになった時の流れを思い出し、これはまた新しい恩を売られてしまったのだと気が付く。
(さすが黒幕王子)
ゲーム中でも、ジェイクは主人公や
王子というより、役者の方が向いているのではないか。
意識を
「ミス・フロト、本当ですか?」
「はい。
ジェイクに
「そういうことでしたら……ミス・フロト、体調はどうですか?」
「もう
「ああ……」
大きく
身勝手な行動で心配させてしまったことが申し訳ない。
「ごめんなさい。心配かけて……」
心からの謝罪の言葉を口にすれば、メイドもマルタも表情を
「何ごともなくてよかったです。見つけてくださったのがジェイク殿下でよかったですね」
「はい。ジェイク殿下、ありがとうございます」
ジェイクへと頭を下げれば、彼はふわりと
「いいんだよ。
「では、ミス・フロト、そろそろ……」
「マルタ先生、少しお願いがあるのですが」
話を切り上げ、メルディを帰そうとしている気配のマルタの言葉をジェイクが
「どうしましたか殿下?」
「実は、彼女を今後も少しお借りしたいのです」
「え?」
マルタとメルディ付きのメイドが同時に目を丸くする。ジェイクとメルディを
「それは、いったい……」
「少し話してみたのですが、なかなか
これは手伝うことが決まったあと、ジェイクが提案した言い訳だった。
なんの理由もなくジェイクの手伝いをしていては、あらぬ誤解を受けてしまう。だったら周囲が
「まあ」
目を輝かせたのはマルタだ。
「ミス・フロト。これは光栄なことですよ」
(ほんとに喜んだ!)
メルディはてっきり反対されると思っていたのだが、ジェイクはなぜか大丈夫だと断言していた。その通りになったと
「生徒会に入りたいと望む生徒は多いのですが、
思わず、そうなの? という気持ちを込めてジェイクを
「そうなんだよね」
生徒会にはジェイクがいるし、役員ともなれば教師や高位貴族と交流を持つ機会も多くなる。そのため、所属していれば
しかし最初は真面目な生徒を
「だから、入会には僕の
「そういうことでしたら異論ありませんわ。ミス・フロト、ぜひお引き受けなさい」
むしろ逆に背中を押されてしまった。
「生徒会は常に人材不足だからね。君がよければぜひ」
「もちろんです!」
「じゃあ、今日はもう
「わかりました」
(予想とは違ったけど、とにかくやるしかない)
悪魔召喚の書は図書室の奥まった場所に
春休みの間、メルディがジェイクの時間を
不安がないといえば嘘になるが、どうせこのまま行けば死体まっしぐらだ。
生きるためには自分から危険に飛び込んでいく
(がんばるのよ私!)
メルディはぐっと
死体役令嬢に転生したら黒幕王子に執着されちゃいました マチバリ/角川ビーンズ文庫 @beans
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